第25話

 弛緩した団欒が話題の停止とともにリセットされる。ここからはフラのナイフが凶器として使用されたことを含めて、メグの刺傷原因の真相究明となる。


「ふー……話を戻すけど、まずはヨコに確認したい」

「なにかなウネ……? なんでも聴いていいよ」

「じゃあ……私が訊きたいのは、船の上でフラに見せてもらった調理用のバタフライナイフ? と、メグのお腹に刺さっていた刃物はおんなじってことで合ってる?」

「……うん。持ち手に描かれた紋章がおんなじだって、あったはずだから」


 サイもうろ覚えだけど、絵柄っぽいのがあったような気がする。それが製造者の社名や個人名、地域ロゴや銘柄の商標、動物や架空生物のイラストかは全然分かっていなくて、ヨコ証言の補完はどうにも出来そうない。


「そう……つまりヨコが嘘の報告をしていないと仮定すると、メグを刺すにはまず、フラの荷物を漁るもいう工程を挟まないと成立しないってことになるよね?」

「僕視点もそうなるな。フラは船の上でヨコにナイフを見せた後、バッグの中から一度も取り出していない……であってるか?」

「ああ、もちろんだよ。それは誓って言える」

「オーケー——」


 ヨコがフラの調理用バタフライナイフだと主張し、フラがそれをボストンバッグから以降取り出していないと言う。

 こうなるとどちらの情報も正しいとなったとき、元より確率の低かった選択肢の1つが、ほとんど皆無になったと同義だ。


「——となればだ。2人の言い分を是とするなら、とりあえず外部犯の線は消えると僕は考えている。他のみんなはどうだ?」

「うん……後言いだけど私もサイと同じ意見。だってフラが持って来たナイフがメグに刺さっていたとするなら、同じナイフを偶然所持して刺しに来たなんてレアケースだと思うしね。そうじゃなくてもフラのバッグにナイフがあると確信した上で漁って、さらに校舎敷地内に散らばっていた私たち全員の視界を掻い潜って校舎内に侵入してメグを刺した……計画的であってもこれを狙って成功させるのは、ほぼありえないよ」


 ウネに言いたいことを概ね言われてしまったが、サイはウネの推論に同意を表明するように1回頷く。

 念のための補足をするとなると。仮に外部犯であるなら、最低でもフラの荷物に調理用のバタフライナイフがあることを知っていないとならない。けれどそれを知るのは船上で直接伝えられたヨコと、遠巻きに見えていたウネとメグ。

 一応他客や操舵していた船員という場合も無くはないが、ウネとヨコとフラとメグの4人は、遅れ便になってしまったサイを小島内で待つ時間があった。

 この時点で5人の計画そのものに狂いが生じている。そうなると最初から学校に直行するなんてルートを断定しにくくて、外部からの犯行タイミングが掴めない。

 ついでに言えばそこまでの怨恨を買った他客が同じ船に乗船していたとして、この小さな島関連で4人が顔見知りでない蓋然性が低くて、船員なら本州と往復するための職務がある上に、その本州に引っ越したメグがいつ帰郷するかも不確かな状況で殺害を企図するにても、船内に同船している友人が居ると分かっていながら殺害計画を実行に移すとは考えづらい。


「ということは……どうなっちゃうの?」

「外部犯が居ないなら、俺たちの誰かがメグを刺したか……散々否定してたウネには悪いが、メグの自殺未遂を追うのが無難……いやウネに言うとっ、もちろん本気じゃないよ? 可能性の話……」

「自殺……いやでも、それは……」

「ちなみに俺からの目線なら、多少の贔屓目もあるかもしれないが、サイは難しいんじゃないかなって感じてる」

「僕……」


 そのままサイとフラの視線がかち合う。

 優しくも強固な眼光が、サイに注がれる。


「うん。何故かと言うと、サイは俺が調理用ナイフを持って来ていることすら知らないはずなんだ」

「うん? ああっ! 確かにそうだそうだ。サイは遅刻して同じ船に乗ってないから知りようがないもんね」


 納得と言わんばかりに、ヨコが両手を合わせる。

 フラが唯一調理用のバタフライナイフを取り出したのは船内だ。その場に居ないサイが弾かれやすくなるのは自明の理だ。


「そういうこと」

「……でも、ちょっと意地の悪いことを言うと。サイはみんなで校内を見て回ろうってときに1人だけこの体育館に残ってたよね?」


 メグ刺傷事件の犯人からサイが弾かれそうなところで、おずおずとウネがまだ早いと横槍を入れる。

 まだナイフの存在を知り得る要素があると。


「ああ。結構長居していたまである」

「だとしたら、私たちが留守の間を見計らって、フラのボストンバッグを盗み見て、そこでナイフを発見したってことは、あり得るんじゃない? かなり低い確率だけど」


 ウネ自身も本気でサイを疑っているわけじゃない。

 あくまで犯人じゃないとする完全排除は出来かねると述べているに過ぎない。


「確かにそれは無くはない……けどそうすると、俺的にはおかしくなる」

「おかしく?」

「サイとヨコは俄雨の中、メグが治療を受けられるように診療所に向かって帰って来たときに、俺とウネでタオルを渡したよね?」

「そう……あ……」


 タオルを渡したという単語で、思わずウネが生返事をする。

 それが何を意味するか、悟ったかのように。


「そのときに俺はタオルを探すために、自分のバッグの中身を見ているんだよ。当時はナイフにまで気が回らなかったから、紛失したことに気が付かなかったが、流石に何にも知らないサイが俺のバッグの中身を漁っていたなら、この時点で俺が違和感を抱かなかったのは変だ」

「そうだね」

「ああ。ナイフがあると事前に知っていたのなら不自然にならないように手繰ることはするだろうが、サイにはそもそもその前情報が無い。俺の荷物を荒らさないように、あるかどうかも分からない凶器を奪うために、そんな巧妙さを発揮する必要性がない」

「そっか……サイだった場合は、フラはタオルを探しているときに荒らされた形跡があると気が付ける状態じゃないとおかしいし、ノーヒントで発見するのも一苦労。もしもナイフが分かりやすいところにしまっていたとしたら、ナイフの紛失にすぐ勘付けるはず……どちらにせよ、サイが犯人になりそうにない要素ではあるね」

「そういうことだ」


 凛然としたウネとフラの論理展開。

 サイの潔白さがさらに更新される。

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