11:夢の中にて、再び

「や、久しぶり」

 そのへらへらした声はひどく良く響いた。

 眠りは一時的な死だ。だから、あの出会いが繰り返されると思っていたんだが。

 今目の前にいるのは、今日初めて見たカソック姿の優男姿のシロだ。

「そういう面がない訳じゃないけど、干渉できない訳でもないし?」

 ほう?

「それに今回は早めに伝えたいこともあった訳だし」

 だったら、早く何とかして欲しかったな。夢の中で位静かに過ごしたい。

 今は、とにかく悪酔い気味で頭が痛い。儀式の締めとしてその場にいた全員で酒を手に騒いだ。俺としては一杯飲んだら解散位のつもりでいたのだが、その直前の光景が強烈過ぎたんだろう。誰もその場を離れず、体に宿った熱が冷めぬようにでもというように杯を重ねた。サリュが準備した酒などあっという間になくなり、誰とはなく秘蔵の酒を持ち出し、挙句戻って帰ってきたシロが「とっときだよ」とか言いながら何処からともなく酒樽を取り出す始末だ。

 結果明け方近くまで飲んで騒いでみんな揃って夢の中だ。

「ありがとう」

 あん?

「お礼。上手く命が廻り始めたからね。それに君の考えてくれたストーリーのお陰でこれからも澱むこともないんじゃないかな」

 そりゃよかったよ。けどな。

「俺は何もしてねぇよ。黄昏も澱んだ死も何とかしたのはあんただし、住人達を動かしたのはサリュだ。俺が考えたのだって、結局は誰かが思いついただろうさ」

 その思い付きだって、あの火柱がなければどこまで受け入れられていたか、わかりもしない。つまり俺は何もできなかった、以上証明終了と言ったとこだ。

「そーでもないよ。僕も含めて、この世界はこの世界のルールに縛られているからね。知らない事はどうやったって知り得ようがないように、思いつきようのない事はどう頑張っても思い付けないのさ。喉仏だっけ。そんなものがあるなんて僕らは全く知らなかった。けど、今日この日からは命の廻る象徴として存在する。誰もが、親しい者の旅立ちの時にいつかの再会の証として思い出すだろう。それは僕が保証する」

 人の抱える屈託を解きほぐすのが神父の役割なのだとすれば、まさしくその姿通りに神父そのものなシロに諭された。なるほど理から外れているから、別の理を持ってくることが出来たと。組み込んでしまえたと。

 それは、光栄だと言うべきかね。それとも、大それたことをしたと後悔した方がいいのかね?

「どっちでもいいんじゃないかな、どちらにしたって、もう変わることはないんだから、どうしたって大差ないと思うよ」

 溜息が出た。意味などないと、答えも拠り所もなく何もかも一刀両断にしてしまったシロの回答に果たして俺はどう反応するのが正解と言えたのか。怒鳴りつける辺りがなかなかにドラマティックな展開になるかもしれない。いずれの和解か、決定的な不和を予感させるようなそんな伏線として。

 生憎と俺はため息を吐く位しか思う所もなかったのだが。そんなものだろう。人の姿を模したかと思えば、人の認識に合わせて姿をころころ変えるような『何か』が、人と同じような認識を持っている筈がない。ズレていて当たり前だ。交わっていなければ軋轢は起こりえず、そもそも和解もなければ不和もない。

 と言いつつも、一部共有しているものがものなだけに、どこか納得しそうになっている気もしないでもない。最終的な目標が成立するならば、過程で生じる事柄は然したる問題ではないというのは、確かだろう。起きてしまった事柄にどう思いを馳せようと覆ることはないというのもまた、真理だ。シロの言い回しで共感を得るなど、かなり難しい話だろうが。

「ぞっとしない話だな」

「そうかい?」

「そうだよ。歪んだルールを元に戻すだけのつもりでやった事で、新しくルールが付け加えられましたなんて、笑えねぇだろ」

「え、そんなのちょいちょいある事じゃない」

 シロの答えはさらに笑えなかった。ああ、なるほどああいう言い回しにもなるし、やることが無茶苦茶になる筈だ。思った以上にズレている。いや、今の今まで気が付かなかった俺の方も、ベクトルは違えどシロ同様にズレている、か。俺の場合はズレれていて当たり前ではあると思う。そもそも俺は向こうの人間で、こちら側とは縁遠い。

 だからか、と嘆息。これもまた何故思い至らなかったかと頭を抱えたくなった。

 シロのズレ方はあくまでこちらの考え方に沿ったズレ方だ。おそらく時折合流しては離れるくらいのもの。翻って、俺の方はと言えばおそらく平行線。似ているだろうが交わっていない。だからこそ組み立てられることもある、と言う事だろう。

「そー言う事か?」

「どーだろ。僕が考えたことじゃないしねぇー」

「おい?」

「僕もアドバイス貰ってそうなんだって感じだったし。うん、予想以上って感想かな」

 シロ以外にも何かいるのかよ、勘弁してくれ。

「多分で会うことはないと思うよ。みんなそれぞれ忙しいし。彼とは何処かですれ違うかもしれないけど、気づかなければ気づかなかったで無視しちゃってもいいしね」

 いいのかそれで? 関わらずに済むというならそれに越したことはないが。

 おそらくは、『みんな』を思い浮かべたのだろう、視線をはずし虚空を見たシロの表情は、郷愁の色が混じっているようにも見えた。気のせいかもしれないが。

「ま、とにかくさ。感謝してるってことだよね。僕だけだったら楽だからって、更地にしちゃってたろうし」

 怒られずに済んだしねぇーとへらへら笑う優男。さっきのは気のせいだなと、イラっとしたものを抱く。もしくはちょっとした恐怖か。これを野放しにしていたら酷いことになるだろうという未来予知のような嫌な確信。

 シロにアドバイスをしたという誰かはそこまで見越していたのだろうか?

 で、お目付け役として呼び出したと? 笑えねぇ。関わりたくはないが、一言文句は言ってやりてぇ気分にはなる。なので、何かの間違いで出会ったときにでも言うことにしておく。

「そーいう訳だから」

 何がどうそういう訳なのか全く理解できないが、何を言った所で今後も一蓮托生運命共同体じみた関係であるのは変わりない。納得いこうがいくまいが、交わっているかどうかも関係なく、ズレたまま一人と一匹で旅をするしか道がない。

「不本意ながら、な」

 そう答えた俺にシロは笑みを返す。顔というか容姿に合わない子供っぽい微笑み。

「じゃ、今後ともよろしく。相棒!」

 ぶんと振られるシロの右手。黄昏を鱠切りにした光景が蘇り、腰が引け気味に俺も右手をかざす。手と手で作られる大きな破裂音。シロが小気味よいその音に満足そうな顔をする。

 俺は……、腰が引けていた分変な当たり方をしたのか、手が痛い。

「あははは、この方が僕ららしいかもね」

 顔をしかめた俺を見て謎の納得をするシロ。いや、謎でもないか。お互いに大概ズレているという認識はあったろうしな。

「もう少しこうしていたい気もするけど、時間も時間だからね、そろそろ起きようか」

「勘弁しろよ。ゆっくり寝かせろ」

 抗議の声を上げるが、「大丈夫大丈夫、ぐっすり寝てて目覚めるほんの数秒のことかもしれないよ?」なんて、信じてもいない事を宣いながらシロはその白い本当に真っ白な手を俺の額に押し当てた。

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