80・【番外編】紗良視点⑨

 いつからか、詩織さんは私を好きだって思い込んでいた。

 リビングのソファに寝転び、ひとり反省会をしていると、夏休みに入ってからの詩織さんとの思い出が頭を高速で流れていく。

 多分、心のどこかにあった「好きだったらいいのに」が膨らんでしまったんだろうけど、告白を実行に移す前に気づけて良かった。勘違いしたまま自信満々に告白して、見事に玉砕する自分の姿を想像すると、あまりの恥ずかしさに叫びだしそうだ。

 それでも、今だって可能性はゼロじゃないと思っている。いきなり告白はやめておくとしても、まずは詩織さんの気持ちを探ってみたり、好きになってもらうためのアピールをしよう。気持ちを伝えるのはそれからだ。


「といっても、具体的にどうしたらいいのかなぁ」


 ナツキちゃん達に相談することも考えたけど、彼女達のアドバイスは男の子が相手のものだから、詩織さん対策には少し違うと思う。だからといって、男性から女性へのアプローチを私がするのも多分違う。

 同性相手の振り向かせ方なんて、誰が教えてくれるだろう。陽子さん? いや、私の勘があの人はやめておけって言ってる。

 結局、まずはスマホで調べて使えそうなものを実行してみようかと、男女関係なく色々と読み漁ってみたところ、わかったのは意外と普通のことが多いということ。清潔感とか笑顔とか、それって恋愛以前の話だし。

 ボディタッチとか、ハートの絵文字やスタンプを使う、目を合わせて好意を伝えるってあたりは実行してみようかな。今までもしてた気はするけど……あれ、それって今までのじゃ足りなかったってこと?

 もっと積極的にいった方がいいかな。詩織さん、鈍そうだし。


 ──好きになってほしいな。

 同性だけど、不思議と迷いはない。ただ、この恋を叶えたいという気持ちが、私の背中を強く押している。こんなにも何かを強く願ったのは初めてだ。

 ボディタッチってどれくらいが適切なんだろう。スタンプなら大丈夫だけど、目を見て好意を伝えるって……出来るかな。私、挙動不審になりそう。

 あ、セクシーな服で誘惑とか書いてるけど、色気を集めて固めて人間にしたみたいな詩織さんに、私ごときの色気で対抗出来るわけないよ! 無理!!

 想像して、スマホを握りしめたままソファで悶えるけれど、効果があるならやるべきだろう。それで、少しでも詩織さんの心が動くなら! なんなら、それで手を出してきてくれた方がわかりやすくて良い! どんとこいだ!

 半ばヤケクソではあるけど、やれることはやろう。

 そう決めて、この日から私の『詩織さん誘惑作戦』は開始した。



※  ※  ※  ※



 それ以来、朝はおはようから夜はおやすみまで、詩織さんの迷惑にならないであろう範囲でこまめにLAINを送り、時々ドキッとさせられそうなスタンプを混ぜる。あっちもわかっているのかいないのか、返事として送られてきたスタンプに私が撃ち抜かれたりもしていて、ちょっと悔しい。

 効果の程はまだわからないけど、少しだけでも効いていてくれと願うばかりだ。

 そうやって慣れない駆け引きのようなことをしているうちに七月は終わり、八月になって一週間が経った朝。目が覚めたら、なぜだかすごく詩織さんに会いたくなっていた。

 今日は木曜日だから、まだ週の真ん中だ。次に詩織さんが来るまで、あと3日もある。


「三日か……長いなぁ」


 こういう時、素直に会いたいと言っても変に思われないだろうか。

 好意を積極的に伝えていこうと決めたものの、自分の気持ちを自覚してしまってからは、逆に以前より素直に伝えられなくなってしまった。口にする前に、これを言っても大丈夫かを確認するために一時停止してしまうものだから、言うタイミングを逃して飲み込んでしまった言葉がいくつもある。

 夏休み前の私なら、きっと何の躊躇もなく「会えなくて寂しい!」って伝えたはずだ。それに、もしクラスの友達──例えばミハルちゃんあたりが「紗良っちに会いたいよー!」って言ってくれたら嬉しいから、詩織さんだって言われて悪い気はしないだろう。

 だから、これは多分大丈夫なはず。


「よしっ、送るぞー!」


 散々悩んでLAINを送って、スマホを握り締めながら返事を待つ。

 ──凄いな。少女漫画で言ってたみたいに、恋をしたら本当にその人が世界の中心になるんだ。今まで私を苦しめてばかりだった『恋』が、何の良さもわからなかった『恋』が、やっと私にもわかった。

 詩織さんに送る文章を考えるのも、こうして待つ時間も、その全部が楽しい。恋をするって、こんなにも幸せなんだ。片想いでこれなら、両想いになったらどれだけ幸せなんだろう。未知の世界過ぎて、今の私には想像も出来ない。

 数分後、スマホのバイブが鳴って、返事だ!と思ったらまさかの着信で、心の準備が出来ていなかったから受け答えがカミカミになってしまったけど、詩織さんは変に思わなかったかな。

 それにしても、会えなくて寂しいって言ったら本当にすぐ来てくれるなんて、やっぱり詩織さんも私のこと好きなんじゃない? なんて考えて、ちょっとニヤニヤしてしまう。自意識過剰かな? でも、本当にそうだったらいいのに。


 詩織さんが来る前に少し部屋をキレイにしておこうと、浮かれた気分でテーブルの上を片付けていると、スマホがまた鳴った。今度は短く一度だけ。詩織さんからかと思って確認すると、陽子さんからだった。


『紗良ちゃん、おはよう。今日、詩織が休むらしいんだけど何か聞いてる?』


 詩織さんはこれからうちに来るから、それで休むことにしたんだろうけど……何だろう。陽子さんがわざわざ連絡してくるような心配事があるってこと?


『おはようございます。詩織さんなら、これからうちに来ますよ。さっき約束したところです』

『あ、そうなんだ。そういうことなら良かった。教えてくれてありがと!』


 あっさりとしたお礼のメールにこれで終わりかと思ったら、すぐに続きの文章が送られてきて、そこに書かれていた内容に私は凍りついた。


『部活の一年生が詩織ラブでさー、追い回されるのがイヤで休んだんじゃないかと思って。詩織の性格上、精神的にかなり疲れてるだろうから、紗良ちゃん癒してあげてね』


 部活の一年生って、多分……っていうか、ほぼ確実にあの子だよね?

 ああ~、本当に突撃したんだ、島本さん。ごめん、詩織さん。それ、半分くらい私のせいかも!


『部活の一年生って、島本さんですか?』

『え、知ってるの? 詩織から聞いた?』

『いいえ。偶然なんですけど、この間島本さんと話す機会があったんです。島本さんが詩織さんを追いかけるようになったのって、私が原因だと思います』

『マジで!? 文字だと時間かかりそうだし、今電話していい?』


 大丈夫だと返事をすると、既読になるより先に電話がかかってきた。


「紗良ちゃん、島本ちゃんとのこと詳しく教えてもらえる?」


 よほど焦っているのか、何の前置きもなしに陽子さんが言った。普段なら、用件より前置きの方が長いような人なのに。


「この間、クラスの子と遊びに行った時に会ったんです。私の友達と中学が同じだったみたいで、帰る電車が同じだったから少し話したんですけど、詩織さんと仲良くなりたいから協力してほしいって言われて……」

「はあぁ~?」

「あっ、もちろん断りましたよ! でも、仲良くなりたいなら自分で直接言えって言っちゃったから、それで詩織さんを追いかけ始めんじゃないかと……」


 本当に申し訳ない。余計なことは言わず、断るだけにしておけば良かった。


「いやー、追いかけ回すのは時間の問題だったろうし、紗良ちゃんは気にしなくていいと思うよ。それより、島本ちゃんと会ったって詩織に話した?」

「話してません。話したら、協力のこともうっかり言っちゃいそうだったから。それに、前に詩織さんと一緒にあの子と会った時、詩織さんの様子がおかしかったっていうか、苦手みたいだったから、言ったら心配かけそうで……」

「あー、苦手そうだよね。ってか、前にも会ったことあったのかぁ」


 この短期間で立て続けに偶然会うなんて、よほどご縁があるみたいだ。二度あることは三度あるなんて言うけど、ないことを願おう。


「話した方がいいでしょうか……」


 このまま黙っていたら、島本さんの行動が私の発言のせいだというのを隠しているみたいで、どうにも落ち着かない。

 でも、話したところで何も変わらないとも思う。島本さんが詩織さんを諦めるわけでもなく、むしろ心配させるだけだ。だったら、私の罪悪感をなくすことより、詩織さんの心の平和を守る方を優先したい。

 陽子さんにそう伝えると、少し呆れたように、「君らって、意外と似た者同士かもね」と笑った。


「私は言ってもいいと思うけど、どうするかは紗良ちゃんに任せるよ。私は黙っとくから、言ったら教えて」

「わかりました。ありがとうございます」

「いいってことよ。その分、頑張って詩織を癒してあげてね。あ、人肌は癒しだから! もちろん素肌ね! 具体的に言うとおっぱ」

「はーい、わかりました。ではではー」


 まったく、せっかく途中まではいい人だったのに。適当に返事をして電話を切ったけど、陽子さんは会話に下ネタを入れないと気が済まないのかな。アイデンティティとか?

 まあいいや。それよりも島本さんに会ったことを詩織さんに話すかどうかだけど、今はまだやめておく。そのうち、時期を見て謝ろう。

 そう決めて、手が止まっていた片付けを済ませて少し経った頃、大きな紙袋を持った詩織さんがやってきた。

 紙袋の中身──電話で聞いていた撫子柄の浴衣は、お姉さんが初めてのデートに着ていったものらしい。合わせてみたらどうかと言われ、ふと今日の服装を思い出す。色っぽいかどうかはともかく、一応露出は多めのオフショルダーのトップス。詩織さんが来ることになったから着てみたけど、今のところ誘惑されている感じは……ない。予想していたとはいえ、ちょっと凹む。

 そこで、これでも食らえ! という気持ちで「脱いだ方がいい?」と、袖をピラリと摘まんでみせたんだけど、これも反応なし。普通に「そのままで大丈夫よ」って言われた。

 はいはい、そんなものですよね。やっぱり私に色仕掛けは向いてないかな。


 その後も、服の上から浴衣を合わせたり、お昼ご飯を一緒に作ったりと楽しい時間を過ごしたのだけど、昼食後あたりから詩織さんが眠そうにしていた。

 食後だからかと思ったけど、訊いてみたら昨夜はあまり眠れなかったのだと言う。それならばと膝枕を勧めてみると、少し躊躇ってから「じゃあ……」と、私の太ももに左耳を下にして頭を乗せた。

 もう何度目かの膝枕なのに、好きだと気付く前と後とでは心持ちが全然違う。太ももに感じる重さや体温、少し恥ずかしげな様子など、前は特に気にしなかったものがどうしようもなく愛おしく感じられた。

 陽子さんの「人肌は癒されるからね!」という言葉を思い出したけど、もしかして癒されているのは私の方なのかもしれない。だって、こうして膝の上でくつろぐ詩織さんを見ているだけで、どんどん胸が満たされていくのを感じるのだ。

 と思ったけど、まるで膝の上の猫を撫でるみたいに艶やかな髪を撫でていると、ほぅと気持ちよさそうに漏れた吐息まじりの声のせいで、満たされすぎた胸が破裂しそうになった。

 ああ、もう。無自覚な色気は程々にして下さい!

 さっきよりもリラックスした様子で目を閉じている詩織さんは、私の恨めしい視線になんて気づかない。気づかれても困るけど、全然気づかれないのもちょっと腹立たしいのはどうしたものか。こんなに私ばかり意識して、ドキドキさせられて、ズルい。

 いつか同じくらいドキドキさせられたらいいのにと、小さく寝息を立て始めた詩織さんの横顔を見つめ、私はしばらく髪を撫で続けていた。

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