11. 人間卒業の時期
人間はいつか必ずあの世へ行く。二十歳であれ四十歳であれ、死ねばそこでその人の人生は終わってしまう。貧富の差や能力の違いはあっても、寿命ほど不公平なものはないだろう。よく厄年が話題になるが、確かに十九歳は危険な年だし、三十六歳もダイアナ妃やマリリン・モンローのように災難に遭いやすい。九の倍数前後は注意が必要だ。
占い鑑定をしていると、自分の寿命を知りたいという人もいるし、舅や姑、または夫がいつ亡くなりますか、と尋ねてくる人もいる。基本的に人の生死は占わないことになっているので「寿命とギャンブルは占いません」と断ることが多い。
しかし、例えば海外へ出るとか、家の新築や転居など、諸々の事情で知りたい人もいるようだ。あまり話したくないけれど、危険な時期は確かにある。人間は十年活動して、二年は休息、充電の時だ。その、いわゆる空亡(天中殺とか殺界ともいう)の時に無理は禁物だ。高齢者は亡くなることが多い。
たとえば水星人は子丑が弱い時で、私の姑は子年から丑の年に変わる十二月の末に倒れ、一月七日に亡くなったが、十二月は子月、一月は丑だ。それと、面白いのは生前、どのような死を迎えたいか話していると、その通りになることだ。姑は死期を迎えて一週間くらいは生きていたい、すぐ死ぬのは想いが残ると言っていたが、願いは叶えられた。
私の夫も「死ぬときは癌が良い。しばらく時間があれば覚悟も決まるし整理もできる」などといい、そのときは笑って聞いていたが、肺癌になって手術したあと一年足らずで世を去った。うっかりしたことは言えないけれど、私は災害や事故で苦しむのは嫌だ。やはり自宅のベッドで安らかに逝くのが望ましい。
私の母は風邪をこじらせて肺炎になり、入院してわずか二日目に亡くなった。長姉は自宅のベッドで亡くなったが、母も姉も亥の日に生まれ、十二支で正反対(冲)になる巳の年に亡くなった。冲の年は問題が起きやすく、亡くなる人も多い。姉は七十三歳の年に巳年になるのを知っていたので、鑑定所を妹の私に任せて引退した。のんびり暮らせば回避されるからだ。そして無事に十年余りを楽しみ、次の巳年に八十五歳で静かに旅立った。
また、生日と同じ干支になる年も要注意だ。私の父は己未の日に生まれ、己未の年である昭和五十四年に他界した。前の貴ノ花(二子山親方)は乙酉日に生まれ、乙酉の年に亡くなっている。若い女性では(乙酉日生まれ)乙酉の年から長期間にわたり離婚問題で苦しんだ。ある母親は息子が悪いグループに入って悩んでいると相談に来たが、調べてみると生日と同じ干支の年に誘われていた。何事もなく過ぎる人もいるので、そう恐れることもないが、正常な判断ができなくなったり病気や詐欺にあう人もいるから注意が肝要だ。
岸田首相は壬寅日生まれで令和四年は苦労が多いだろう。
瀬戸内寂聴さんはうまく乗り越えていたと思うが、無私の心が幸いしたり、神仏の恵みがあったりするのかもしれない。
私は健康を損ねたり、姑の世話が大変になった。親や姑などの介護で疲労困憊する人もいる。しかし、そのときは辛くても、あとで良い経験だったと思えるだろう。
私も姑に束縛されているような日々を送っていた時は、やりたいこともできず、外出もままならず、自分の人生がなくなってしまうのではないかと焦燥感を覚えたり、落ち込んだりした。しかし姑が九十歳の天寿を全うしたときに悔いはなかったし、その後の二十年ほどは楽しく自由な暮らしを満喫できた。
「苦あれば楽あり」という格言は真実だろう。みんな人間は何かに守られて生き、何かの世話をしたり、されたりして人生を過ごす。人生を充実して全うすれば、次の世界へ進んで行ける。人間卒業を嘆く必要はない。明るい光の世界へ行くのだと思って、喜んで送ってあげたい。
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