51・はじめまして
陽子から返事が届いたのは、翌日の午前中だった。
朝食は約束通り、紗良のリクエストでフレンチトーストを作った。自分と紗良の分を作り、両親の朝食はお母さんに任せたのだが、隣でお父さんが「詩織の手料理……」とあまりにも物欲しそうに見てくるので、私のフレンチトーストは父のベーコンエッグと取り替えられた。お母さんの手で強制的に。
喜んでくれるのはいいけれど、いい歳した中年男性が朝から目を赤くしてフレンチトーストを食べるのはやめてほしい。そういえば、スマホで写真も撮ってた。連写で。
これはダメだ。このままでは、紗良の中で私は頼れる年上のお姉さんではなく、杉村家の可愛い末っ子ちゃんのイメージになってしまう。……もう手遅れだとは思いたくない。
「喜んでくれて良かったね。これからはたまに作ってあげたら?」
「私は紗良に作ったつもりだったんだけど。まあ、また機会があればね」
「あはは、ありがとう。美味しかったよ」
その一言で早起きが報われたので、満足して頷く。フレンチトーストなんて前世でも作ったことなかったけど、なんとかなるものだ。
陽子からの連絡が来たのは、こんな食後のまったりした空気の中、今後の夏休みの予定なんかを話している時だ。
『おはよう、昨日はお楽しみでしたね!
友田に連絡したよ。なんか合わせる顔がないとか言ってベソベソしてたけど、結論としては会いたいみたいだから、きっちり話つけてやって。
あと、明日から田舎のおばあちゃんの家に行くらしいから、急だけど会うなら今日か帰ってきてからになるみたい。どうする?』
最初の一行でイラッとさせられたが、それ以外は陽子にしてはまともだった。いつも無駄口と下ネタが多い彼女には珍しい。
紗良に確認したら、出来れば長引かせずに早く話しておきたいとのことだったので、陽子にその旨を伝えると、今日のお昼に会うことになった。元々、お昼ご飯を食べたら帰る予定だったので丁度いい。
昼食後、またいらっしゃいと何度も言うお母さんに見送られ、家を出る。なんで私も一緒かというと、陽子から二人で来るように言われたからだ。あっちも友田さんと一緒に来るらしい。
「友田さんって、どんな人?」
向かう道すがら、紗良に訊いてみると「明るくて優しい人だよ」と返ってきた。
ふむ、恋愛対象ではなくてもかなり好印象だ。少し妬いてしまう。
「じゃあ、私も。陽子さんって、どんな人?」
「……教育上よろしくない人、かしら」
「え?」
「基本的にはいい人と言ってもいいんだけど、口を開けば下ネタばかりだし、隙あらば私の胸を触らせてって言ってくるし、歩く18禁って感じ」
「へ、へぇ……」
想像していた陽子像と違っていたのだろう。ちょっと引き気味で、紗良が口元を引き攣らせた。大丈夫。紗良を相手に余計なことを言おうものなら、即座に急所を狙うから。紗良の純粋さは、私が守ってみせる。
一応、陽子にも変なことを言わないように釘は刺しているが、あまり信用はしていない。
「私の顔が好みだーって入学式の日に声かけてきて、それからなんだかんだで一緒にいるわね。友達っていうか、悪友って言った方がしっくりくるかも」
「そ、そうなんだ。あっ、詩織さんの顔、私も好きだよ」
「ありがとう、私も紗良の顔好きよ」
もちろん顔以外も好きだけど、とは心の中で付け足しておく。
しかし、顔か。サブヒロインなだけあって見た目に恵まれて良かったとは思っていたが、好きと言ってもらえたからには磨きをかけなければ。人間、中身が大事だと言うが、顔だって大事だ。
待ち合わせ場所である大きな公園の入り口では、もうすでに陽子たちが来ていた。いつも通りの飄々とした様子の陽子と、もうひとり。緊張した面持ちのショートカットの彼女が友田さんか。
「ごめん、お待たせ」
「ううん、今来たとこ……って、あはは、カップルみたい!」
「相変わらずね、陽子」
後ろに控えている友田さんの緊張感を無視したこの態度、さすがである。好意的に見れば場を和ませようとしているのかもしれないが、どっちだろう。残念ながら、素かもしれない。
あと、陽子の私服は初めて見るが、パイナップル柄の黄色いアロハシャツにショーパンという派手な装いが似合い過ぎて笑える。胸元のサングラスが胡散臭さに拍車をかけていて、このふざけた格好で付き添われている友田さんには少しばかり同情してしまった。
「紗良ちゃん、はじめまして。まあ、こっちは電車で詩織と一緒のところを見かけたことはあるんだけどね」
「は、はい。はじめまして。以前、いろいろとお力添えをいただき、ありがとうございました」
「いやー、いいのいいの、そんなの。それより、近くで見るとほんっとに可愛いねー! しかもいい子! これは好きになっちゃうよねー!」
「「陽子」」
後ろから友田さんが頭を叩き、私が脇腹に一撃を入れる。きれいに決まって、陽子が黙った。
静かになった陽子を放って、友田さんが私に向き直る。まっすぐに見つめてくる瞳に、誠実そうな子だと思った。紗良が信用していたのも、なんとなくわかる。
「はじめまして、友田です。詩織さんのことは前から紗良ちゃんや陽子から聞いていて、会ってみたいと思ってました」
「はじめまして。同い年だし、敬語はやめましょう。私も友田さんには会ってみたいと思ってたの」
「じゃあ、遠慮なく。今日は付き添ってくれてありがとう。私が情けないから陽子が付き添うって話になったんだけど、紗良ちゃんと面識のない陽子が一人付き添うのもおかしな話だから」
「ああ、だから私にも声がかかったのね。まあ、陽子一人じゃね……」
「うん、アレだからね……」
みなまで言わずとも、陽子に振り回されてきた私たちなら理解し合える。なんなら、もうこの時点で陽子には帰ってもらっても問題ない。
「いつまでも立ち話はなんだし、話が出来そうなところに移動しましょう。ああ、二人が話す時は、私と陽子は少し離れたところにいるから安心してね」
「ありがとう。詩織さんって、聞いてた通りの人だね」
「そう? どう聞いてたかは聞かないでおくわね」
私を真ん中にして、紗良と友田さんと連れ立って歩く。左に紗良、右に友田さん。陽子は後ろからついてきている。
ここまで紗良と友田さんは話をしていないが、この状態で二人でまともに話が出来るか心配だ。チラリと盗み見た紗良の横顔は特に気負った様子もないけれど、何を考えているんだろう。
広い公園内、花壇やグラウンドに近い場所は賑わっているが、松林のあたりに行けば人気も少なくなる。木陰も多く、ベンチに長時間いても熱中症の心配はなさそうだ。
所々に設置されたベンチも空いており、落ち着いて話すならこのあたりがいいだろうとなった。
「私たちはあっちのベンチにいるから、終わったら声かけてね」
なんでまだ私や陽子が付き添ってるんだろうという気もするが、乗りかかった船だ。友田さんや紗良が、私たちが近くにいる方が安心するというなら付き合おう。
自販機でペットボトルのお茶を二本買って、私と陽子は少し離れたベンチに腰掛けた。
「今回のことは、友田がごめんね」
お茶を一口飲んで、陽子が言った。
「なんで陽子が謝るのよ」
「いや、紹介したの私だからさ」
「それでも、謝る必要ないわよ。陽子も、友田さんも」
友田さんが、紗良が恋愛を恐れているのに告白してしまって申し訳ないというのは理解出来るけれど、好きになったことを謝る必要なんてない。彼女を紹介した陽子が謝るのはもっと違う。
紗良が友田さんを好きになっていれば、話はまた違っていたわけだし。
「友田さんが学校で紗良を支えてくれたのは間違いないもの。だからこそ、あの子も友田さんにはきちんと言葉を尽くして気持ちを伝えたいと思ったんでしょうし」
「そうだね、友田はいい子だよ」
「でしょうね」
紗良たちの方を見ると、何を話しているかはわからないけれど表情は穏やかだ。心配していたが、悪いようにはならないだろう。
「少なくとも、何も言えずにいる私と違って、友田さんはちゃんと告白したもの。結果がどうあれ、尊敬するわ」
「それについては同意。私も、結局告白しないままだったからあんなことになったんだし。ところで、お泊まり会だったみたいだけど、その感じだと何も進展はなかったんだ?」
「進展ねぇ……」
進展どころか、後退してしまった気すらするのだけれど。
紗良の前で散々カッコつけてきた年上の威厳は失われ、信頼の厚さをしっかりと感じさせられ。なんなら、お泊まり会の前には友達宣言までしている。
「一方的にドキドキさせられただけで、進展はなかったわね。初日の夜に押し倒しても、信頼され過ぎてて頭突きで終わったし」
「は?」
「昨日は押し倒してみたいって言われて、逃げたら枕投げになったし」
「はあぁ?」
陽子が意味がわからないと言うけど、本人もよくわかっていないのだから仕方ない。
わかっているのは、私が粉をかけてみても紗良には照れた様子もなく、女友達のスキンシップとしてしか受け取られなかったという事実だけ。警戒はされたくないけれど、少しは意識してほしいというのは無理な相談だろうか。
「押し倒されても、友達としてどんな顔したらいいかわからなかったのよ」
「私は押し倒し合う友達の関係の方がわかんないよ」
それもそうだと、陽子からの的確なツッコミに笑ってしまった。
少し離れたベンチで、紗良と友田さんもこっちを見ながら何か話している。向こうでも、もしかしたら私や陽子について話しているのかもしれないと思い手を振ると、はにかんだような笑顔で紗良も手を振り返してくれた。
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