#33 男と犬、そして女

「やあ、こんばんわ」


 夜、公園で一人で立っている私のもとに怪しい男が現れた。

 自分でもわかるほど、鋭い視線を相手に向けていた。

 若い男だった。線の細い、20代の男。黒い犬を連れている。彼は私に向けて笑みを浮かべながら言葉を述べてきた。


「こんな時間にどうしたんですか?」


 私は何も返さない。

 今はそんな気分ではないのだ。正直目の前から消えて欲しい。見ず知らずの、今目の前に現れた男にすら強く当たってしまうほど、今の私には心に余裕がない。

 だから私は、男を無視してこの場を去ろうとする。見ず知らずの男に声をかけられた、なんて恐怖は特にない。


「あ、ちょっと」

「お前な、今のはさすがに怪しすぎるぞ。女性はもっと丁寧に扱え」


 …………え?

 思わず振り返ってしまった。

 だって、聞こえてきた声に違和感があったのだ。最初の戸惑った声は間違いなく声をかけてきた男のものだったが、その後男を非難する声は違った。男よりもあまりに渋く、太い声だった。

 振り返った先にいるのは、若い男と黒柴の犬。


「でも、まず最初は挨拶だって言ったのは君だよ?」

「ああそうだ、俺だ。なら次からはタイミング、状況、それらも考えような」


 信じられない光景が広がっていた。

 まず、犬がしゃべっている。口をぱくぱくさせて、渋くの太い声を発している。

 そして次、しゃべっているのは日本語。人語? ともいうのか? ん? わかんなってくる。

 とにかく、人の言葉で犬と人間が会話をしているのだ。


「ん? お、こっちを向いてくれたな、お嬢さん。わかるぜ、俺のことに驚いてんだろ? だが安心しろ。俺は人の言葉を話すだけの普通の柴犬だ。名前もない。こっちは俺の……一応、飼い主になるのか?」

「なるのか? じゃなくて飼い主だよ。名前もあるでしょ」

「あれを名前だとは思っていない。ダサい、俺はもっと良いものを希望する。いや、いっそ俺が考えよう。今から考えるから待ってろ」

「だーめ。今はこの人のほうが重要でしょ」

「わーってるよ」


 呆気に取られている私を放置して、犬と男の会話が繰り広げられる。

 なんだこれは。


「悪いな、お嬢さん。俺たちは怪しいものじゃない。いや、お嬢さんから見たらすごく怪しそうに見えるが、信じてくれ。怪しくない。俺たちはお嬢さんの気持ちを救いにきたんだ」

「私の……気持ち?」

「そうです」男の方が続ける「僕たちはあなたを迎えにきたんです」


 迎えに……? どういうことだ?

 

「あなたは先日、この公園の付近で交通事故に遭って亡くなりました。それを覚えていますか?」


 ………私が、亡くなっている?


「やっぱりな。亡霊になってやがる。そのままだ、あんた、悪霊になっちまうぜ」

「僕たちは亡くなった後、亡霊になってしまった霊を成仏させるのが役目なんです」

「あんただって、今の自分の状況、本当はわかってんだろ?」


 …………。


「もし悪霊になってしまったら、あなたの魂は消滅させられてしまいます。今ならまだ、あなたの魂を『次』へと送り出すことができる」

「ま、俺たちが無理矢理ってのもできるが、それはお互い嫌だろ?」


 ……私は、


「亡霊になっているなら、あなたの心残りがあるからなのでしょう? それはなんですか? 僕たちが解決できることであればなんでもします」


 ……デート、してみたいです。


「それならお安い御用です」

「今らオプションでダンディな犬がついてくるぜ」


 ……お願いします。


「はい、では、真夜中のデートを始めましょう」

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