84・【番外編】紗良視点⑬

「島本ちゃん、ついに詩織に告白したよ」


 金曜日の夜、電話をかけてきた陽子さんがあっけらかんとした声で教えてくれた衝撃の内容に、「は?」と自分でも驚くほど低い声が出た。私、こんな声出せたのか。


「あっはー、紗良ちゃんこわーい。ちょっと詩織に似てきたんじゃない? 時々、めちゃくちゃイヤそうな顔でそんな声出すんだよね」

「そ、それは陽子さんが変なこと言うからじゃ……じゃなくて! 告白したんですか、島本さん」

「うん、そうそう。今までみたいな変化球じゃなくて、直球勝負に出てきたよ。好きです! お付き合いしたいです! って」

「うわー、直球ですね。それで、えっと、詩織さんは……?」


 前は苦手そうにしていたし、まさかオッケーしてはいないだろうけど、もしもということもある。

 恐る恐る結果を聞く私に、陽子さんは「涙目で逃げてた」と言うけど、え? それ、告白された後の反応なの?

 どうやら付き合ってはなさそうだけど、何があったの?

 訝しがっている私に、陽子さんが告白された状況や昼休みの出来事をかいつまんで教えてくれたけど、聞けば聞くほどに島本さんが強すぎる。ライバルながらあっぱれと言うか、詩織さんにかなり同情してしまった。


「私が焚きつけたから……」

「いやいやー、あんまり関係ないと思うよ。遅かったくらいだって、島本ちゃんの幼なじみも言ってたし」

「何ですか、それ。そんな島本さんのトリセツみたいな人いるなら、対策聞きましょうよ」

「あはは、それ詩織も同じこと言って撃沈してた。やっぱ、君たち似てるんじゃない?」


 嬉しいけど嬉しくない……!

 島本さんの幼なじみって、前に会ったあの子かな。島本さんの後ろで、詩織さんのこと睨んでたみたいだけど、そんな話をするほど仲良くなったの?

 え、いつの間に? 全然知らなかった! ああー、やっぱり学校違うって結構なハンデだ。普段はそんなに気にならないけど、こういう時にはもどかしくなる。詩織さん、うちの学校に転校してきたらいいのに。


「それにしても、私、告白ってもっと意を決してするようなものだと思ってました」


 と言っても、それがわかったのはここ最近の話。私に告白してきた中にも本気の人はいるのはわかっていたけど、自分がその立場になって初めて、本当の意味でようやく理解した。

 告白って、怖いものなんだ。一番大切な気持ちを相手に捧げるのに、受け取ってももらえないかもしれなくて、おまけに居心地の良い関係も一緒に失ってしまうリスクがある。

 なんてハイリスクハイリターンな行為だろう。


「まあ、大体の人がそうなんじゃないかな」

「ですよね。あ、陽子さんと会長さんはどっちが告白したんですか?」

「えぇぇ、それ聞いちゃう!?」


 素っ頓狂な声でそう言うけど、この話の流れなら聞くでしょ。更に言えば、もし陽子さんが告白した側なら、詳しく話を聞きたいとも思っている。今後の参考に、是非!


「うーん、私のはちょっと込み入ってて参考にならない……いや、そうでもないか? でも、話したら確実に詩織に怒られるからさ」

「そんなの聞いたら、余計に気になるんですけど」

「あはっ、だよねー! オッケーオッケー! 過保護なお姉さんには、話したこと内緒にしといてね」


 わざわざ聞き返しはしなかったけど、話したら怒られる告白話って何? それに、「どこから話そうかなぁ」なんて言ってる声が、どこかウキウキしてるように聞こえるのは気のせいだろうか。


「結論から言うと、どっちが告白したかわからないんだよ」

「えっ、でも付き合ってるんですよね!?」


 もしかして「好きです」「私も」みたいなやりとりじゃなくて、軽く「付き合っちゃう~?」「オッケー」みたいな感じってこと?あ、なんか似合う。会長さんはわからないけど、この人なら言いそう。すごく言いそう。

 私が頭の中で自己完結しかけたところで、あっけらかんと爆弾は落とされた。


「私たち、前はセフレだったからさー」


 予想の斜め上だった!!!


「私は中学生の頃から会長が好きだったけど、会長には他に本命がいると思っててね。なかなか諦められないでいる時に……えーっと、まあ、ちょっとしたきっかけがあって、私から体の関係を求めたんだ」


 軽蔑する? と聞く彼女に、いいえと答えた。

 決して誉められたことではないけど、軽蔑なんてしない。好きな人に触れたい気持ちは、私にだってわかる。


「ありがと。まあ、紗良ちゃんはないと思うけど、絶対にオススメしないよ。片想いのセフレなんて、ほんっっっとしんどいだけだから」

「はぁ、覚えておきます」

「うんうん、選ぶなら体の関係だけで割り切れる相手にした方がいいよ~、私とか」

「そのお誘い、詩織さん経由で会長さんに伝えますね」

「ごめんなさい、冗談です!」


 重い話になりそうだったのが、一瞬でいつもの陽子さんのペースに戻った。さすが……なのかな?


「話を戻すけど、その関係が詩織にバレてさ」

「えっ!」

「いやぁ、あの時は焦ったなー! 現場押さえられちゃったし、停学とか退学とか本気で覚悟したよね!」


 それはそうだ。っていうか、現場を押さえられるようなところで何してたの!? まあ、セフレ関係がバレる現場っていうことは、つまりはそういうことなのだろう。

 ほんとに見つけたのが詩織さんじゃなかったら、今頃どうなっていたことか!


「詩織さん、ビックリしたでしょうね」

「うん、ビックリしたって言ってた。あと、普通はまず『女同士で』ってとこに驚くと思うんだけど、そこは気にしないから時と場所を選べって言われてさぁ。詩織らしいのやら、らしくないのやら」

「そうですか? 私はすごく詩織さんらしいと思いますけど」


 これは私の願望も入ってるかもしれないけど、詩織さんは同性愛に対してフラットな考え方の人だ。何より、優しいからその状況で陽子さんを傷つけることは言わないんじゃないかな。


「詩織ってさ……あー、いいや。また脱線したけど、その言葉に絆されちゃった私は詩織に全部打ち明けちゃったわけだ。私の長い片想いも、会長との泥沼な関係についても、ぜーんぶ」


 勢いって怖いよねー! と、全然そんなこと思ってなさそうに陽子さんが笑うから、きっと話してスッキリしたんだろう。あと、「ぜーんぶ」の内容については、聞いても教えてもらえなかった。

 それを私に教えると、詩織さんが怒るだけじゃ済まなくなるらしい。気になる。


「で、次の日の昼休みに会長が詩織を生徒会室に呼び出したんだよ。当然、話題は前日に見られたエッチについて」

「あ、はい」


 やっぱりしてたんだ、エッチなこと。


「私もさ、聞き耳たてるようなことはするつもりなかったんだよ、本当に。でも、話題がわかってるから他の人に聞かれるのはマズイなーと思って、生徒会室から少しだけ離れた廊下で見張ってたら、時々声が漏れ聞こえてくるわけ」

「はあ」

「中からさ、会長を叱り飛ばす詩織の声が聞こえたんだよ。普段はお上品で澄ました顔してて、声を荒げるのが宇宙一似合わないあの詩織が、会長相手にキレ散らかしてさぁ。いやー、あれはちょっと泣けたね! 感動した!」

「へー!」


 それはレアだ。キレた詩織さんなんて、私だって見たことない。


「で、会長はそれに対して逆ギレしてた」

「……今、会長さんの株が大暴落したんですけど」

「あはは! 図星をつかれると、つい逆ギレしたくなるものだからねー。でも、おかげで会長の本音が聞けて、両思いだってわかったからさ。結果オーライってやつだよ。このあたりからはもうドアに近寄って、完全に盗み聞きの態勢に入ってたけど」


 荒ぶる詩織さん、逆ギレする会長さん、そして泣きながら盗み聞きする陽子さん。絵面がなかなか混沌としている。

 詩織さん、陽子さんのことは教育上よろしくないとか色々言ってるけど、やっぱり大事な友達だと思ってるんだなぁ。ちょっと妬けてしまう。


「会長もさ、私のことを好きでいてくれたんだけど、将来は家のために婿を迎えないといけない立場でね。そのせいで、ずっと本音が言えずにいたんだよ」

「それは……どうにかならないんですか?」


 こういう時、何と言ったらいいのだろう。さっきは株が大暴落したなんて言ったけど、そんな事情を聞くと急に可哀想になった。

 可哀想なんて思うのは失礼かもしれないけど、私だったら絶対イヤだ。イヤだけど、高校生がそれに抗うのは、ものすごく難しいってこともわかる。


「ならないねー、少なくとも今は。あ、逆ギレして絶望感たっぷりの会長に、詩織がなんて言ったと思う?」

「……諦めたらダメ、とか?」


 だって、私の時はそう言った。

 諦めるなって。足掻けって。


「そう言うよね、普通。でも不正解。あの子、どうせ別れるなら、幸せな思い出にしろって言ったんだよ」

「えっ、意外です!」

「そうそう、あれだけ色々言っといてそれかい! って、つっこんじゃった。でもまあ、最近の詩織を見てると、わからないでもないと思えてきたかなって」

「どういうことですか?」


 私の知ってる詩織さんなら、そんな簡単に諦めないし、どうにかする方法を一緒に探してくれる。最後まで一緒に足掻いてくれる。

 早々に諦める前提の話をする彼女は、私の知らない一面だ。


「詩織ってすごく現実的じゃない? あー、違うか。多分、基本的な性格は夢見がちでロマンチストだけど、必要以上に現実を見てるっていうか。理想も現実も見えてて、その妥協点を探す癖があるっていうか……うまく説明できないけど、言ってることわかる?」

「はい、なんとなくですけど」


 言われてみれば、心当たりはある。

 高校での友達について話した時だって、普通は「高校の友達は一生ものだから」とか「友達は財産」とか言うのだろう。

 でも、詩織さんは女の友情は打算と利害関係が絡みやすいとか、仲良くできるなら細かいことは気にせず楽しんだ方がいいとか、斜に構えた物言いをしていた。まるで予防線を張るように。私や陽子さんにこれだけ手を貸しておいて、矛盾もいいところだ。説得力ゼロ。


「私と会長の問題もさ、理想は二人で頑張って向こうのご両親を説得して、愛の力で乗り越えていくことなんだろうけど……あー、愛の力って、自分で言ってて恥ずかしいね」

「え、あ、あはは、少しだけ?」

「だよねぇ。ま、いっか。で、理想はそうなんだけど、現実的には女子高生二人で旧家の伝統に対抗なんて出来ないんだよね。まだ養われてる身でさ」

「……そうですね」

「うん、圧倒的に力が足りない。更に言うと、気概も覚悟も足りない。そりゃ、詩織だって『どうせ別れるなら』って言うわ。見事な妥協点だと思うよ」


 足りないんだ、覚悟。

 でも、そうだよね。私たちはまだ高校生だ。将来のことまで本気で考えて付き合ってる人なんて、きっとほとんどいない。一体、高校生カップルの何%がずっと一緒にいられるんだろう。


「でも、別れてほしくないです、私は」

「紗良ちゃんは良い子だなー! うん、私もそうなりたいと思ってるよ」

「ですよね、応援してます!」


 難しいだろうけど、そうなったら良いな。

 期限付きじゃなくて、一生ものの恋になってほしい。


「詩織さんも、本音では別れてほしくないんだと思いますよ」


 だって、優しい人だから。口では厳しいことを言いながらも、二人の幸せが続くことを願っているはずだ。


「だろうね。逆に、別れろって思われてたら本気でへこむわ」

「確かに。友情が崩壊しちゃいそう」

「あはは、するする! ま、詩織は夢見がちなロマンチストの乙女ちゃんだからさ、ハッピーエンドをご所望だとは思うよ」


 夢見がちなロマンチストだけじゃなく、乙女まで追加されちゃったよ、詩織さん。あんなに大人っぽくてセクシーなのに。

 ああ、でも恥じらった時の詩織さんは乙女って感じするかも。可愛いもんね。


「詩織さんって、そんなに夢見がちですか? 私の印象では、結構しっかりしてて堅実なタイプなんですけど」

「普段はそうなんだけど、人間関係やら恋愛やらが絡むと真逆っぽいんだよねー、って私が勝手に思ってるだけだけどさ」

「夢見がちでロマンチストの乙女ちゃん、ですか」

「うん。そういうとこ、可愛いと思うよ」


 うん、私もそう思う。夢見がちなロマンチストかどうかは置いといて、詩織さんは可愛い。普段のあの大人っぽさと可愛さに加えて、夢見がちだったりロマンチストだったりって、何それキュンとしちゃう。

 それにしても、陽子さんって詩織さんのこと好きすぎだ。すっごくよく見てる。悔しいけど、私よりずっと詩織さんのことを理解してるし、困ったことがあっても助けてあげられるんだろうな。

 ──なんて思っていたのに。 


「でも私、詩織のそういうとこ嫌いなんだよね」


 いつも通りの明るい声でさらりと付け加えられた言葉に、私は耳を疑った。

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