34 どこの世界にもある、ままならないやつ
「地神教……ああ、あれね。『地神ガイアス』の人類滅亡を支持する過激派集団」
自分の奢りで、店で一番高い料理が三人前も眼前に並ぶという事実に戦慄しているバロンの言葉に、ミーシャが答える。
バロンはSランク冒険者、つまり金持ちだから、このくらいの出費はわけないだろう。
だが、手持ちの財布(罰金を支払った直後)の中身で足りるかは話が別。
足りなかった場合、とてもじゃないがクールさとも、エレガントさとも、エクセレントさとも、スタイリッシュさともかけ離れた結果になるだろう。
足りてくれることを心から祈るしかない。
しかし、地神教か。
俺も一応は知ってる。
ゲームでもちょっと触れられてたし、何よりユリアの記憶にも刻まれてるからな。
地神教。
世界的にメジャーな宗教である『天神教』と対を成す存在。
人を救うことを教義とする天神教に対し、地神教の教義は醜い人類の滅亡。
そんな過激な主張を建前にして、好き勝手に暴れ回る邪教扱いされてたはずだ。
ただ、ユリアが出会った地神教徒の中には、ごく一部だが理解できないこともない主張をする奴もいたっぽい。
「あ、ああ。その地神教だ。彼らの一派がこの町に潜んでいるという情報を得て、その殲滅のために私が派遣されたのだよ。……あまり大きな声では言えないが、この西部国境地帯は、彼らの温床となりうる場所だからね」
「……何かあるんですか?」
ラウンが不安そうな顔でバロンに尋ねる。
バロンは声を潜め、ついでに不快そうな顔をして語った。
「西部国境地帯を統治する『ウェストポーチ辺境伯』とその一派は、お世辞にも褒められない人種だ。
このあたりはダンジョンも少なく、西部との折り合いも悪くなく、脅威と呼べる存在が少ない。
ゆえに、腐敗しきっても統治ができてしまうのさ」
「ああ、なるほどな」
その言葉で激しく納得した。
東西南北、大陸中央部にあるメサイヤ神聖国の四つの国境のうち、西部だけがイージーモードだ。
北は言わずもがな魔王がいて、北部三大国と必死に協力して立ち向かってる。
南は不穏の塊、紛争地帯。
ゲームでは何かイベントがあった気もするが、基本的に作中の地理なんて気にしてなかった俺は詳しくは知らない。
しかし、バロンの昔話からしてもロクなことは起きないと思われる。
東は海を挟んで、伝説の『東方大陸』と隣接する場所だ。
たまに海や空を渡って襲来してくる、四大魔獣を超える化け物どもを追い返さなければならない。
確かゲームの設定によると、東方大陸には歴代最強と呼ぱれた勇者パーティーが命と引き換えに施した結界があって、隠しダンジョン出身の魔獣達を東方大陸に縫い止めてるらしいが。
それに強引に抗って大陸を襲おうとする化け物もいるらしいので、そいつらを国境守備隊が追い返さないと大変なことになるって話だったはず。
絶対に行きたくない修羅の国だ。
そんな東南北と違って、西部との国境だけがこれといった脅威のない、まさにイージーモードな場所。
西部自体はダンジョンが大量にある危険な土地なんだが、メサイヤ神聖国は何故かダンジョンの発生率が低い上に、あってもすぐに神聖騎士団が派遣されてきて攻略してしまうので、国境付近は安全なんだろう。
それこそ、突然の四大魔獣みたいな事故でも起きない限りは問題ない。
そりゃ、腐敗の一つもするってもんだ。
「国の中央部であれば、敬虔な天神教徒である教皇様の威光を恐れて、腐敗もかなり抑制されているのだがね。
しかし、こういう辺境や、威光の届かぬ隙間のような場所には、この手の輩がゴロゴロしている。
神話に出てくる祖先達といい、まったく、人類の業の深さを思い知らされるよ」
バロンは「ふぅ」とため息を吐く。
個人的には宗教なんてトップの方が腐敗するってイメージがあるんだが、実際に神様がいる世界となると違うんだろうな。
二柱の神のうち、片方が全力で人類を滅ぼそうとしてる中、もう片方の神にまで見捨てられたらマジで終わる。
だからこそ、勇者召喚なんて神の威光に頼り切ってる宗教のトップは、全力で神様に媚びるために悪いことができないと見た。
元の世界の上流階級もこうだったらいいのに。
「まあ、そういうわけで、このあたりでは地神教の教えが根付きやすいのだよ。
先ほどの盗人の少女のように、腐敗の煽りを受けて苦しんでいる人々は多い。
そんな人々に『腐敗した権力者を滅ぼすべし』とでも吹き込めば、あっという間に敬虔な地神教徒の出来上がりだ」
「酷い話ですね……」
「救えないわね」
「そうだな」
ラウンは暗い顔をし、ミーシャは歯噛みするような顔になった。
ユリアから伝わってくる感情も、ミーシャと同じだ。
二人は元騎士と元貴族。
それも、まともな方の。
支配者階級のどうにもならない闇を経験済みだからこそ、一般人より更に嫌な気分になるんだろう。
ままならねぇなぁ。
「正直、地神教徒よりも辺境伯を取り締まりたいところだが……残念ながら、国のお抱えとはいえ、いち冒険者でしかない私にそこまでの力はない。
それに地神教徒を放置し、辺境伯との戦争が始まってしまった場合でも、かなりの犠牲が出てしまう。
メサイヤ神聖国に与する者としても、一人の紳士としても、見過ごすわけにはいかないのだよ」
そう言って、バロンは自分の紅茶を飲み干した。
ちなみに、俺達が遠慮なく頼み過ぎたせいか、彼がこの店で頼んだのは、この紅茶一杯だけだ。
マジで悪いことをしてしまった。
最初は奢るつもりだったのに……。
「そうか。心情としては協力したいところではあるが……私達にもやるべきことがある。申し訳ないが、力にはなれそうもない」
「ハッハッハ! 謝ることなどないさ! 本気で力になりたそうなレディの顔を見れただけでも、とても元気づけられたからね」
お茶目にウィンクしてくるバロン。
おっさんのウィンクなのに、なんか可愛く感じる。
違うぞ。俺は決してホモじゃない。
可愛いお爺さんとかいるじゃん?
ああいう感じのカテゴリーだから。
「元より、これは私の成すべきことだ。君達は気にせず私に任せて、自らの成すべきことを……」
とか語ってる最中だった。
唐突に、本当に唐突に。
まるで暴走幼女に不審者が跳ね飛ばされた時のように、いきなりその事件は始まった。
「「「ッ!?」」」
ドーーーーン!! という音がして、窓の外で突然破壊音が響き渡る。
見れば、美しい港町の町並みの一部が完全に破壊されていた。
当然、それを見てしまった客達はパニックに。
「な、なんだ!?」
「魔獣でも攻めてきたのか!?」
「あ、あの方角、町長の屋敷の方じゃないか!?」
慌ただしく逃げようとする客達。
店が荒らされそうになり、店員が「お客様、落ち着いてください! お客様!」とか言ってるが、まるで落ち着く様子はない。
だが、そこで、
「落ち着けーーーーーい!!」
バロンが大声を上げた。
最大音量まで上げた拡声機を使ったような、とてつもない大声。
それを間近で聞いてしまったミーシャとラウンが、耳を抑えて顔を歪める。
「私はSランク冒険者『氷結紳士』バロン・バロメッツ!! あの異変の正体は私が突き止め、解決してみせよう! ゆえに、諸君は安心して慌てず騒がず、紳士のごとく余裕を持って安全な場所まで避難するのだ!」
バロンの発したその言葉に、その強者のオーラに、客達は圧倒されたように静まり返った。
そして、次の瞬間には大歓声が巻き起こる。
Sランク冒険者、英雄と呼ばれる者の肩書は伊達ではない。
その歓声をバックに、バロンは優雅に立ち上がり、カウンターに財布から取り出した数枚の金貨を置いた。
「お会計だ。釣りはいらん」
「えっと、その……ちょっと足りません」
青ざめるバロンを救うべく、俺は懐から神速で金貨を取り出してカウンターに叩きつけた。
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