安城さんの奥にある妖艶

 車庫は館の左側に行き道があって、そこにある。

 ボクが門を開けて待っていると、セダンに乗った安城さんがやってきて、先に外へ車を出す。


 その後で門を閉めて、ボクが乗るというのがいつもの流れだ。


 これぐらいしか手伝えないけど、手間が省けるので助かる、と聞いてからは毎日やるようにしている。


 車に乗ると、緩やかに車体が上下して、学校へ向かっていく。

 安城さんは運転が上手いので、つい眠りそうになってしまう。


 普段は口数が少なく、表情はいつも落ち着いているが、二人の時は笑顔を見せるようになっていた。


「体育祭が近いようで」

「うん」

「ランがお弁当を持って観に行きます」

「ほんと?」

「ええ。頑張るレン様を観たいです」


 小学校、中学校の時は、親は仕事で来てくれなかった。

 本当は観に来てほしかったけど、わがままを言って困らせたくなかった。


 だから、行事には良い思い出がなかった。

 正直な話、体育祭が近いので憂鬱だったが、安城さんがきてくれると聞いて、素直に嬉しくなる。


 ワクワクした気持ちでいると、スマホが震えた。


 取り出して確認すると、相手は堤さんだった。


『おはよっ。明日から本格的に体育祭の準備があるから。体操着持ってきた方がいいよ』


 他人から連絡を受ける事がなかったので、こっちも嬉しい。

 思わず、ニヤついてしまって、『そうだね。忘れないようにする』と返信を送る。


「友達ですか?」

「うん。クラスメイトの堤さんっていう子」

「……女の子ですか?」

「そうだよ。体操着忘れるな、って」


 笑いながら話し、安城さんの方を見ると、先ほどの柔らかい表情が消えていた。


 冷たい目に変わっていて、「そうですか」と一言だけいうと、黙ってしまう。

 何か気に障ること言ってしまったかな。

 不安になってしまい、顔色を窺いながら、ボクは謝ってしまった。


「う、浮かれて、ごめん、なさい」

「あ……」


 安城さんまで、シュンとしてしまった。


「レン様が謝る事はありませんよ。ランは、考え事をしていただけです」

「怒ってないの?」

「ええ。怒ってませんよ」


 後頭部を撫でられ、安心する。


「ですが、まだ学生の身なのですから。不純異性交遊は控えてくださいね。奥様が心配しますから」

「え? うん。大丈夫だよ。付き合ってるわけではないから」

「……そうですか」


 分かってくれたみたいだ。

 安城さんは安心したように、また表情が柔らかくなる。


「どんな子ですか?」

「え、と。すごく元気な人。明るくて、ハキハキして……。って」


 なんか、堤さんの話をすると、安城さんがをしてくる。

 冷たい目になって、眉間に皺を寄せて、何もない所をジッと睨みつけているのだ。


 何もない所、というか。

 運転しているのだから、前方に気を配ってるだけなんだろうけど。

 気のせいか、別の感情を抱いている気がして、ボクは話を続けていいのか分からなくなった。


「見た目は?」

「髪が短くて、日焼けしてるよ」

「日焼け?」

「うん。水泳部だから、焼けちゃうって」

「なるほど。写真はないんですか?」

「ない、……けど」


 詰問きつもんされているようで、どんどん居心地が悪くなってきた。


 もしかしたら、安城さんは心配性なところがあるのかも。

 いつもお世話してくれているから、気を遣っているのかな。


「ねえ。大丈夫だよ。変なことはないから」


 しばらくの間、安城さんは黙っていた。

 ボクは何も言わずに、安城さんの顔色を窺っていると、眉間の皺が徐々に薄くなっていく。


「申し訳ありません。取り乱しました」

「ううん。気にしてないから」


 笑って見せると、安城さんは薄く笑みを浮かべる。


「レン様は優しいですね」

「そう?」

「……もしも、女性について、お困りでしたら」


 目だけがこちらを向いた。

 ゾッとするほど冷たい。

 でも、目の奥底にはドキっとしてしまうような艶がある。

 心を支配してくるような、異性の目。


 どことなく妖しい雰囲気に変わった安城さんに、ボクは身を縮まらせた。


「ぜひとも、ランを御頼りください」


 そっと手を握られ、心臓がバクバクと強い脈を打った。


「うん。わかった」


 安心させようと、ボクは手を握り返す。

 次第に指が絡まり、きつく握られていた。

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