第4話

 椅子に座り紙のエプロンみたいなものをつけられて、お試しコスメが始まった。

 私は素顔だったので化粧水からつけると言われた。乳液、下地……色々つけてようやくアイシャドウの出番だった。


「最初に新色つけちゃいまーす」

 どうやら一番上、のアイシャドウが早速つけられるらしい。

 小さいブラシが例の新色のアイシャドウ上を滑る。店員の手の甲で余分な粉が落とされる。


「目を閉じてくださいねー」

 まぶたの上側に筆が走るのを感じる。まぶたの上側、これが一番上という意味だろうか。


「次の色を塗りますね、まだ目は閉じたままですよー」

 先ほどより少し下がり、筆が走っている。目のふちぎりぎりにも下まぶたにも何かを塗っている。


「わーお、いい感じですねー鏡をご覧になってくださーい」

 おお、目元がものすごくキラキラしている。一番上、と言われたアイシャドウは白と銀が混じったようなキラキラした色だった。


「どうですかー?」


「すっごくキラキラしてますね」


「似合いそうなんで、リップティントも塗りましょうー」

 私は店員が指示するまま、唇を閉じた。



 アイシャドウだけお試しのはずがフルメイクになってしまった。

 今日はお金を持っていないので何も買えなかったが、また来ようと思ったし店員にもそう伝えた。最初に声をかけてきた店員も私のメイクを見て「とってもお似合いでおきれいです」と言ってくれた。



 外はずいぶん暗くなっていた。ギターは今日は諦めよう。それにギターよりもあの店のコスメや部屋着が欲しくなっていた。


 終バスが終わっていたのでタクシー乗り場に向かう。来たときと同じタクシードライバーがいた。


「あっ」

 つい声に出てしまった。 


「ずいぶんきれいになってるな」

 タクシードライバーは友達のような口調で声をかけてきた。

 少し戸惑ったけれども、他にタクシーはいなかったのでそのタクシーに乗った。


「どちらまで?」

 今回はすんなりと家の住所を言った。

 それにしてもこの人、メイクしただけできれいだなんて言って、やっぱりチャラい人なんだ。

 外見だけで判断する、というかされるんだ。きれいと言われたのは少し嬉しかったけれどすぐに複雑な気持ちになった。


「あんたさっきと目の輝きが違うよ。エネルギーが生まれてる。俺は外見だけでどうたら言わないけれど、外見を取りつくろうパワーを認めているのも確かなんだよね」

 タクシードライバーは聞いてもいないのに喋りだした。


 外見を取り繕うパワー……。佑美はいつもきれいにしている。外見だけをきれいにしているって言う人もいるけれど、それは違う。

 佑美はネイルがはがれてきたら気にするし、髪の毛のカラーもいつも気にしている。お小遣いだけじゃ足りなくてアルバイトも頑張っている。流行はすかさずチェックしているし、毎朝早起きしてブローしているって言っていた。

 それなのに私にもいつも気を遣ってくれる。自分に自信がなくていつもオドオドして自分からは他人に話しかけられない私に、いつも佑美は声をかけてくれる。


「はい着きましたよ」

 気づいたら家の前だった。私は表示された料金を払う。このタクシードライバーはまた何か言うかと思ったら、今度は何も言わない。


「またのご利用お待ちしてます」

 タクシードライバーは真顔でピースサインを額にくっつけたポーズをした。なんだかおかしくて笑ってしまった。



 玄関を開けると靴がたくさんあった。姉が遊びに来ているのだろう。一番上の姉は早くに結婚・出産して四歳の娘がいる。

 私は少しおっくうになった。子どもは正直だ。


「楓、女の子みたい」

 以前姪に言われた言葉だ。あのときは家族の空気が微妙になってしまった。たぶん姉も両親も私のことをそういう目で見ているのだろう。

 気が重いけれどもお腹は空いているし顔を合わせないわけにもいかない。私は居間に向かう。

 

「メリークリスマス!」

 パーン、と音がして細い紙屑かみくずが飛んだ。


「楓おかえり! あ、楓、お姫様みたい」

 姪がキラキラした目で私を見ている。そうだ、メイクをしたままだった。

 どうしよう。きっとみんな気を遣って変な空気になるだろう。


「楓、手洗ってからごはん食べなさい」


「そのアイシャドウ超キラキラしてる! もしかして〇〇の新色じゃない?」

 二番目の姉が言う。二番目の姉はコスメやファッションが大好きだ。いつもきれいで可愛いものを持っている。私は羨ましくなるのでなるべく顔を合わせないようにしている。私と正反対の性格をしているこの姉はきっと私のことが嫌いなのだと思っていた。


「うん、それ。ていうか姉さん、僕のこと気持ち悪くないの?」

 もうこうなったら誰に気を遣うのも無駄な気がして私は言いたいことを言った。


「なんで? 楓なんか悪いことでもしたの?」


「何もしてないよ」


「でしょ? 何もしてないんだから堂々としてればいいんだよ」

 そうだ、確かに私は悪いことはしていない。ただ自分に自信がないだけだ。

 でも……。私は周りのみんなと違う。


「このメイク……」


「〇〇の新色でしょ? まさか楓に先を越されるとは油断してたわ……何? もしかしてメイクしているのを気にしてるの? 今時メイクが女子だけのものだなんて時代遅れのこと言わないでよ。そっちのほうが恥ずかしいわ」


「さ、みんな揃ったからケーキ切ろうか」

 もうみんなの関心は私には向いていなかった。思い出したように姉さんが「メイク落とし持ってるの? 貸してあげるよ」と言っただけだった。


 居間の隅にピンクのぬいぐるみが置いてあった。もしかして天井から出ていたぬいぐるみじゃないか? なんだ、サンタクロースから姪へのプレゼントだったのか。

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なんでもないクリスマス 青山えむ @seenaemu

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