第55話 欠陥奴隷は魔族を目撃する

(あれが魔族か)


 俺は握ったナイフの感触を確かめる。

 こんなものが通用しないのは分かっている。

 しかし、開き直って手放せるほど豪胆にもなれなかった。


 魔族は生物的な強者だ。

 時には英雄すら屠るほどの力を持つ。


 こうして対峙すると分かる。

 思った以上に圧倒的な迫力を帯びていた。

 ともすれば意識を失いそうな緊張を強要してくるので、俺は歯を食い縛って耐える。


(本当に勝てるのか……?)


 スキルの使い方次第では負けないとサリアは言っていた。

 実際に対峙してみると、俺が魔族を倒す姿が想像できない。

 全力を尽くしても、一瞬で殺されるのではないか。

 ここは迂闊に動くべきではないだろう。


 情けないが、俺は本能的に弱腰となっていた。


「くそがあああぁぁっ!」


「殺せ! あいつが魔族だっ!」


 俺が怖気づく一方、魔族の近くにいた兵士や冒険者が突撃を開始した。

 威圧感に負けて、身体が動いてしまったらしい。

 陣形も何も忘れて、彼らはただ単純に接近して、それぞれが武器を振るおうとする。


 対する魔族は生首を捨てると、鬱陶しそうに腕を振った。

 それに合わせて、黒い雷撃を伴う衝撃波が放たれる。


 突撃を仕掛けた者達が軽々と吹き飛ばされた。

 血飛沫と肉片が四散する。

 咄嗟に防御した者も重傷を負って動けなくなっていた。

 幸いにも衝撃波は俺のいる場所には届かなかったが、射程内にいたら悲惨なことになっていたろう。


 血みどろの大地を眺める魔族は舌打ちする。

 そして、吐き捨てるように発言した。


「ゴミカスの人間共が、俺様の眠りを邪魔しやがって。こいつは一体どういう了見――」


「貴様が件の魔族だな。始末する」


 遮るような声が応じる。

 いつの間にか魔族の前に一人の人物が立っていた。

 淡い赤色の鎧を着たあの女剣士は"霧葬剣"のニアだろう。


 二つ名の由来である剣が、切っ先から崩れて舞い上がる。

 そのまま霧のように流れて魔族に降りかかる。

 次の瞬間、魔族の全身が切り裂かれて鮮血が噴き上がった。


「何ィッ!?」


 魔族が驚愕して黒い雷撃を放出する。

 霧の刃は周囲に散らされた。

 無数の切り傷を受けた魔族は、激昂してニアに襲いかかろうとする。


「クソ女がッ! 死にやがれェッ!」


「させぬぞ」


 そこに"鉄壁"のダンが割り込む。

 叩き付けられた鱗の剛腕は、大盾によって弾かれた。


 踏ん張るダンは平然と攻撃を防御してみせる。

 雷撃や衝撃波すらものともしていない。

 凄まじい防御能力は伊達ではないようだ。


 二人と離れた場所では、兵士に囲まれた銀髪の魔術師の姿があった。

 あれが"血杖"のウィズらしい。

 彼女が杖を振るうと、戦場に飛び散った兵士と冒険者の血が一カ所に集結し始める。

 それらが無数の縄の形状を取って拡散し、生き物のように蠢いて魔族に拘束した。

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