46・紗良の家族

 お母さんを交えて小一時間ほどお茶した後、紗良を連れて二階の私の部屋へ上がった。晩ご飯は紗良の好物の唐揚げにすると言っていたので、夕飯時にまた呼ばれるだろう。


「へー、詩織さんの部屋ってこんな感じなんだ。うん、詩織さんって感じする!」

「私って感じって、どこが?」

「えっと、シンプルだけどさりげなくオシャレなとこ? あと、カーテンが水色」

「ああ、確かに。好きな色の物って勝手に増えるわよね」


 シンプルだけどさりげなくオシャレなところが私らしいと思ってくれているなら、ちょっと嬉しい。もっとも、普段はもう少し散らかっているので、ある意味もっと私らしい部屋になっているわけだが。

 夜遅くまで頑張って片付けた部屋は高評価のようで、ひとまず安心だ。


「あ、寝る時はベッド使ってね。私は客用の布団を持ってきて使うから」

「えっ、いいよ。詩織さんのベッドなんだから、詩織さん使いなよ。私が布団で寝るから」

「お客さんなんだから、ベッドは紗良が使って。ね?」


 相変わらず遠慮する性格だ。最近は、前より遠慮なく甘えてくれるようになったとは思うけど、そう簡単には変わらないか。

 渋々と頷く紗良の頭をクシャリと撫でると、ありがとうと小さく笑った。


「じゃあ、寝る場所も決まったし、いいもの出すわね」

「いいもの?」


 自分で『いいもの』と言ってしまうのはどうかと思うが、紗良が見たいと言っていたのだから、『いいもの』と言ってしまって良いはずだ。

 本棚にしまっておいたそれを「じゃーん!」と見せると、途端に紗良の目が輝いた。そうそう、この顔が見たかったのだ。


「アルバムだー!」

「ええ、前に見たいって言ってたでしょう?」

「うん、見たい! 見ていい?」


 どうぞと手渡すと、丁寧な手つきで表紙をめくり、最初のページからじっくりと眺め始めた。

 ちなみにこのアルバム、紗良に見せるためにお見舞いに行った日から密かに編集を始めていた。当然、可愛く写っている写真を厳選し、半目だったりよだれを垂らしたりしている写真は除いてある。

 好きな人には可愛い自分を見てほしいという、至極当然の乙女心だ。


「小さい詩織さん可愛い! 一緒に写ってるのがお兄さんとお姉さん?」

「ええ、そう。二人とは少し歳が離れてるから、結構甘やかされて育ったのよ」

「そうなんだぁ。お兄さん、詩織さんと似てるね」

「そうね、私と兄はお父さん似で、姉はお母さん似なの」


 お父さんは結構はっきりした顔立ちで、娘の私から見てもなかなかのイケオジだ。昔はモテたらしいけど、今では典型的なアットホームパパで、娘への愛が駄々漏れてる。

 お母さんは優しげで人好きのする顔をしていて、華やかさはあまりない。しかし、意外とそういう顔の方がモテるのよー、と若い頃の話を姉にしていた横でお父さんが大きく頷いていたので、そういうものなのだろう。

 その英才教育のおかげか、大学生の姉は現在彼氏と仲睦まじくやっているらしい。羨ましい。


「紗良はどっちに似てるの?」

「私はどっちもかなぁ。お父さんは二人の良いとこ取りだって言ってたけど。あ、お母さんがスウェーデン人だって話したことあった?」

「えっと、多分なかったはずよ」


 なかったと思うが、ゲームの知識として知っているので、時々聞いたか聞いてないかの記憶が曖昧になる。うっかり知っているのがバレて、なんで知ってるの? ということにならないよう気を付けてはいるのだけど。


「そういえば、あんまり家族の話ってしてなかったもんね。あれ? じゃあ、今は海外に転勤してるって話は?」

「それもちゃんとは聞いてないわね」

「えー、とっくに言ってるつもりだったよ。時々、ビデオ通話で話してるけど、日本に帰ったら詩織さんに会いたいって言ってた」

「それは……緊張するわね」


 好きな子の親に紹介されるなんて、私の胃は耐えられるだろうか。秘めてる気持ちがバレそうで、普通の友達の親に会うよりずっと緊張しそうだ。

 信頼しきった顔で「詩織さんなら大丈夫だよ!」と太鼓判を押してくる紗良の期待に応えるためにも、もし会うことになったら事前に胃薬を飲んでおこう。


「そういえば、なんで詩織さんが料理出来るって、詩織さんのお母さんは知らないの?」


 親関連の話で先程のお母さんとのやりとりを思い出したのか、紗良が小首を傾げて尋ねた。

 やっぱり気になっていたか。聞き流してほしかった。でもまあ、あの場で口にしなかっただけで御の字だ。


「私のはお母さんに習ったわけじゃなくて、お母さんがいない時に自主練して作れるようになったものだから」

「えー、そんなことある? 冷蔵庫の中身でバレたりしない?」

「どうかしら。バレてる感じはしないけど」


 確かに、冷蔵庫を管理している人間が気づかないというのはおかしな話だ。誤魔化し方が強引すぎたかと、背中に冷や汗が流れる。


「普通、気づくと思うんだけど……あ、もしかして」

「もしかして……?」


 もしかして前世の記憶? なんて訊かれるとは思わないけれど、何だろうとドキドキしながら続きを待つと、大真面目な顔の紗良が、


「もしかして、彼氏の家で作ってたとか……」


 などと、とんでもない方向に疑いが飛んだ。

 一体どこからそんな考えが飛び出してきた!?


「ないから。年齢イコール彼氏いない歴だから」

「だって! 詩織さん素敵だし、彼氏いないなんてやっぱり不思議だもん」

「それを言い出したら、私よりよっぽどモテてる紗良が誰とも付き合ってないわよね?」

「あー、……そうだね」


 納得してくれたのか、えへへと笑って話が終わった。ついでに、料理の練習の話もうやむやに出来たようで何よりだ。

 あと、さりげなく素敵と言ってもらえて、ちょっと顔がにやける。ふふっ、素敵だって。


「あと、英語と韓国語が話せるとか、護身術かじってるとか、浴衣の着付けできるとか、お母さんは全部知らないから、秘密にしてくれると助かるわ」

「詩織さん、それ全部どうやって隠れて身につけてきたの!?」


 おかしいおかしいと連呼する紗良を納得――は多分していないが、諦めさせるのはなかなか骨が折れた。やっぱり前世の知識は必要以上に表に出すべきではない。今後は元々の私のスペック以上のものは出さない方が無難だろう。

 調子に乗ってペラペラと話し過ぎたことを後悔しつつ、私は少しだけ気を引き締めた。

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