#34 空のコップ
連れの友人と二人で喫茶店に入った。
時間帯が良かったのか、特に待つことなく席を案内される。
席に座ってすぐに、ウエートレスがやって来た。
「どうぞ」
ウエートレスが差し出してきたコップ。その中身は空だった。
「……あの」と私は戸惑いつつ声をかけた。
「はい、ご注文はお決まりでしょうか?」
ウエートレスが端末を手に取る。
「え? お前もう決まったの?」
連れの友人が驚いた目で私を見た。
「いや、決まってないんだけど」
「俺だってまだ決まってないよ。すみません、注文が決まったらまた呼びます」
かしこまりました、と一礼してウエートレスは去っていく。その背中に声をかけるタイミングを逃してしまった。
「…………」
「どうしたんだよ。やっぱりまだ外出るのまずかったか?」
「いや、そうじゃなくて」
「なら良かった。いやー、にしても事故に遭ったって聞いた時はびっくりしたぜ。しかも頭を打ったんだろ? よく退院できたな」
友人は気にせずおしぼりを手に取る。
裸で出されているのに何かを破る動作をした。
「ん? なんだよ」
思わず凝視してしまったせいか、友人が怪訝な視線を向けてくる。
「いや……」
「んだよ、なんか変だぞ? やっぱり調子悪いなら言ってくれよ」
そう言って、友人がからのコップを口元に運んだ。
ゴクリ、とまるで何か液体を飲むように喉を鳴らした。
……言っていいのだろうか。
君が裸のおしぼりを手にして、わざわざ破く動作をしたことを。
テーブルに出されている空のコップ。何も注がれていないコップ。これは新手の何かか? なんだ? 何が起きているのだ?
「さーて、何頼もうかな」
友人はメニュー表を取り出す。
「お前、何にする?」
「えっと、水……」
「は?」
「だから、水を」
「水ならもう来てるだろ」
友人が顎で示す先にあるのは、やはり空のコップ。
「……あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」
「ん?」
「水って何色?」
私の疑問に友人はさぞおかしな顔をして答える。
「何色って、そりゃ水なんだから透明、無色だろ」
「え…………」
水は水色じゃないのか? 水色だから水じゃないのか? 同じ水でできている海は青じゃないか。水色と親戚のような色だろ? なら同じ系統の色をしてるはずじゃないか。
私は恐る恐る空のコップを手に取る。
口元で傾けてみると、確かに冷たい何かが流れ込んできた。
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