第14話仲間

 愛花ちゃんに誘われた場所は、街の東側に位置するまあまあ豪華な喫茶店だった。最初に僕たちが話した場所とは大違いだと思いつつ、入店して彼女の居る席に座りこむ。


「やあ愛花ちゃん、いきなり呼び出してどうしたの?」


 こんな時間に愛花ちゃんから呼び出されたのは初めてのことで、僕はちょっとばかし緊張しながら用を尋ねてみる。


 もしかしたら告白とかされちゃうんじゃないのかと思ったが、どうやらモテない男の杞憂だったらしく、愛花ちゃんは顔色一つ変えず僕に質問してきた。


「ねえ……。彼方はさ、どうして戦うの?」


 いきなりそんな質問を投げかけられ、ちょっとだけ驚く。この質問がどういう意味を孕んでいるのか深く勘ぐってみるが、彼女の真意は読み取れない。


 まあ別にはぐらかすようなことでもないしな。僕は少しだけ考えると、最も適切な回答をする。


「退屈しのぎ……かな」


「……それだけ?」


 愛花ちゃんは僕の簡素で阿呆らしい回答に驚き、目を見開く。確かに驚くほどくだらない理由かもしれない。だけど僕にとっては……。


「それだけって、僕にとってはこれ以上ない理由だよ。つまんない人生。つまんない世界。自分はどうして生きているのか考えるだけの人生だった。でもこの世界が支配されてから、僕はやっと生きる意味を見出せた。戦うには十分すぎる理由だよ」


 長々と説明してみるけど、愛花ちゃんは納得の言っていない様子。どうしてこんなことを聞いてくるのか質問をしてみようと思った矢先、彼女は僕が喋り出す前にまたも質問を投げかけてくる。


「怖くないの?」


 ジーッと薄暗いまなこを向けながら、僕の回答を待つ。


「怖くないと言えば嘘になるけど、それ以上にこのゲームを攻略するのが楽しいから」


「ゲーム?」


 ゲームという単語が引っかかったのか、彼女は大きな瞳を細め、僕を睨みつけると。


「彼方はこれがゲームだと思ってるの?」

 

 怒気を孕ませ、強い口調で咎めるように言ってくる。なんだか急に不機嫌になった愛花ちゃんに戸惑ってしまう。何か彼女の地雷を踏んだのか? 僕はそんなにおかしいことを言ったのか?


「う、うん。変かな?」


「変だよ。死んだら本当に死んじゃうんだよ。ゲームみたいな遊びじゃ断じてない」


 呆れるような怒っているような愛花ちゃん。


「結局、愛花ちゃんは何が言いたいの?」


 こんなところに呼ばれ、どうしてそんな質問をされているのか分からない僕は、直球で尋ねる。すると愛花ちゃんは、ため息混じりに言葉を漏らす。


「怖いんだよ、彼方が敵と戦うのが」


「僕が敵と戦うのが怖い?」

 

 彼女の言っている意味がよくわからない。どうして自分じゃなくて、僕なんだ? やっぱり愛花ちゃんの言いたい頃がよくわからず首を傾げてみると、彼女はまたもため息を吐いて教えてくれる。


「彼方はすぐ調子乗るし頭もおかしいしカッコつけだし」


「ちょちょちょっと! なんで急に僕を貶すの!」


 いきなり悪口を吐いてきた愛花ちゃんの言葉を遮ると、彼女は目だけで黙れと伝えてくるので、大人しく口をつぐむ。


「でも、私にとっては大切な仲間なんだよ。だからあんまり怪我とかして欲しくないし、無茶もして欲しくない」


 そういうと、愛花ちゃんは顔を赤らめる。


「えーと、つまりは僕のことが心配ってこと?」


 確認すると、愛花ちゃんは愛らしくも首をコクリと頷ける。優しいなぁ。そこで先ほど母さんと喧嘩したことを思い出し、なんとも複雑な気持ちになってしまう。


「どうしたの? なんだか浮かない顔してるけど」


「ん? いや、実はさっき母さんと喧嘩しちゃってさ。うちの母さんとにかく過保護でさ、僕がモンスターと戦うのが心配らしいんだよ」


 愚痴るように言ってみるけど、愛花ちゃんは羨望にも似た眼差しで「いいなあ」と声を出す。


「いいお母さんじゃん。心配してくれるなんて」


「そうかな。親が子供の心配をするのなんて当たり前じゃない?」


「当たり前と思えてる時点で、彼方は恵まれてる」


 まるで自分は恵まれていないとでも言いたげな言い回し。いい機会だし、愛花ちゃんの家庭環境でも聞いてみようかな。


「愛花ちゃんは違うの?」


 聞いてみると、話しにくそうにしながらも小さな声で語り始めてくれた。


「うん。私、そもそも両親がいないから。責任も取らずに気持ちいことだけして産んだ後は、施設に預けられたの。だから親の愛情とかもない。そのせいか知らないけど、中学生ぐらいから不眠症だし」


 なんとも重たいエピソードを簡潔にまとめられ、空気が重くなってしまう。なんて声かければいいんだよ。お父さん最低だねとか?


 でも下手なこと言ったらお前に何がわかるんだとか思われそうだし……。こういう時は、話を切り替えるに限るな。


「そ、そう言えば。今日レベルが上がったけど、愛花ちゃんはもうスキルポイント使った?」


 無理やりスキルポイントの話に切り替える。スキルポイントとはこの世界でレベルが上がると獲得できるものであり、数ある項目から選んでポイントを振ることができる。


 例えば戦士スキルを10ポイント振ると、常時攻撃力+10パーセントの恩恵にあずかることができる。このスキル振り分けが最も他人と差別化できる点であり、魅力の一つだ。


 愛花ちゃんは自分のメニュー画面を開くと、それを横にスワイプして対面にいる僕に見せてくる。


「私は普通に僧侶スキルに振ってるけど」


「へー。でも僧侶スキルって全部サポート系の魔法ばっかだけど、そんなのでいいの?」


 僧侶職でも育てようによっては魔法特化の育成にすることもできる。僕ならきっと、迷わず好戦的な僧侶に仕上げるのに。でも彼女はありがたいことに僕とは全く別の感性を持っているらしく、サポートの楽しさを説明してきた。


「別にサポートも悪くない。戦わなくていいし、戦闘中に頭使うし」


「まあ僕にとってはありがたいからいいけど」


「でしょ。それより、彼方は何に振ったの?」


 何に振ったのかと聞かれて言葉に詰まる。だって振ってないから。


「まだ決めかねてて……」


「呆れた。死んだら元も子もないんだよ?」


「わかってるけど、もしかしたらこれから最適解となるスキルが見つかるかもしれないじゃん。振り直せるかもわからないし、無闇に振れないよ」


「優柔不断」


「う……」


 言い返す言葉もない。そんな感じで僕と愛花ちゃんは適当におしゃべりをしながら軽く食事をとると、家に帰った。家に戻ると母さんが1人ソファーの上で座り込んでいたので、僕は気まずいながらも先ほどの失言を謝ることにした。


「さっきはごめん、言いすぎた」


 僕が謝罪の言葉を述べると、母さんもニコリと口角をあげ。


「彼方にはいつも感謝してるの。だから無理しないでね」


 それだけを言い残すと、母さんは寝室に向かって歩いていく。

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