第55話



「題してっ『春花ちゃん、プロポーズ大作戦!』イエーイッ!」


 駅から少し離れた喫茶店の店内に、夏海ちゃんの元気な声が響き渡る。


「い、いえ~い……」


 雀ちゃんもぽそりと言って小さく手を上げた。


「や、やめてよ夏海ちゃん! 他のお客さんが見てるからっ!」


 私は恥ずかしくて顔を真っ赤に染め、手を高々と上げる夏海ちゃんを必死に抑える。


 辺りを見回わせば、休日ということもあって店内には他にもお客さんがいて、みんなくすくすと笑っていた。


「は、恥ずかしいよぅ……」


「ははは、ごめんごめん。作戦会議するなら、気合入れなきゃって思って、つい」


 夏海ちゃんはてへへと頭の後ろをかく。


「作戦会議って、そんな大げさなことじゃなくて」


 ただGWにどこに行けばいいのか相談したかっただけなのに、話が飛躍し過ぎだった。いろいろと省略して、いきなりプロポーズなんて……。


 けれど夏海ちゃんは「甘いよっ、春花ちゃんっ」と急に真面目な顔をして、両手でバンッとテーブルを叩いて身を乗り出す。その振動で、アイスティーの氷がカランと鳴った。


「それくらいの気持ちじゃなきゃ、龍巳くんにもっかい好きになってもらうなんて出来ないよ」


「そ、それは……そうなんだけど、プロポーズの前に、まずは好きになってもらわないと……」


 前後が逆だと私が言うと、それもそっかと夏海ちゃんは席につき直して、腕を組んで悩ましげに唸る。


「う~ん。けど龍巳くん、なんか女の子に興味なさそうだし。きっと普通のアプローチじゃ難しいよ」


 どう、なんだろう。


 たしかに、たっくんが他の女の子と話してるところは、あまり見たことがなかった。いきなりプロポーズする人も見たことないけど。


「ああ、でもまったくないってわけじゃないか」


 夏海ちゃんはふと、なにか思い出したように苦笑いを浮かべる。


「春花ちゃんのことは好きだったんだよね。この前も、なんかすごいの言ってたし」


「う、うん……」


 グループチャットのだと思う。あれは、私も結構恥ずかしかった、それ以上に、嬉しかったけど。


「ど、どういうところが好きだったとか、言ってくれたことあった?」


「それは、あるけど……」

 

 なにかのヒントになるかもと、雀ちゃんは言った。けれど私は言いよどむ。


 それは私とたっくんの2人の大切な思い出で、たっくんに黙って他の人に言っちゃ駄目な気がするから。私は眉を落として首を振った。


「ごめん、やっぱり言えないや」


「……まぁ、そういうのって2人だけの思い出にしたいものだからね」


 浪漫だね、浪漫。と、夏海ちゃんはどこか達観したような表情で頷く。聞けば恋愛漫画の知識らしい。


 夏海ちゃんはそれ以上は聞かず、それよりもと言って、自分で脱線させた話題を無理やり戻す。


「今度のGWにどこに行くかだったよね、今は」


「う、うん」


「た、龍巳くんが行きたそうな場所とか、わからない?」


 雀ちゃんも話に乗る。


「行きたそうな場所か……」


 昔はどこに行っても楽しそうにしてくれていたけど、今はどうだろう。


 たっくんはそこまで趣味は多くなかったから、ここに行きたいとかはなかった。2人でお出かけといえば、公園で遊んだり、お買い物に行ったり。そういった普通のことだ。


「あまり騒がしい場所とかも、好きじゃないし」


 騒がしくない場所だと、動物園とか、映画館とか、いろいろアイデアは出るけど、奇をてらったものよりも、昔みたいに、本当に普通で無難な方が落ち着けるし喜ぶ気がする。

 

「ど、どこか、お買い物ができて、お散歩とかもできる公園がある場所って、ないかな?」


 私の言葉に、2人とも唸った。


 この辺りには、そんな場所はない。せいぜい近所にあるデパートか、街の公園くらい。それだとGW中じゃなくても出来るし、デートぽくはない。どうしよう……。


「あのさ。ちょっといい、3人とも」


 3人で悩ましい雰囲気を出していると、突然声をかけられて私たちは驚く。


 紅く長い髪をふぁさっと揺らして近づいてきたのは、お店のマスターの奥さんだった。前見た時も思ったけど、やっぱりすごく格好良くて綺麗だ。


 奥さんは私たちの前までくると、ぴらりと1枚のメモをテーブルに置いた。


「もし行きたい場所で悩んでるんだったら、こことかどう? 条件にもあってるよ」


「え? あ、あの、ありがとうございます」


「いいっていいって。デート、上手くいくといいね」


 そう言うと、ひらひら手を上げ去っていく。後ろ姿もとても様になっていた。


 けれど、不意に溜息を吐き。


「……はぁ、全く世話が焼けるね」


 と、苦笑を滲ませた声で呟いていた。


 私たちが、なんのことだろうと顔を見合わせると、カウンターにいたマスターさんもため息を吐いて苦笑した。


「気にしなくていいぞ。若い子にちょっかいかけたい老婆心みたいなものだ」


「聞こえてるよ、仁次っ。誰が老婆だってっ⁉」


 マスターさんが毒づくと、前と同じでまた夫婦喧嘩が始まる。よくある光景なのか、お店にいる何人かの人は暖かな目で見守っていた。


「ま、まぁとりあえず。教えてくれたんだし、渡されたメモ見てみよっか」


 夏海ちゃんが言う。さっき言われたことは気になるけど、今は聞けそうな空気じゃない。私たちは渡されたそのメモを3人で見た。


「あ、ここって何年か前に出来たところじゃない?」


「う、うん、たしか有名なデートスポットって、テレビで言っていたよ」


 私は知らなかったけど、2人の話によるとそこはお買い物をする場所だけでなく、映画館やゲームセンターもあるんだとか。


 それに1番のおすすめは、海が見える大きな公園だそう。さっき私が考えていた場所にぴったりだった。


「ここならデートにぴったりだね!」


「うん。私も、ここがいいかな」


 夏海ちゃんが決まりだねとぽんと手を打つ。これ以上の場所は、3人とも思いつかなかった。


「そしたら、今夜たっくんのこと誘ってみるよ」 

 

 私が言って、夏海ちゃんと雀ちゃんが頷けば、今度のGWに行く場所が決定する。


 あとはどうやって誘うかだけど……昔のように誘えばいっか。


 向かいの窓ガラスをコンコンッと叩いて、たっくんが出てくるのを待つ。そして窓から顔を出して2人で語り合い、さりげなくここがいいと誘ってみる。


「……えへへ」


 想像しただけで、懐かしさと嬉しさで表情が緩んだ。


 そうして話題は行った先でなにをするかから始まり、GW明けにある中間テストなどの雑談へと変わって私たちは時間を潰して家路についた。


「きゃっ!」


 ……雀ちゃんがいつものように不器用さを発揮しカップを割って、店内が騒然とするちょっとした事件はあったけど。


* * * * *


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