第56話 欠陥奴隷は乱戦に巻き込まれる

 縛り付けられた魔族に、ニアが霧の刃で連続攻撃を加えていく。

 紫色の鱗が削られて、その内側の肉が裂けて出血した。


(凄まじい切れ味だ)


 固有の魔術だと思うが、あんなものは防御できない。

 霧と化した斬撃をどうやって防ぐというのか。

 もし俺が挑めば、一瞬で切り刻まれて解体されそうだ。

 傷付きながらも死んでいないのは、魔族が特別に頑丈だからだろう。


「愚図共が、調子に乗りやがって……ッ!」


 怒る魔族が衝撃波で抵抗を試みた。

 霧の刃を退けながら、ニアに危害を与えようとする。


 しかし、ダンの防御が割り込んで失敗した。

 ニアの前に立って耐える彼は、まだまだ余裕がありそうだった。

 魔族の猛攻で怯みもしない。

 常人なら何十回と死んでいる頃だろう。


 追い詰められる魔族は上手く動けない。

 全身に絡まった血の縄は数を増して、それによって攻撃も防御も妨害されていた。

 抗えば抗うほど悪化しているように見える。


 しかも縄の拘束が魔力を吸収しているようだ。

 魔族を弱らせつつ、拘束を強固にしている。

 どうやって抜け出すのか想像もつかない。


 術者であるウィズは遠くに立っている。

 兵士の囲まれた安全地帯で、魔族の攻撃が届かない位置だ。

 最低限の消耗で、味方を的確に補助している。

 これが彼女の戦法なのだろう。


(圧倒的だな。このまま倒せるんじゃないか?)


 兵士や冒険者は手助けする暇がなさそうだった。

 加勢するとむしろ邪魔になってしまうだろう。


 サリアなんて欠伸を洩らしていた。

 放っておくと二度寝しそうだ。

 そこまではせずとも、大半の者が英雄達の勝利を確信していた。

 既に安堵しており、構えを解いて雑談している者も多い。

 自分達の役目なんてないと思っているに違いない。


 しかし、俺は油断していなかった。

 発動中の【大軍師の独壇場】が囁くのだ。

 この局面はかなり危険なのではないか、と。


「人間共が、絶対に許さんぞォッ!」


 その時、魔族が咆哮を轟かせた。

 遥か遠くまで響き渡るほどの声量で地面が揺れる。

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの勢いだった。


 間もなく前方の森林の方角から、魔物が群れを為して姿を現す。

 見える範囲でも数百体は下るまい。

 そんな軍勢が際限なく溢れるようにして戦場に乱入してくる。

 魔物達は英雄達の脇を抜けると、兵士と冒険者に襲いかかり始めた。

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