22・餃子を作ろう

 いらっしゃい、と出迎えてくれた紗良は、なんだか少しだけいつもよりご機嫌だった。

 いつものようにリビングに通してもらった私だが、通されたそこは見覚えのある光景と一つだけ違っている。奥の寝室への扉が開いていたのだ。


「今、ベッドのシーツを換えたとこなの。あ、ほら見て。これなら二人でも平気でしょ? 詩織さん、細いし」


 そう言って見せられたのは、やっぱり見覚えのあるセミダブルのベッド。真っ白なシーツに、アイスグリーンの夏用かけ布団と同色の枕カバー。ゲームで見た時は冬だったから、かけ布団は変わっているはずなのだけど、素材が違うだけで見た目は大して変わらなかった。

 紗良の寝室はシンプルで、ベッドの他は本棚とクローゼットしかなく、紗良らしいと言えばらしい。


「ええ、わざわざ取り替えてくれてありがとう」


 平気でしょ? と紗良は言うが、私としてはあまり平気ではない。

 一人で寝るならセミダブルは十分な広さだが、実際に二人で寝るとなると意外と狭い。これは、前世でオタクなイベントに遠征した際、友人とセミダブルに泊まって経験済みだ。

 友人は平気そうだったので、こればかりはパーソナルスペースの問題だろう。先日のハグは例外として、前世でも今世でも、相手の体温が伝わるほどの近距離に人がいるのは苦手だった。

 もちろん、この状況でそれを言うつもりはないけれど。


「じゃあ、もう勉強始めて、終わったらご飯作りましょ。せっかくのお泊まりだし、いつもとは違う感じのものを作ってみる?」

「いつもとは違うのって?」

「今までは簡単な時短メニューばかりだったけど、少し時間がかかるけど楽しく一緒に作れる料理もたまにはいいかなって。餃子とか、ピザとか」

「餃子! 餃子食べたい!」


 いつだったか、生姜焼きが食べたいと言った時と同じ顔で、勢いよく餃子と即答した。女の子はピザを選びそうなイメージがあったが、毎回いい意味で期待を裏切ってくれる。

 2つ提案しておいて何だが、私もピザより餃子の方が食べたい。


「それじゃ、早く勉強終わらせて、お買い物行きましょうか」

「はーい!」


 餃子餃子と歌いながら足取り軽く寝室から出ていく紗良を見送り、もう一度寝室を眺める。

 萌木色のカーテンにベージュの壁紙。かつて画面越しに何度も見た、飾り気のない寝室。ただ、何かが足りないような気がしたが、それが何かはわからない。気のせいだろうと、私も紗良に続いて部屋を出た。



※ ※ ※ ※



 例によって、調味料だけは揃っている冷蔵庫の中を確認して、スーパーへ買い出しに行った。

 エコバッグの中には豚ひき肉、キャベツ、ニラ、餃子の皮、パジャマパーティ用のスナック菓子とジュース。ニンニクや生姜はチューブのものがあるので、それを使う。


「包丁使うの、上手になったわね」

「えへへー、特訓したからね!」


 2ヶ月前は包丁をまともに持つことも出来なかったのに、危なげなくキャベツがみじん切りになっていく様子を見守っていると、可愛い生徒の成長をしみじみと感じる。まだたどたどしさは残るものの、十分安心できるレベルだ。


「実は私、餃子を具から作るのってこれが二回目でね」

「え、そうなの? なんだか慣れてるから、よく作ってるのかと思ってた」

「ううん、全然。餃子って難しくはないけど、時間も手間もかかるし、手は汚れるしね。最近のは冷凍のも美味しいからそれで十分。こうしてキャベツを刻むところから作るのは、よっぽどこだわりがあるか、作る過程を楽しむためでしょうね」


 そういえば、前世で『冷凍餃子は手抜き』みたいな論争をSNSで見たな。私は冷凍餃子にお世話になってたし、お惣菜も買ったし、顆粒だしも簡易調味料も大歓迎だ。それに文句を言う人は、仕事でパソコンを使わず、計算で電卓を使わず、コピー機も使わずに全部手書きで複写してからにしろと言いたい。

 私にとって、料理は安く美味しく手早く作って、浮いたお金と時間で百合を楽しむのがベストだ。冷凍餃子とビールと百合の組み合わせ、最高!


 そうしている間にも、豚ひき肉に刻んだキャベツやニラ、調味料を加えて紗良が捏ねる。

 気持ち悪ーい、と笑いながら捏ねているその姿、あまりに尊すぎるので写真に収めたい。そういえば、何度も一緒に料理をしているのに、完成後の料理を撮ったことはあっても、料理中の紗良の姿は撮ってなかったな。心のフィルムにはしっかりと焼き付いているけど。


「ねえ、紗良の写真撮っていい?」

「え、いいけど急にどうしたの?」

「撮ったことなかったなーって思って。せっかくのお泊りだし、記念にいい?」

「そっか、別にいいよー」


 お許しが出たので、スマホのカメラアプリを起動してまずはパシャリと一枚。続けてもう一度、撮影ボタンをポチリ。


「え、もう撮ったの? ちょっと待って……って、この手じゃ髪とか直せないー! 詩織さん、ちゃんと可愛く撮ってね?」

「大丈夫、可愛いわよ」

「本当かなぁ。後で見せてね」


 本当は少しだけ髪が乱れてるけど、そこがまた一生懸命さが出てて可愛い。写真を撮られると思って、ちょっと緊張しながら餃子を捏ね続ける様子も可愛い。全部が可愛い。

 ホクホクしながらスマホを向けている私に、いつまで待ってもシャッター音が聞こえないことに気が付いた紗良が「撮らないの?」と尋ねる。


「もう撮ってるわよ、動画で」

「ちょっ、写真って言ってたのにー! もう、詩織さんのバカ! 消して消して!」


 はい、真っ赤になって慌てる姿もいただきました。可愛い。もちろん、消すはずがない。全力で死守する。


「私、この動画、毎日見るわ」

「ダメだってば! もう、ホントにやめっ……きゃあぁぁ!!!」


 その瞬間、餃子の具が入っていたボールが宙を舞った。他のこと(私)に気を取られたまま捏ねていたら、あらぬ方向へと力が加わり、ボールがつるんとテーブルを滑って勢いよくダイブ。それを悲鳴を上げながら追いかけ手を伸ばす紗良、というシュールな光景ーーが、しっかり動画で撮れた。私の笑い声と一緒に。

 幸い、餃子の具はボールに張り付いていたのでほとんど零れずに済んだが、怒った紗良に交代を命じられたので、動画はそこで停止した。


 こんなにもお腹を抱えるほど笑ったのはいつぶりだろう。紗良は消してと言うけど、こんな動画消したらもったいない。絶対、今日のいい思い出になるのに。

 結局、あの後ちゃんと二人で皮に包んで焼いた餃子を、動画をツマミにして食べた。

 大量の餃子のせいか、何度見ても笑ってしまう動画のせいか、食べ終わる頃には二人そろって動けなくなっていたのも、またいい思い出。

 市販のものより生姜の味が効いた手作り餃子は、今まで食べたどの餃子よりも美味しかった。

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