第20話

 第4章


 夜半から振り始めた雨は、まだ止む様子は無かった。

 セイガは独り、自室にいた。

 昨夜は異常を感知して現れたレイチェルによって戦闘は終了した。

 もとより、ユメカの死という受け入れがたい事項が発生した時点でふたりの間で勝負など終わっていたのだ。

 守ると決めた

 傷つけないと誓った

 それを互いに果たせなかったのだから。

 詳しい処分は下されないまま、各自帰宅した。

 セイガはレイチェルの絶対領域で一命を取り留めた。

 しかしレイチェルの話では、ユメカを生き返らせる…

 それは絶望的とのことだった。

 セイガの時のように致命傷であっても完治することが可能なレイチェルの絶対領域、その力をもってしても完全に消滅し、存在も学園のデータベースから死亡と確定したユメカを救うことは出来なかったのだ。

 レイチェルは期待はしないでと念を押しつつ、方法を模索するとセイガに告げていたが、それはセイガを気遣っての発言だと、理解していた。

 理解…

 このワールドでも、人は死ぬのだ。

 そしてかけがえが無いから命は大切なのだ。

 陳腐だった、…分かっていることと理解していること、そして実感には大きな隔たりがあって、それがとても空虚だった。

 もう、何時間経ったのだろうか…体が凄く重い、疲れた、眠い、でも眠ることができない。

 息が苦しい、考える意味がない、生きている意味も、無い。

 これは簡単に、絶望とでも呼べばいいのか。

 分からない、いや分かっている、

 だが、どうすればいいのか、そもそも自分が出来ることなんてあるのだろうか?

 暗い、昨日まではあんなに輝いていた日々なのに。

 何もできないなら全て忘れて生きたいように生きればいい。

 こんなことは無意味だ、分かっている、でも変われない。

 浮上しなければ…このままでは…もうダメだ。

 心臓の音がする、煩い、止まってしまえばいいのに。

 藻掻きたいのに、大事にしたかったのに…

 もう、それができると思えない。

 死というのは、こんなにも近くにあったのだ。

 それに気づかないふりをしているだけで。

 ただ、どうか…世界は幸せで

 誰かは、ユメカは幸せであってほしかった。

 自分はもういい…

 そう、セイガは思っていた。

 だが…彼女はそう思ってはいなかった…

(もし時代が違うだけで、私とセイガがおなじ世界の住人だったらちょっと素敵だね)

 記憶の中のユメカが励ましてくれている。

 彼女ならきっと、そうすると分かっていた。

(それでも私はセイガの後ろでいいから一緒にそれを乗り越えていきたい…ねぇいいでしょ)

 ユメカの分も、自分は生きないといけない…

 なんてつまらない言葉だ。

 自分の愚かさがユメカを殺したというのに…

(それでも私はセイガさんのそんな性格…嫌いじゃないよ?)

 ああ……ユメカがいてくれたから俺は生きてこれた。

(ちゃんと理解できたのかにゃあ?)

 そうだ、彼女はいつも笑っていた、本当は何処かに何か昏いものを受け入れていながらも…笑顔だった。

(恥ずかしいほど悔やんでもいいよ…涙が飽きるくらいに)

 妄想だからか、聞いた覚えのない声までする。

(覚えてて…いいよ)

 忘れない、忘れる筈がない、自分がいままでこのワールドで生きてきたのは…間違いじゃない。

(これはね、あなたのために私の大切な人が作った歌だよ♪)

 歌声がきこえる、これはそう、彼女の歌

 口ずさむ、何度、この歌を聴いて泣いたことか…

(きっとこの歌は残された人の悲しみの心が立ち直るだけじゃない…いつかの再会を信じた歌、この歌を歌っていると…)

 そうだ

(別れた大切な人とも、きっとまた逢える気がするんだ)


 セイガは土砂降りの雨の中、走っていた。

 顔に打ちつけられる水分が妙に心地いい。

 涙なのかもう分からない。

 ただ走りたくなった、だけではない。

 目的地は、あるのだ。

 走りついた先…

 それは暗い地の底

「ヤミ――――!!!」

 ヤミの寝床、セイガはここに戻って来た。

 昨日の夜、昇世門で見かけたのは確かにヤミだった、あの時は戦闘に集中していたから気に留めていなかった。

 しかし、何故ヤミがあそこにいたのか?

 そしてヤミならば…

「ヤミっ! いたら返事をしてくれ!!」

 全てを吐き出すようにセイガは叫んだ。

「ヤミっお願いだ……ヤミ!!」

 このワールドに来て、直接出会ったのはヤミが最初だった。

 今思うに、出会った人々の中で一番大きな力を感じたのも…

「ヤミ…」

「ヤミはここにはいないってさ」

 声がした、セイガが中空を見上げると、そこには真っすぐな朱色の髪、黒い瞳の少女、ホムラがいた。

「ホムラ……よかった、この次にホムラにも会いに行こうと思ってたんだ」

「ヤミの次か…まあ、いいけど」

 そう、ホムラもまたヤミと同じくらい大きな力を持ち、そして気になることを言っていたからセイガは会いたいと思っていたのだ。

「ヤミは…いないのか」

「あと、お前に話すことは無いってさ」

「ホムラはヤミと仲がいいのか?」

 何となくだが、セイガはヤミとホムラに共通のものを感じていたので、ふたりが知り合いだとしても不思議ではなかった。

「う~~ん、仲はいいのかなぁ?アイツ…ホムラに文句ばかり言うし…根が暗いし、でもま、嫌いじゃあないかな」

 一縷の希望が繋がったことにセイガは少しだけ喜んだ。

「もし分かるなら、ホムラに聞きたいことがあるんだ」

「うん、だからホムラはココにいる」

 セイガを見下しながらホムラはニコッと笑った。

「前に、モンスターに関してだけど…欠片さえ残っていれば、ソレは無くなってないと言っていたよな」

「ふんふん、記憶力がいいね」

「もし存在が…この世界から無くなったとしても、それを復活する手段はあったりするのか?」

「…セイガはどう思うんだ?」

 すでに分かっているかのようにホムラはセイガに聞き返した。

「ヤミが深淵…という言葉を使っていた…それは魂の在処だと」

「深淵か…いいね」

「俺はその深淵に踏み込めるものだとも言っていた、もし本当にそんな力が俺にあるのなら、ユメカの魂の欠片をみつけて、生き返らせることもできるんじゃないか?」

 何の確証もなかった、でも無気力だった体が動くくらいにはセイガに希望を与える考えだった。

「どうかな?それを決めるのはヤミでもホムラでもない、深淵がなにかなんてホムラ達にも分からないんだ」

 挑むような口調だった。

「だからホムラから言えることは一つ、セイガ、お前が落ちるところまで落ちてこい、その先にお前の考えの答えがあるだろうよ」

「…優しくないんだな」

 希望を持てる言葉が欲しかった。

「にしし、ホムラは燃えるようなことが好きなんだ♪」

 しかし、全力を賭ける…それだけの価値のある言葉だった。

「ありがとう…っ」

 大粒の涙がセイガを隠した、歯を食いしばるが止められそうにない、このまま走り続けなければ…多分不安に取り殺されてしまうだろう。

 だから今は死ぬまで走る。

「ああ、あとヤミからも一言貰ってるんだった」

 ホムラが地面に降り立ち、セイガの前に来た。

 無防備に近付いただけなのに、身震いがする…セイガはその力に気圧されていた。

 改めてその潜在能力の大きさに驚愕する。

 今ならわかる、ホムラもヤミも…とんでもない存在だ。

『ヤミは最早セイガに会う心算は無い』

 ヤミの口調を真似ている、それは妙に似合っていた。

し会うとするらば、其れは互いに深淵に立つ時だけだ』

 セイガは踵を返し、再び走り出す、もう止まる気はない。

 その姿を確認し、ホムラはここにはいないヤミに語った。

「ホムラは、それを望まない…けどな」

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