甘い悪魔

覚悟を持つ人

 キッチンでは、安城さんが壁際に立っていた。


「夕食をこれから作るつもりでしたが」

「必要ないわ」


 ボクは包丁でトマトを切っている。

 後ろではお姉ちゃんが仁王立ちで監視。


「誰かさんが、パパの部屋からを盛りそうで怖いから」

「泥棒が入ったのですか? 怖いですね」

「ええ。そのせいで、今日はとんでもない目に遭ったの」


 そっと後ろを見ると、お姉ちゃんが鷹のような目つきで、安城さんを睨んでいた。


 安城さんは狼のように、鋭い眼差しをお姉ちゃんに向けている。


「バイアグラって、……なかなか効果が切れないものなのね」

「勉強になります」

「パパは必要なんでしょうけど。ウチの弟には必要ないものよ」


 トマトを皿に移し、次にキュウリを切ろうとした。が、首に腕を回され、黙って包丁を置く。


「あなたに、一つ忠告してあげる。レンを泣かしていいのは、あたしだけ。レンを苦しめていいのは、あたしだけ」


 やっぱり、意地悪だ。


「可愛そうでは?」

「バカ言わないでちょうだい。往々おうおうにして、そういうものよ」


 しばらく、安城さんは黙っていた。

 けれど、様子が段々とおかしくなってくる。


 顎を持ち上げ、上から見下すような眼差しをお姉ちゃんに向けたのだ。


 冷めきった目に変わり、表情がなくなっていく。


「自分勝手ですね」

「……なんですって?」

「レン様は、オモチャではありませんよ」

「あなたに関係のないことよ」

「ところで、ケイ様」


 後ろ手を組んで、安城さんがにっと笑う。


「レン様の硬くなったアレを、……どのように処理をしてさしあげたんですか?」


 お姉ちゃんは黙った。


「それは……」


 見る見るうちに顔が赤くなっていく。

 拗ねた子供のように口を尖らせ、握りしめた手が震えていた。


「手ですか? 口ですか? ふふ。それとも……」

「黙りなさい!」

「姉弟でしょう? 異常だと思いませんか?」


 余裕のある態度で、安城さんが近づいてくる。

 細めた目には、妙な妖しさがあり、それは女の艶と呼ぶにふさわしい色香だった。


「なら、逆に聞きたいものね。あなた、レンがあの状態で家にきたら、どうするつもりだったの?」


 クスリ、と笑う。


「セックスします」

「なっ――」


 即答で答えた安城さんに絶句していた。


「ランは、ケイ様と違い、レン様をオモチャ扱いしません。子供ができたら、産みます。その前に結婚ですね。レン様が18歳になったら、籍を入れるつもりです」


 ボクは何も言えずに、お姉ちゃんと安城さんを見ているだけ。

 というのも、入る隙がなかった。


「ランがじっくりと可愛がってるのは、レン様に負担を掛けさせないためです」

「薬を盛ったでしょう!」

「ええ。盛りましたよ。そして、その後の責任を取るつもりでした。徐々にですが、女に慣れてもらわなくてはなりません。でなければ、……ランが壊してしまいます。うふふ、はは」


 お姉ちゃんを見上げると、強引に抱き寄せられた。


「この事をパパに言ってあげたっていいのよ」

「どうぞ」

「ママにだって言うつもり」

「どうぞ?」


 安城さんは、一切怯まなかった。


「ランとレン様は愛し合ってますよ。なぜ、愛する者同士に、が口を出すのですか?」


 パンッ。


 強く肌を打つ音がキッチンに響いた。

 打たれた頬を押さえ、安城さんが笑う。


「当てましょうか? 嫉妬でしょう?」


 指をお姉ちゃんの額に突きつけ、刺すような声色で言った。


「覚悟がないくせに。――人の恋路に口を挟まないでください」


 お姉ちゃんと安城さんが、無言で睨み合う。

 こんな時、どうすればいいんだろう。


 このままだと、本当に大変なことになる。


「さ、レン様。先にお風呂へどうぞ」

「あ、うん」

「料理の途中でしょう。戻りなさい」

「は、はい」


 内臓を丸ごと潰されそうだった。

 最悪の修羅場が起きたせいで、ボクは頭が真っ白になった。

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