第16話 司令官の想い
確かに革新的な情報を得た訳では無いが、情報が多いに越した事はない。あればあるだけ良いのだ。
会話がひと段落すると、僕は木製の窓枠に両手を乗せ、外の風景をじっと眺めていた。
目的なんか一切なくて、ただこうしている間だけは、現実から逃げられ利用な気がした。
「マー君さ。こういう感じの、好きだよね。」
あきは、僕の左側で落ち着いたトーンでそう言った。
「まあな。何か心が落ち着くというか、感慨深くなるんだよ。こうしてると。」
ふふっ……。
そう微笑むあきは、なぜか僕と同じ体勢をとっていた。
「小学校の時から、時間があるとこうやって、一人で遠くを見てたの。私が声を掛けても、自分の世界観に入ってさ、全然聞いてくれなかった。でも、いいなって思っちゃうの。」
「どうして?」
「私もね、そんな感傷に浸れるような環境が欲しかったの……。なんてね、冗談。ただどんな気分なんだろうって知りたいだけ。」
「あき、お前まさか……。」
「さーて。私も夜風に当たってくるね。」
あきは、そう言って逃げるように廊下に方へ消えていった。なぜかその時だけ、どこか厚手のコートを羽織る姿が見えた様な気がした。
彼女は何かを隠している。全く検討も付かないけど、僕の知らない重要な何かを持っていると思う。
でも何で言わないんだろう?
この状況下で一番いけないのが隠し事のはずなのに。
「まったく、イチャつくのなら二人の時にしてくれよ。」
あきの後ろ姿を呆然と眺めていると、呆れたような声をあげる男がいた。
そいつは執拗に僕の視界を邪魔しようとしてきた。
「そんなんじゃないって……。」
頑張って視線を外そうと必死になっても、僕の心を全て読んでいるかのように先回りしてきた。僕はなす術もなく白旗を上げた。
「いいよ、隠さなくても。ってか、その顔で良く否定するよな……。」
司令官は僕の顔をじっと見て、そして引き気味の様相を所々に出しながら言った。
特に顔には色濃く出ているような気がした。
この話を続けるのも、僕は咄嗟に別の話題を振ろうとした。
そこで僕の発した声に被せるようにして司令官が聞いてきた。
「怖くないか、お前は。」
単純かつ明快で核心をついたストレートな質問だと僕は思った。
「怖い。」この一言にこの世界で生きる僕らの感情が全て詰まっている、そんな根拠のない確信があった。
「怖くは無いって言ったらウソになるけど……。」
僕の尻すぼみする声を聞きながら、司令官は黒く染まる窓の外を一点に見つめていた。
「そうか……。俺はこえーよ。いつ死ぬかも分からないこの世界も。何より、記憶の無いところで人の心を傷つけていたなんてよ。」
「それは僕も同じだよ。」
怖く無いはずがなかった。何時どんな形で僕らの命が狙われているか分からない。言うならば鳥籠の中の鳥だ。
外に出る方法は確かにあるが、その方法を知らないし四六時中監視下に置かれていて自由が殆ど無い。
しかも環境が劣悪ときた。よく何日も耐えられているなと、しみじみ自らを凄い人間なのだと思う。
「なあ。俺ら、ちゃんと出られるよな。」
珍しいなと素直に思った。
中々ここまで直球の弱音は吐けないし、吐こうともしないだろう。それだけ司令官の精神的なダメージが蓄積されている証拠だ。
「今からそんなんで、どうすんだよ。」
僕は鼓舞するようにそう言った。
指揮官の士気が下がれば、全体的な雰囲気も悪くなる。それだけはどうしても避けたかった。
「やっぱりよ、俺だって一人の人間。動揺もするし、恐怖感にだって襲われるんだよ。」
司令官は、影のかかった顔のまま話を続けた。上を向く前に僕の顔ですら見てはくれない状態だった。
「初めから、変に前に立ってさ。俺の感情を全て押し殺して、方向性を決める事だけを置考えていた。結果、真道がいてくれたから何とかなったが、いなかったらって考えるとさ、嫌な鳥肌が立ってくるんだ。」
司令官は話しきると、左腕の二の腕を右手で擦っていた。
その腕に震えが見て取れることを、僕が口に出すことは無かった。
しかし、目に見える変化の量が多かったから、声にしないように気をつけるのが大変だった。
デスゲームが始まって早二日。まだ初期段階にも関わらず大きな変化がみられた日だった。
同時に皆の心の距離も近づき予兆が見えてきた。
正直初めの雰囲気はあまりに殺伐としていて、とてもじゃないが上手くいきそうな気配を感じられなかった。
その雰囲気が無くなった事が一番要因だと思うが、その先、更に心の距離を詰めるには時間が必要。
迅速な連携を目指すのであれば、必要不可欠な材料だと、僕は思った。
ふと時計を確認する。
まだ、眠るには早い時間帯で暇を持て余しそうだ。
しかしそんな僕の考えに反して司令官は、目を擦りながら言った。
「俺少し休むけど、お前さんは行かなくていいのか、愛人の元に。」
「だから……、そんなんじゃないって。」
「はいはい……。んじゃ、おやすみ。」
司令官は床に寝そべるとすぐさま目を閉じ、そして数分も経たないうちに爆音が校舎中に響き渡っていた。
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