アリスと玄武

アリス・ドウルは亜人の国サウン共和国の一般家庭に生まれた。亜人の両親のもとに生まれたにも関わらず、不思議なことに彼女には毛も耳も尻尾も生えなかった。


周りが亜人の中、一人だけ亜人ではないアリス。

アリスは幼い頃から差別されるようになった。そして我が子が亜人ではないことが所以で夫婦仲も悪くなり、両親はすぐに離婚。母方に引き取られたが、結局夜逃げされた。

アリスは幼くして天涯孤独の人になってしまう。

そんなトラウマを抱えた彼女がモンスターや亜人を嫌いになるのも当然のことだった。


独りとなったアリスは路頭を迷うことになった。

一人で食い扶持をつなぐため戦わなければならなかったのだ。しかし、亜人ではないアリスは身体能力も秀でておらず、かといって魔法も生まれつき苦手。

そしてある日、森でクエストをしているとワイルドウルフの群れに遭遇してしまう。ワイルドウルフたちにボロボロにされ、アリスは死にそうになった。

そんな絶対絶命のピンチに白虎と名乗る亜人が颯爽と現れ、助けてくれた。圧倒的なパワーとスピードでワイルドウルフを倒す白虎の姿を見て、アリスは初めて亜人に憧れを抱いた。私も白虎のようになりたい。アリスは頼み込んで白虎の弟子になった。


罪のない弱きものには飯を与え、悪者には正義の鉄槌を下す。白虎の活動は正義の味方そのものだった。アリスはますます白虎に惚れ込んだ。

アリスが10歳の誕生日を迎えた日、白虎は白虎になった。白虎の正体は数百年を生きるSランクの伝説のトラモンスターだったのだ。白虎は自分の毛皮を剥いでそれを誕生日プレゼントとしてアリスに手渡した。これを使って衣装を作れば君の憧れる亜人に近づけるだろう、と。

白虎からそう言われ、アリスは生まれてはじめて着ぐるみを作った。そして着てみた。最初は暑くて臭くて重かった。でも、亜人になれた気がした。

そして不思議なことにその着ぐるみを着用していると、白虎の身体能力が宿り、白虎の技も使えるようになった。アリスは初めて自分の能力を理解したのだ。


白虎に扮したアリスはたくさんのモンスターを倒しては素材を集めることにした。中には貴重な素材も必要であり、貯金を崩して市場で購入することも多々あった。

アリスは様々なモンスターの衣装を作るようになった。そしてだんだんコスプレが好きになっていった。そして最初は嫌いだったモンスターや亜人もどんどん好きになっていった。


白虎は今も共和国の森深くで生活している。

白虎に恩返しがしたい。一流の冒険者として自立し、立派な人間になった姿を見せてあげたい。

アリス・ドウルはそのためにウェルセリア学院へ入学することを決めた。



◆◇◆



「よくもワシの分体をここまで駆逐してくれおって。タダでは返さんぞ〜!」


玄武がしわがれた声でカンカンに怒ってる。

人の家の柿を盗み食いして、カミナリ親父に叱られてる気分だ。


「亀が喋ってる! すごいでござるなあ」


ヨシマサも隣で目をまん丸にさせている。

モンスターが人の言葉を話すことは普通はありえない。大遺跡のバハムート以来。2回目でそういったことに耐性がついていたのか、俺は大して驚かなかった。


「む、坊主の侍よ反省の色はなしか!」

「ああ、かたじけない。つい珍妙なもので。すまなかったでござる」

「まったくけしからん連中……やや、そなた白虎ではないか!! どうしてここに!?」


ご立腹の玄武だったが、アリスを見て玄武の様子が一変する。


「いえ。私はアリスと言いますけど」

「そんなバカな。この匂いは間違いなく彼奴のもの」


どうやら白虎の着ぐるみを着たアリスのことを本物の白虎と勘違いしているらしい。


「よく見てください。白虎はこの衣服です。私はこのとおりです」


アリスは着ぐるみの頭部を脱ぐ。銀髪ボブヘアのいつものアリスの顔が露わになる。そして着ぐるみに籠もってた熱気を取り除くように、アリスは頭を振り払った。


「こりゃたまげた。べっぴんなお嬢ちゃんが現れたぞ」

「玄武?さんは師匠をご存知なんですね」

「ああ。4大国が出来上がる前の戦時代のときのことじゃ。当時のワシと白虎はSランクのモンスターとして名を馳せておった。彼奴とは数百年前に争いを繰り広げた仲。あの頃は楽しかったあ。懐かしいのお」


さっきまでの怒りを忘れて、楽しそうに思い出話を語る老亀。年寄りが昔を懐かしんで物思いに耽けるのはモンスターも人間も共通事項らしい。


「そうかそうか。あいつ弟子をとったのか」

「優しく育ててくれたました」

「ほっほっ、彼奴らしからんな。今も健在にしておるか?」

「はい」


アリスと玄武が仲睦まじそうに話をする。久々に孫に会えたお爺ちゃんが楽しそうに話をしているように見えた。

それを邪魔するわけにはいかない。隣のヨシマサも察したようで、俺たちは黙って見ておくことにした。


「それとごめんなさい。黒岩亀をたくさん倒してしまって」

「いいんじゃよ。あれはただのワシの分体。この老いぼれた体がちいと痛むだけじゃ」

「でも……」

「構わんのじゃ。こうして昔のことを思い出すことができた。年寄りはそれだけで満足なんじゃよ」


おお、なんか玄武の爺ちゃんがめっちゃ甘くなった。絶対これアリスのこと気に入ってるわ。

アリスが素直で優しい女の子だからだろう。彼女には人やモンスターに好かれる才能がある。


「そういえばなぜワシの分体と戦いを?」

「実は水魔法が得意な黒岩亀のコスプレを作ろうと思ってまして。その素材を集めるために」

「なるほど、そういうことじゃったか。ならばこれもやろう」


玄武は気張るようにして、甲羅から黒に煌く宝石のようなものを発射した。


「ワシ本体の甲羅は純度100%のブラック・ダイヤモンドでできておる。これはその甲羅の一部じゃ。そのコスプレ?とやらの材料に使いなさい」

「え? これを私に……」

「ワシはこの湿原から出ることはないからのう。代わりにこれがアリス嬢ちゃんを守ってくれる」

「い、いいのですか? こんな綺麗なものを……」

「何を躊躇っておる。ほれ、受け取ってくれい」

「はい。ありがとうございます!」


アリスは何やらとてつもなさそうな素材を手に入れた。

これを売り払えば数千万イェンはくだらないと思うが、当然そんなそとはしない。大事に使うだろう。


「黒岩亀、すごく強かったです。白虎のパンチが全然効かなくて」

「じゃろ? 白虎の物理攻撃対策のために防御を鍛えまくったからなあ」


通りで異常に硬かったわけだ。白虎に対抗意識メラメラに燃やしてそうだもんなこのお爺ちゃん亀。


「その代わり魔法攻撃には滅法弱いんじゃがな、ほほほ。にしてもよくあんなにも倒すことができたものじゃな」

「ああ、それはジュールさんの新しい技で……」


玄武がこちらを見ると訝しげな顔をする。


「まさかアリス嬢ちゃんのボーイフレンド!?」

「違います」

「余程腕が立つと見えるが、アリスはやらんぞ!!」

「違います」


否定し続けてもなお睨んでくる玄武。ダメだこの亀、全然俺の話を聞いてないわ。


「違いますよ、玄武お爺ちゃん。ジュールさんは素晴らしい人です。恋人なんて私には務まりません。私達は友達です」

「むむ、そうなのか」


アリスが玄武を説得する。アリスの話ならきちんと耳を傾けてくれるらしい。頑固爺な亀だな。


「それではもうすぐ日が暮れそうなので。私達帰りますね」

「おお。また帰ってくるんじゃぞ〜」


孫との別れが寂しい祖父のように、玄武は涙を流していた。


「はい、近いですしまたいつか!」


そうして俺たちはゲンブ湿原を後にした。





翌週。

先週の予告通り、魔法基礎の実技テストが行われた。

訓練場に並ばされたクラスメイトたち。前方20m先にある的に向かって順番にウォーターボールを放っていく。

ウォーターボールは1人10発放つ。的に当てることができた回数、的を壊すことができた回数、魔法の平均速度。これらの観点で採点行い、100点満点のスコアとして記録される。


「ムザーバ・ベルレッタさん、63点。合格!」

「やった!」

「ゴーゴー・ゴーン君、55点。不合格!」

「ギャース!」

「ヨシマサ・ムライ君、32点。不合格!」

「うわあ落ちたでござる!」


合格点は60点以上。合格は狭き門のようだ。

不合格だと放課後に補習があるらしく、落第したクラスメイドたちは頭を抱えて阿鼻叫喚していた。


「次、フレン・ウェルセリアさん」


おっと、フレンの番か。あいつ風邪治ったんだな。よかった。


「フレン・ウェルセリアさん、88点。合格!」


さすがは氷炎の魔剣士の王女様。とても病み上がりとは思えない。その優等生ぶりは健在で、クラス内でも断トツの点数を叩き出す。


「次、アリス・ドウルさん」

「は、はい!」


今度はアリスだ。玄武のコスプレをしたアリスは緊張した面持ちで的の前に立つ。

アリスさんってあんなコスプレだったっけ?等と、クラスメイトたちからは彼女の衣装を珍しがる声も上がる。


「ウォーターボール!」


ザブーン!


先日までは魔法が苦手だったアリスだが、玄武の力を借りて難なくウォーターボールを発動させることに成功した。


「アリス・ドウルさん、71点。合格!」

「やった!」


アリスはほっと胸をなでおろす。


「ジュールさん、ヨシマサさん。やりました!」


アリスは俺たちの方を見てほほえみながらガッツポーズしてくれた。俺とヨシマサは親指を立てて彼女を祝った。


「次、ジュール・ガンブレットさん」


さて、最後は俺か。

落ちたら不合格。それだけは絶対に避けたい。先日は魔力弾を会得できたわけだし、ちょっと本気を出してみようと思う。

水属性の魔力を生成し、それをリボルバーへ充填する。レバーを引くと、水の魔力弾が勢いよく発射される。これが俺のウォーターボールだ。


魔法は見事的に命中し、あっけなく破壊させる。


「あの武器魔法も飛ばすことができるのかよ!」

「平民のくせにジュール・ガンブレット。認めたくないが只者ではないな!」

「さすがジュールくーん!」


クラスメイトたちも驚いている。マドリア先生もあ然としている。手応えあり。これはもう合格間違いなしだろう。

あと9発。これは楽勝だな。はっはっは。


「ジュール・ガンブレットさん」


マドリア先生がパチパチと拍手シながら笑顔で近づいてきた。

なんだ? 一発で合格させてくれるのかな。


「魔力強度、速度、コントロールとも完璧です」

「どうも」

「鋭く貫くような一撃。素晴らしいと思います」

「そこまで褒められると照れてしまいますね」

「……武器の使用は即失格です☆」

「すみません、存じあげませんでした」


試験は不合格。

落第組とともに泣く泣く補習を受けることになりました。

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