リレー

 棒引きという種目を終えた後、各学年の応援団が踊りを披露する。

 合唱と共に激しい踊りを披露した応援団には、拍手喝采はくしゅかっさいの嵐である。


 応援団は、クラスの中でモテる男女やムードメーカーが選ばれがちで、それは他のクラスだってあまり変わらない。


 中にはカリンさんの姿があった。


 学ランを着て、身振り手振りで応援を合唱する。

 ボクは彼女が応援団の練習をしていた事さえ、知らなかった。


 他にも、色々な競技に出たりしているし、その度にやはり輝いているのだ。


 応援団の種目が終わると、ついに学年対抗リレーが始まる。


 クラスごとに色が決まっていて、全部で4色。

 ボクは赤色だった。


 お姉ちゃんは、白。


 この競技は、一年から行われ、二年に継ぎ、三年へとバトンを渡されていく。

 体育の授業では、先生が上級生の役をやって、練習していた。

 クラスが4つに分かれ、それぞれグラウンドの線の内側で、足首の体操をしている。


 ボクは足が遅いので、序盤の方で走る予定だ。


 みんなの前に立つ、というは、とても怖かった。


 自分の番がくるまでの間、グラウンドの中央で待機。

 心細くなったボクが見たのは、カリンさん。――、グラウンドの端っこにいる、安城さんだった。


 手でメガホンを作り、他の親御さんと並んで、何かを叫んでいた。

 声援だろう。

 観てくれている人がいる、というのは心が温かくなった。


「位置について――、よーい」


 パン。

 スタートの音がグラウンドに響く。


 1番目の走者が走っていき、まずは他のクラスと差をつけていく。


「はぁ、はぁ」


 走る前から緊張していたボクは、手が冷たくなっていた。


「オラ、越せ越せ!」

「抜けえええ!」


 熱のこもった声援がとても重かった。

 不安になって、再び安城さんに目をくれると、今度は天幕にいるお姉ちゃんが目についた。


 手を振るわけではなく、ましてや応援をするわけではない。

 けど、真剣な表情でボクを観てくれていた。


 二人目、三人目、四人目、と次々に走者がグラウンドを駆けていく。


 そして、七人目。

 ボクの出番が来た。


「はぁ、はぁ、……ごくっ」


 強い日差しを浴びているのに、体中が冷える。

 反対側から、歯を食いしばってクラスメイトが走ってくる。


 怖かった。


 このリレーは、他の生徒には何てことない種目かもしれない。

 でも、ボクにはみんなの前で力を振り絞る、精一杯の競技だ。


 半分を越し、いよいよ間近に迫ってくる。


 助走をつけて、後ろに手を伸ばす。


「レンくん、がんばれ!」


 カリンさんの声援が聞こえた。


 同時に、バトンが手に触れる。

 ボクは駆け出した。


 ボクの方が先に走り出したのに、隣のレーンからはすぐに男子たちが追い越していく。

 がむしゃらに走って、足がもつれそうになるのを懸命に踏ん張った。


「レン!」


 その時、お姉ちゃんの声が聞こえた。


「突っ走りなさい!」


 歯を食いしばって、腕を振る。

 みんなに追い越されたけど、その先に待つ人へバトンを渡すため、ボクはノロマの足を動かした。


「レン様ぁ! ファイトぉ!」


 遠くからは、他の声援に負けず、安城さんの声が聞こえた。


「はぁ、はぁ、ひっ、……はぁ!」


 大分差をつけられ、半分を越した頃には、他の生徒たちはバトンを渡し終えていた。


「レン!」

「レン様ぁ!」


 最後に聞こえてきたのは、おねえちゃん達の声だった。


 力を振り絞って、バトンを突き出す。

 緩く助走をつけていた男子は、バトンを受け取ると、一気に地面を蹴りだした。


 ボクはグラウンドの輪から出て、芝生の上で四つん這いになる。


「はぁ、はっ、はっ。ダメ、かぁ」


 ボクのせいで、クラスの足を引っ張った。

 それが怖くて、顔を上げれなかった。


 視界がにじむと、汗と一緒に涙が流れ出た。


 どれくらい、そうしていただろうか。

 自分の番は終わったので、急いで天幕に戻る必要はないが、動けなかった。


 疲労と気疲れで、乱れた呼吸は戻らない。


「レン」


 声がして、顔を上げる。

 お姉ちゃんがタオルを持って、立っていた。


「いつまでも、メソメソしないの。ほら」


 タオルで顔を拭かれ、一緒に天幕へ戻っていく。


「ダメだったよ」

「そんなことない。あたし、ちゃんと見てたから」

「うん」

「よしよし」


 背中を擦られ、ボクはタオルで顔を覆った。

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