天使の裏側

 世界史の授業が終わって、トイレに行こうとした時だった。


「藤野」


 呼び止められ、顔を上げる。


「はい」


 クラスの女子だった。

 ギャルみたいな風貌の子で、派手めな髪の色やアクセサリーが目立つ。

 そんな子に話しかけられたボクは、一気に緊張で体が強張る。


「ちょっと、いい?」

「は、はい」


 呼び出しを受け、後をついていく。


 連れてこられたのは、階段の踊り場だった。

 教室の方を一瞥いちべつして、話を切り出してくる。


「藤野って、堤と付き合ってんの?」

「……一応、そうですけど。誰から聞いたんですか?」

「見てりゃ分かるでしょ」

「はあ」


 その子は後ろ手を組んで、言ってきた。


「やめといた方がいいよ」


 まさかの第三者による忠告だった。

 どうして、そんな事を言われないといけないのか、理解できず、ボクは黙ってしまう。


「堤は悪い子じゃないけど、……まあ、厄介というか」

「厄介?」

「中学の時、水泳部の先輩と、……更衣室で……ね」


 言葉を濁し、首を押さえる。


「……え?」


 胸がざわついた。

 いや、嘘だとは思う。

 思うけど、目の前の女子は嘘を吐いているとか、カリンさんへの嫌がらせとか、そう言った悪意で話していないのが伝わる。


「藤野が遊びで付き合ってんなら、ウチに関係ないけど。純情そうだから、放っておけなかったんだよね」


 つまり、カリンさんは遊んでる人だ、と言いたいのだろう。


「カリンさんが、そういう人でも、ボクは気にしないので」

「そか。ごめん。私が余計なこと言ったね」


 肩を叩かれ、謝られる。


「せいぜい、足腰鍛えなよ?」

「足腰ですか?」

「その先輩、したんだから。大会に出られなくて、大泣きしたって。前の学校で、超有名だから」

「……骨折?」


 不穏なワードが妙に引っかかった。

 別にカリンさんの恋愛遍歴は気にしない。

 前に誰と付き合おうが、誰と交流しようが、その人の歩んできた人生だ。


 けれど、相手を疲労骨折させた、というのは、なかなか聞かない。


 ギャルっぽい子は、「ごめんね」と階段を駆け上がっていった。

 残されたボクは謎のワードと脳内で格闘し、最後まで意味を咀嚼そしゃくできなかった。

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