27 三人目

「要望通り、新しいマントだ。あの小さいドラゴンの皮を使ってある。物理にも魔法にも強く、特に火に対する耐性は一級品。前回のマントよりも遥かに使える代物だろう。もちろん、お前の紋章も入れてある」

「助かる。毎度毎度すまないな」

「ちゃんと報酬をもらっている仕事なのだから気にするな。それに、自分の作品が一戦で燃え尽きてそのままというのは、職人として少々屈辱だからな」


 ピエロが逃走した後。

 操作してる奴がいなくなったからか、単純な動きしかしなくなった甲冑ゴーレムを全員で袋叩きにして討伐し、俺達は戦利品を持って地上に戻ってきた。

 ギルドにことの顛末を報告し、そこでグラウンド・ロードの面々と別れ。

 その翌日、専用装備の感想やら、マントが焼けてしまった件やらと、いくつか用事があって、お土産片手に世紀末エプロンの店を訪ねた。

 で、そこで二代目マントの制作を依頼し、今は数日経って完成品を取りにきたところだ。


 ちなみに、ラウンが土壇場でチキンハートを克服したということで、元のパーティーに復帰するという話もあった。

 しかし、その話はリーダーであるグランが却下した。


「お前と共にダンジョンボスと戦ってみて再認識した。やはり、お前に俺達と共に強敵に挑めるだけの力はない。今回上手くいったのは、彼女ミーシャの援護があったからだ」


 虫けらを見るような目で見下されながらそんなことを言われて、ラウンはしょんぼりとしてしまった。

 ただまあ、例によって例のごとく、グランは良い奴なわけで。


「だが、心の弱さを克服したのなら、お前にも冒険者として活躍できる場所があることは認めよう。そいつらと一緒に行きたいのなら、好きにしろ」

「!」


 グランは依然虫けらを見るような目のまま、ラウンを冒険者として認めた。

 そして、グランは俺達に向き直った。


「俺達じゃ、こいつを守りながら戦うのは無理だった。だが、あんたらとなら、こいつはちゃんと戦える。ダンジョンボスとの戦いでそう思った」


 「だから」と言って……グランは俺達に頭を下げた。


「こいつを仲間にしたいのなら止めない。どうか、こいつを守って、一緒に戦ってやってくれ」


 声音は冷たく、けれど態度はどこまでも真摯に、誤解されやすそうな男は頭を下げ続けた。

 他のメンバーも、そんなグランにならって頭を下げる。

 良い奴らすぎて、こっちが恐縮した。


「ああ、任せてくれ。まだラウンに了承はもらえていないが、もしそうなったら全力で支え合う所存だ」

「……まあ、普通に使える奴だし、善処はするわよ」

「そうか。感謝する」


 グランは氷のように冷たい表情のまま、安堵したように温かい雰囲気になった。

 こいつ、顔もイケメンだし、性格最高だし、誤解されそうな要素を改善したら絶対モテるだろうなぁ。


「行くぞ」

「うぅ! ラウン、元気でやれよぉ!」

「ラウンちゃん、今度会ったらお姉さんと良いこと……」

「アドリーヌさん、いい加減にしてください。私だって死ぬほど我慢してるのに……!」


 良い奴らは、もう隠すことなく別れを惜しみながら去っていった。

 ピエロというアクシデントはあったものの、当初の予定通りダンジョンは攻略したし、もう町を出るんだろう。

 実際には旅支度とかあるから、まだ数日は町にいると思うが、なんとなくもう俺達の前には姿を見せない気がした。

 顔合わせたら未練が生まれそうだからな。


「グラン! 皆さん!」


 最後に、ラウンが涙を浮かべながら飛び出して、


「今まで、本当にありがとうございました!!」


 こっちも全力で頭を下げた。

 悪人面は号泣し、女性二人はすすり泣き、グランは……


「ラウン」


 振り返らないまま、ラウンの名を呼び。


「また会おう」


 それだけ言い残して、今度こそ歩み去った。

 ……また会おう、か。

 前回ギルドで出くわした時は、「もう二度と会わないことを祈ってるぞ」だったな。

 あれに比べれば、随分と前向きな別れの言葉だと思う。


「うん! またね!」


 ラウンもまた、泣きながらも笑顔で、去っていく仲間達に手を振り続けた。

 あ、やべ。

 もらい泣きしそう。


「ぐすっ……。お待たせしました、ユリアさん、ミーシャさん」

「で、返事は決まったの?」

「はい!」


 ミーシャの問いに、ラウンは力強くうなずく。


「前に断っておいて、虫のいい話だとは思います。けど、もし取り返しがつくのなら、あの時の答えを撤回して、もう一度答えさせてください!」


 ラウンが俺達に手を差し出す。

 まるで、前回俺が差し出していた手に応じるように。 


「割れ鍋に綴じ蓋。変な言葉だけど、良い言葉だと思います。━━僕なんかでよければ、ぜひお二人の仲間に入れてください!」

「……ああ! その言葉を待っていた!」


 俺はラウンの手をガッチリと掴む。

 ミーシャも、握手した俺達の手の上に、自分の手を重ねてきた。


「歓迎する。ようこそ、私達のパーティー『リベリオール』へ! だが、お前は一つ忘れていないか?」

「へ? 何をですか?」

「前回誘った時に言っただろう? 正直、私達にも問題があると」


 少々志が高すぎて、今まで勧誘してきた者達には尽く振られてきた。

 そんな感じのことを、俺はラウンに言った。

 ラウンもそれを思い出したのか、「ああ!」って感じのハッとした顔になった。


「でも大丈夫です! 僕は覚悟を決めました! Sランク冒険者を目指すとかでもバッチコイですよ!」

「そうか。本当に変わったな」


 ピエロや甲冑ゴーレムとの戦い……いや違うな。

 多分、仲間に(特にグランに)認められたからだ。

 今のラウンは気力に満ちあふれている。

 これなら大丈夫そうだ。


「では、言おう。私達の目標は四大魔獣、ひいてはその裏にいる魔王の討伐だ」

「………………へ?」

「四大魔獣の一角が、私達の故郷の仇なのよ。私達についてくるんだったら、世界を救う覚悟がいるわよ?」

「え? え?」


 ラウンが混乱している。

 大丈夫なようには見えない。

 バッチコイではなかったのか。


「聞いてない……聞いてないです!? こんなの詐欺ですよ!?」

「一応、これを聞いて断るのなら構わないとも言ってあったが……」

「仲間達とあんな感動的な別れ方しておいて、今さら断れるわけないじゃないですかぁーーー!!」


 ギガントロックの町にラウンの絶叫が響き渡った。

 ひと通り叫んだ後、彼はもうどうにでもなれって感じのヤケっぱちな様子で俺達の仲間に加わった。

 ようこそ、歓迎するぜ。

 俺達と一緒に、いっちょ世界救ってこようや。






「では、本当に世話になった。お元気で」

「ああ。お前達も元気でやれ」


 ラウン加入から数日後。

 二代目マントを受け取った後。

 既に旅支度を終えた(ラウン監修のもと、大幅な効率化が図られた)俺達は、この足でそのまま町を出るつもりだった。

 やっぱり、世紀末エプロンを仲間にできなかったのが惜しまれる。

 まあ、妻子持ちだし仕方ないか。

 家庭円満を祈ってるぜ。


「やだぁーーー!! ラウンお兄ちゃん、行っちゃいやぁああ!!」

「えっと、その、ごめんね、エミーちゃん。ちゃんと手紙書くから」

「こら、エミー。お兄ちゃんを困らせちゃダメでしょ」


 で、旅立ちの直前になって、ようやく世紀末エプロンの奥さんと娘さんを見たんだが…………美女と野獣を体現してるとでも言えばいいのか。

 奥さん、すっげぇ美人さんだった。

 すっげぇ、おっぱい様でもあった。

 大恩人に向かって、こんなことは口が裂けても言えないから、せめて心の中で言わせてくれ。

 もげろ。


「うぅー……! お手紙、約束だよ!」

「うん。約束するよ」


 そんな奥さんの遺伝子を色濃く継いでる娘さんの頭を、変な腕輪のついた手で優しく撫でるラウン。

 お前にはグランというものがあるだろうが。

 何、将来有望そうなロリっ子と、光源氏計画みたいなフラグ立ててんだ。


「せ、先輩、私は早く旅立ちたいわ。あの人が限界を迎える前に」

「同感だが、あの別れを邪魔しても爆発すると思うぞ」

「うぅ……」


 ミーシャは、娘の前だからか、いつものゴゴゴゴゴすら抑えてている世紀末エプロンの姿に、圧縮されまくって爆発寸前の危険物を見るかのような目を向けながら、カタカタと震えていた。

 腕につけたラウンとお揃いの腕輪がカチャカチャと音を立てる。


 もちろんだが、この腕輪はペアリング的なものではない。

 今回の戦いの戦利品だ。

 ピエロが装備してた、ダメージを肩代わりする腕輪である。

 斬り飛ばした両腕に一つずつついてたから、回収して二人に持ってもらっているのだ。


 ギルドで鑑定してもらったところ、これはダンジョン産のお宝の一種らしく。

 効果は『腕輪にハメ込んだ魔石と引き換えに、致命傷を無効にする』というもの。

 ゲームでもそうだったが、ダンジョンからはこの手のアイテムが出てくる。

 理由としては、ダンジョンが侵入者を誘き寄せて栄養にするための餌だそうだ。


 ちなみに、この腕輪にハメ込む魔石は、かなり高品質な代物じゃないと機能しないこともわかった。

 ゴーレムの魔石で言えば、甲冑ゴーレム以外のやつだとダメっぽい。

 要求基準高ぇよ。


 そんな代物がポンポン手に入るわけがないので、これはあくまでも、いざという時限定の保険だ。

 それでも、防御力皆無の二人が入れる保険があったのは滅茶苦茶助かる。

 これを持ってきてくれたことに関してだけ・・は、奴に感謝してもいい。


「それじゃあ、またね、エミーちゃん」

「うん! またね、お兄ちゃん!」


 やがて、ラウンと娘さんのお別れも終わったようだ。

 世紀末エプロンが覇気を抑え切れなくなってきてるし、ミーシャの言う通り、爆発する前に火元ラウンを遠ざけてしまおう。

 出発だ。


「では、私達は行く。あなたの装備が世界を救ったという報せを待っていてくれ」

「途中で壊れるかもしれんだろうに。だが、その時、この町の近くに来ていたら寄れ。安く直してやる」

「本当に感謝する」


 最後に、俺と世紀末エプロンは、厨ニ的センスの合った友としてガッシリと硬い握手を交わし、別れた。

 良い人の町ギガントロックを離れ、次の目的地へ。

 俺達の冒険は始まったはかりだ。

 ゴールはまだまだ遠い。

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