第7話 死闘

 不穏な人影に、果敢に一歩前に踏み出したバルロスは威勢よく声を上げる。

「あぁん!? てめぇ何者だ!?」

 怒声にも似たバルロスに問いかけに臆すことなく、不敵な笑みを浮かべる黒いローブの男。玉座から立ち上がった彼はその問いかけに答える。

「冥土の土産に教えてやろう。我が名はアレイスター。この世の魔獣を統べる王となるものだ」

「魔獣の、王?」

「はぁ? 王だと? わけわかんねぇこと言いやがって!」

 バルロスの発破も気にもとめず、彼は不敵な笑みを浮かべる。

 アレイスターと名乗った男は玉座から立ち上がると、こちらの話を聞かず、大袈裟なまでの身振り手振りで語り始める。

「ああ、そうだ。魔獣を司る橙の魔神、我はその根源に手を伸ばしたのだ。この儀式を終えることで我は完全な力を手に入れ、凡人とは一線を画す存在――新時代の魔王となるのだ! ああ、もうすぐ――もうすぐだ――我が儀式の完成はすぐそこまで来ている!」

「何言ってやがるこいつ……意味わかんねぇこと言ってねぇで、俺達をこっから出しやがれ!」

「――それはできない相談だ」

 バルロスの言葉をばっさり切り捨てると、彼は謎の呪文を唱える。

 すると足元から黒い影が浮かび上がり、黒蜥蜴人ブラックリザードマンの形を作り上げた――その数は、三十を優に超える大群。

「何故なら、哀れな子羊どもはここで我が儀式の贄となるのだからな!」

「っ……!?」

 反射的に武器を構えるが、敵の数が多すぎる。退路もない。状況は最悪か……!

「感謝するがいい。我の儀式の完成に携わることができる栄誉を!」

「ふざけんじゃねぇ! てめぇの訳わかんねぇ儀式に巻き込まれてたまるかよ!」

「この状況でもまだ吠える余裕があるとはな、ククク……」

 こんな状況でも声だけは衰えない。だが既に、威勢だけで切り替えせる状況ではなかった。

「……なるほど、貴様が全ての元凶だったのか」

 思考を巡らせ、冷静な声で辿り着いた結論を語る。――全ての謎に答えが出たと。

 俺はこれまでの情報から導いた推理を、確信をもって口にする。

「貴様の目的は、そこの魔法陣を完成させること。見た感じ大規模な禁術か。それを完成させるために生贄が必要だったから、貴様はライトットの人たちを殺したというわけか」

 ――禁術。通常の魔法とは別の原理で動いている、理外の未知の術式。

 法式が未だに解明されておらず、安全が保証されていない危険な術式であるそれらは、冒険者協会から認定試験を受けた者以外の使用を禁じられている代物だ。

 この複雑な魔法陣は、普通の術式に当てはまらない。この魔法陣に生贄を捧げることで動力を確保し、作動させようとした――と考えられる。

 普通に考えれば、こんな人道に反した儀式を企む輩が、正当な手段で許可を得ているとは思えない。恐らくは無許可で勝手にやっていることだ。

「だが、ライトットの人だけじゃ儀式は完成しなかった。一般人に過ぎない彼らでは、生贄に捧げたところで必要な魔力が十分確保できなかったからだろう」

 こんな大規模は魔法陣を起動するためには、当然膨大な魔力が必要だ。

 結構な生贄を捧げただろうに、まだ十分な魔力が確保できていないことは俺の目から見ても明らかだ。専門家クレアでなくても、それくらいはぱっと見で理解できる。

「故に、俺たちのような優秀な冒険者に目をつけた。上級冒険者ともなれば、保有する魔力も桁違いだ。罠にかけることで術式が一気に進むと考えたんだろう」

 それに、と俺は言葉を続ける。

黒蜥蜴人ブラックリザードマンの不可解な行動も、貴様が奴らを洗脳したと考えれば納得が行く。定期的に巡回していたのは、何も知らずに訪れた人を生贄に捧げるためか」

 悪趣味な、と歯を噛みしめる。

 そんな俺の推理を聞いていたアレイスターは、興味深そうに俺のことをじっと見つめると、不敵な笑みを浮かべる。

「なるほどなるほど、すこしは頭が回るようだな……だが!」

「……っ!」

 手を振り上げると同時、俺たちを囲む黒蜥蜴人ブラックリザードマンが一斉に臨戦態勢に入る。

「気付いたところで最早手遅れ! 哀れな子羊の尊い犠牲によって、この術式は完成し、私は魔王の権能を手にすることができるのだ!! フハハハハハ!!」

「狂ってますね……」

 すべてはこの魔法陣を完成させるための生贄を集めるため。

 魔王だのなんだの言っているが、罪もない村人を無差別に殺すような奴を野放しにできない。

 ……だが、どうする? どうしたらいい? この群れを相手に、正面から戦って勝てるのか? 俺だけならまだしも、仲間を守りながら――。

「あんまり俺たちを舐めてんじゃねぇぞ!」

 恐怖、不安、絶望。

 塗り潰されそうになる心に激励を飛ばすかのように、バルロスは声を張り上げる。

「ここで俺たちがてめぇをぶった斬れば、その悪趣味な計画ごと破綻するってわけだ!」

 ああ、彼の――バルロスの言う通りだ。

 ここで止めなければ俺たちはもちろん、新たな犠牲者が生まれることになる。

 絶対に負けるわけにいかないという気持ちを持ち、各々が武器を握りしめる。

黒蜥蜴人ブラックリザードマン! 奴らを血祭りにあげろッ!」

「うらああああああぁぁぁぁッ!!」

 アレイスターの合図と同時、黒蜥蜴人ブラックリザードマンが一斉に襲いかかる。

 常人なら恐怖で逃げたくなる場面、だがバルロスは勇気を持って地面を蹴り飛ばし、その群れに突っ込んだ。

 一閃。大振りな攻撃はその大半に避けられるが、確実に一体を葬り去る。だが一体を犠牲に生まれた隙に、流れ込むように襲いかかる大群。

 暴れるかのように剣を振り回すが、状況は威勢だけでは覆せない。頬を掠め、腕を裂き、横腹をえぐる。それでも彼は負けじと大剣を振るった。

「おらあああああああああああああ!!」

 一匹、二匹。数は確実に減らしてゆくが、大勢は変わらない。濁流のように押し寄せる黒蜥蜴人ブラックリザードマンが一度に引いたかと思えば、後ろに控えていた奴らの火炎弾が炸裂する。

「避けろバルロス!!」

「シャアッ!!」

「ごは……ッ?!」

 大爆発。俺の指示に身体がついてこず、その身に直撃を受けて吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされ、地面を転がり、煙を上げるバルロスは――、再び起き上がることはなかった。

「バル!?」「バルさん!?」

 均衡が崩れ、パーティに動揺が走る。一番の熟練者であるバルロスがやられたと。

 そのまま襲い来るリザードマンの次の標的は、ライナだった。

「ひっ」

 目の前に迫る死。数にものを言わせた黒蜥蜴人ブラックリザードマンが、ライナに迫る。

 戦わなきゃ、そう頭で理解しつつも、身体が思うように動いてくれない。戦意喪失し、恐怖に後ずさる足――

「怯むな!! 踏ん張れ!!」

 そんな彼女に迫る刃を、俺の剣が弾き返した。

 彼女一人では前線は支えられない――なら、俺が彼女をフォローするしかない!

 たった一人で三匹の攻撃を捌き、攻撃が身体を掠めるものの、ヒールで立て直す。

「ッ……わかった!!」

 茫然としていたライナも、俺の戦っている姿を見て踏み留まると、剣を構えて立ち向かった。

 後方のマリネは弓矢で彼女をフォローし、俺は敵の数を減らしながら、ライナに向かって攻撃が迫る時は、その方法を的確に知らせる。

 一対一が精一杯だと感じている相手に対し、ライナは恐怖に歯を噛み締めながら耐え、全力で抵抗した。踊るように攻撃を間一髪で避けながら、隙を見て舞うように刺す。

 それでも避けきれない無数の攻撃が彼女の身体を掠めるが、即座に俺のヒールが痛みを感じさせる前に傷を癒やす。致命傷さえ受けなければなんとかなる――その保証を身を以て実感した彼女は、致命傷だけは絶対に避けるように立ち回る。

 本来ならバルロスが崩れた時点で崩壊しかねないパーティだったが、ギリギリのところで持ちこたえていた。だが、中級冒険者に過ぎない二人だけでは、突破口が見つからない。一撃致命傷を受けたらすぐに崩れるような、風前の灯だ。

 埒が明かないと、黒蜥蜴人ブラックリザードマンがマリネを先に仕留めようと動き始める。

 だが、そうはさせない。的確に相手の動きを見極め間に入ると、襲ってきたリザードマンの爪を剣で捌き、一撃、二撃。硬い鱗を軽々と切り裂き、当然のように捌き切った俺は叫ぶ。

「連中は俺が食い止める! お前は前だけを見て、火炎弾にだけ注意しろ!!」

「は、はいっ!!」

 戦闘と回復で常にライナをフォローし、ヒールを絶やさず撃ってるのが信じられないほど的確な指示が飛ぶ。そんな様子を見てマリネは一言、疑問を口にした。

「れ、レイオスさんってヒーラー……でしたよね??」

 彼は本当に一次職なのか? なにかの間違いじゃないのか?

 確かに常時発動能力パッシブスキルにヒール以外のポイントを全て費やしているとは言っていたが、一体どれだけのポイントを費やしたのか……いや、仮に能力補正がかかってたとしても、この本職顔負けの剣術は説明がつかない。

 紛うことなき都市最強の治癒術師を目の当たりにして、目を丸くする。それこそ先程まで感じていた絶望が消えてゆき、まだ戦えるという希望が見え始めていた。

 だが、ギリギリのところで戦況を保っていたとしても、この状況を覆せる人物は一人しかいないことを、レイオスはわかっていた。

「いつまで寝てるんだ!! 早く目を覚ませ!!」

 この状況を覆せるのは、彼しかいない。

「ライナも、マリネも!! 必至に戦っているんだぞ!!」

 今は寝ている場合じゃないぞ、わかっているのか。

「こんな時に寝たままで、何がリーダーだッ!!」

 このパーティを指揮できるのは、お前しかいないんだ。だから、

「『黒トカゲの討伐程度、回復もいらない』って言ってたのは、嘘だったのかッ?!」

 だから、早く、


「――いい加減起きろッッッ!! バルロスッッッ!!」


「……るせぇ」

「……!」

「うるせぇって! 言ってんだよッッッ!!」

 影が立ち上がったと思いきや、消える。次の瞬間、ライナに襲いかかろうとしていたブラックリザードマンが三匹、

 ライナの目の前に立っていた、赤い髪の大男。バルロスは、剣を構え直すとこう語る。

「寝ている場合じゃねぇのは重々承知なんだよッ!! 何度も何度も言ってんじゃねぇッ!!」

「バル……!」

「バルさん……!」

 服がボロボロになりながらも、傷は既に完治していた。

 興奮する彼に、俺は改めて問いかける。

「いけるか、バルロス?」

「あたりめぇだッ!! この屈辱、百倍にしなきゃ気が済まねぇ!!」

 バルロスは確認を取るかのように一瞬振り返った。

 言葉にせずともわかる。俺たちは無言でうなずくと、武器を構える。

「てめぇら全員!! ぶった斬ってやるッッ!!」

 咆哮のような宣言に、黒蜥蜴人ブラックリザードマン達が一瞬気圧される。

 その隙を見逃すようなバルロスではなかった。獲物はお前らで、狩人は俺だ。そう言わんばかりに地面を蹴り飛ばすと、その胴体を真っ二つにする。

「シャアッ!!」

 隙だらけの大振りな攻撃。

 だが、そんな彼の隙をカバーするかのように、ライナが間に割って入る。

「させないッ!」

 爪を捌き、迎撃する。響き渡る金属音。

 火力に乏しいライナでは仕留め切るには至らないが、彼の隙を埋めるには十分だった。

「ギャッ?!」

 ライナが地面を蹴って跳躍すると、死角となっていたバルロスの横切りが炸裂する。

「シャア」「シャーッ!!」

 前衛じゃダメだ。そう思った彼らは火炎弾を溜めていた後衛のために道を開ける。だが火炎弾が飛んでくるよりも先に、その道を逆から矢が駆け抜けていった。

「ギャエッ?!」

「お見通しですッ!!」

 マリネの弓矢が後衛を射止め、不意を突かれ暴発した火炎弾が爆発する。

 完璧な連携で数の暴力をものともせず、バルロスの復活で完全に立ち直った。

「ええい、何をやっている! たった四人も仕留められないのか!?」

 明らかに有利な状況だったはずなのに、確実に減ってゆく個体数。あれだけ傷を負わせたはずなのに、改めて見た彼らはほぼ無傷のままだった。それもそのはず。このパーティは、最上級冒険者のヒーラーが常に陰から支えているのだから。

 たった一言『ヒール』とつぶやくだけで、全回復する傷。詠唱の痕跡もほぼないだけに、アレイスターからすれば何が起きているのか、まるで理解ができていなかった。

「がッ?!」

 そんな彼の右目に、石つぶてが直撃する。

 彼が目を開いてみてみれば、眼鏡をかけた仏頂面の男――レイオスが、気付けば黒蜥蜴人ブラックリザードマンの群れを超えて、投擲した後のポーズをとっていた。

 直立に戻った俺は、剣を抜いて突きつけ、全ての元凶に断言する。

「負けを認めろ。お前じゃ俺たちには勝てない」

「クク、ハハ、ハハハハハハッ!! 黒蜥蜴人ブラックリザードマン如きを倒せる程度で調子に乗らないでもらおうかッ!! あんな雑魚、我の手の上で踊らされてる道化に過ぎないッ!!」

「だろうな」

 俺も最初の推測の時点で、そうだと思っていた。

 上級レベルに値する黒蜥蜴人ブラックリザードマンを、それも群れごと洗脳するだなんて、常人にできるようなことじゃない。少なくともこいつは、黒蜥蜴人ブラックリザードマンより遥かに危険な存在。協会の難易度に当てはめるなら、最上級に相当する。

「だから、俺が出てきた。あいつらには荷が重そうなんでな」

 数も減った。動きにも慣れてきた。黒蜥蜴人ブラックリザードマンだけなら適度にヒールを挟んでやれば、後は彼らだけでも十分対処できるはずだ。俺はそれくらいには彼らのことを信頼している。

 だが、こいつはどんな奥の手を用意しているかわかったもんじゃない。だから、その全てに対応できる人間一人だけでいい。だから――。

「貴様は俺が殺す」

 端的に、明確な殺意を持って、目の前の敵に宣言した。

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