12・キラキラの裏側
夢を見た。とても悲しくて、すごく残酷な夢。
その夢の中で紗良は私に出会わず、ゲームのシナリオ通り葵の傘に入っていた。
高校こそは普通に友達を作って楽しい学校生活を送りたいと思っていたのに、入学して数日後にはその願いは儚く散る。早速何人かの男子生徒に交際を申し込まれたのだ。
この相手がまた悪かった。そもそも親しくもない相手にさっさと告白してくるような男子のほとんどは、モテたり自分に自信があるタイプだ。例に漏れず、彼らはそういうタイプだったし、中には彼女持ちまで混ざっていた。
彼女がいるのに告白してきた先輩の相手は怒って紗良に詰め寄ったし、その友達も紗良を悪し様に言った。その中には、告白してきたモテ男に片思いしていた人もいたのかもしれない。そういった妬みや恨み全てが、何も悪くない紗良に向けられた。
ただでさえ椿ヶ丘は女子が少なく、女子同士の繋がりが強い。上級生に睨まれれば、その空気は一年生にも感染する。部活に入っている生徒なら尚更だ。先輩に目をつけられているような厄介な相手と仲良くしたい者はおらず、同情する者はいても積極的に味方をするお人好しはいない。
幸い、物を壊されたり暴力を振るわれたりするような物理的ないじめには発達しなかったものの、五月を迎える頃には紗良は孤立していた。
期待に胸を膨らませた新生活はあっけなく裏切られ、中学の頃とは違って、そばに家族もいない。誰も頼れず、話し相手もいない日々に絶望した紗良からは笑顔が消え、心を閉ざしてしまった。
そんな中再会したのが、傘を差し出してくれた少女――葵だ。
『また会いたいと思ってたんだー!』
屈託なく向けてくる笑顔に心が揺れた。
どうせこの子も同じだ。
――でも、違うかもしれない。
きっと裏切られる。
――でも、一人はいやだ。
信用できない。
――信じたい。
何度も会いにくる葵を信じきれなくて素っ気ない態度を取ってしまいながらも、完全に突き放すことができるわけがない。飢餓状態の時、目の前にご馳走を差し出されれば、それに毒が入っている可能性があっても耐えられる人がどれだけいるだろう。
当然、紗良は葵の手を取り、すがった。渇望した友人は元気で明るく、快活な少女だ。彼女との時間だけが紗良のよすがになり、全ての中心が彼女になった。
だから、葵が、
『紗良のクールなところ、かっこいいよね!』
『紗良はしっかりしてるなぁ』
『紗良の手料理が食べてみたいな。きっと美味しいんだろうね!』
なんて、悪気なく紗良の偽りの姿を褒めるものだから、いつまでたっても本来の自分らしさが出せず、『クールでしっかり者で何でも出来る紗良』の仮面を外せなくなってしまった。葵にがっかりされたくなかったから。
そして、そんな仮面を被ったままの紗良に、葵は恋をした。
『紗良が好きだよ。私と付き合ってください』
真剣な顔をした友人からのまっすぐな告白に、絶望で泣きたくなった。紗良が欲しかったのは恋愛感情ではなく、友情だったのに。
しかし、葵は顔だけを見て告白してきた連中とは違う。ちゃんと、紗良と関わった上での告白だったのだから、それを簡単に突っぱねていいわけがない。たとえ、彼女が見ていたのが虚像だったとしても。
何より、葵を失えば紗良はまた独りだ。
『――うん、付き合おう』
決して恋愛感情は存在していなかったが、孤独な日々に戻るのを恐れた紗良は、葵の告白を受け入れた。まだ同じ気持ちは持てないけど、徐々に好きになれたらという期待を持って。
そして――、
『あなたが! あなたのせいで葵ちゃんは……! あなたさえいなければぁぁぁぁぁ!!!』
葵から紗良の存在を打ち明けられ、嫉妬に我を忘れたこはるの襲撃を受け、紗良は凶刃に倒れた。
愛した人と結ばれたためではなく、孤独から逃れたくて掴んだ手の先に悲劇が待ち構えているなんて、誰が予想しただろう。
一体、紗良の何が悪かったのか。何の落ち度があったのか。
彼女はただ、寂しかっただけなのに。
※
※
※
「だめーーーーーっ!!!」
薄暗い部屋の中、必死で伸ばした手が空を掴んだ。ハッと我に帰り、自分が今ベッドの上だと確認して、さっきのが夢だったとようやく理解した。
枕元のスマホを見ると、時間はまだ午前5時を過ぎたばかりだ。
「……胸くそ悪過ぎる」
あまりにも救いのない、ひどい夢だった。夢から覚めても、まだ心臓がドクドクと強く早鐘を打っている。
しかし、あれは本当にただの夢だったのだろうか。夢にしてはあまりにもリアルで、あまりにも辻褄が合い過ぎていた。ゲームとは違う紗良の性格も、ゲームでは語られなかった彼女の学校生活も、これなら納得できる。
ゲームは、あくまで葵視点だ。主人公である葵が他校の美少女に出会い、仲良くなる中で惹かれていき、恋をする。そんなキラキラとした恋物語の裏側がアレだったとしたら、――あんまりだ。
ゲームの彼女を思うと涙が止まらない。たった15歳の女の子にとって、それがどれだけ辛いことだったかは想像を絶する。
「ああ〜、ゲームしながら可愛いだの推しだのクールビューティ最高だの言ってた自分をぶん殴りたい! ついでに、製作者もボコボコにしてやりたい!」
でも、一番腹立たしいのは、陽子から教えてもらうまで気付きもしなかった今の自分だ。あれだけ一緒にいて、学校の友達の話が出てこないことをなぜ不自然に思わなかったのか。おかしいと思うだろう、普通。鈍いにも程がある。
「……どうにかしたいなぁ」
こういったことは、時間が経てばエスカレートしていくものだ。出来る限り早めに手を打たなければならないけれど、やり過ぎれば余計に悪化するので匙加減が重要になってくる。
いくつか考えている案はあるが、起死回生の一手になるかと聞かれればどれも微妙。しかも、情けないことに私にできることはほとんどない。提案だけして、あとは紗良自身が頑張るか、協力者を募るかだ。同じ高校でないことが、ものすごく歯痒い。
大逆転満塁ホームランとまではいかなくても、せめて一点返して点差を縮める程度の効果は期待したい。まずは一点、続けてもう一点。勢いに乗って、さらに追加点。試合の流れを変えるように、彼女の周りの空気も変えていきたいものだ。もちろん、良い方に。
「うまくいけばいいけど……ううん、うまくいかせないと」
さっき見た夢のようにならないように。
紗良のあんな絶望した顔、リアルでは絶対に見たくない。
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