ホテルに移動

 車は東に向かって進んでいた。

 元々、ボクの家があった場所を通り過ぎ、さらに奥へ行った先にホテルがあるのだそうだ。


 窓越しに見える景色は変わり、山が遠ざかっていく。

 代わりに山の手前には、田んぼが広がった。


「あの、どうして、レンくんが助手席なんですか」

「安城ストップです」

「は?」


 カリンさんは不服そうに、安城さんへ文句を言う。


「普通は助手席に乗せるべきではなくて?」

「安城ストップですので」


 不満そうに口を尖らせるお姉ちゃんに、安城さんは一歩も譲らない。

 真顔で前方に広がる景色に集中し、ハンドルを切っていた。


 ボクは滅多に見られない景色を目に焼き付け、首を回す。


 自分の住んでいる場所の近くに、こんなところがあったんだ。


 素直にそう思えた。

 自宅から出る事は少なくて、遠出なんてしたことがなかった。

 流れていく景色は、どれも新鮮で、見たことのない物を発見すると、興奮でドキドキした。


「……ふふ。レンったら。楽しそうね」

「う、うん」


 後ろを見ると、お姉ちゃんが笑っていた。

 笑顔を遮って、カリンさんが「向こうに着いたら、一緒に遊ぼうね」と、言ってくれる。


 ボクは笑って頷いた。


「ところで、目的地はすぐそこなのですが」

「あぁ、もう着いたの」

「ええ。よければ、ケイ様。ここから、ウォーキングがてら歩いてはどうでしょうか?」

「……張っ倒すわよ」


 二人はミラー越しに睨み合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る