第20話 覇

俺たちは逃げ出した。事の顛末を見るまでも無く、ただ自身の敵うものではないと。


しかし、それは収穫と言ってよかった。何となくで考えていた最終手段が無に帰し、必然と他に目を向けられる。


そう思えばあの拠点を放棄するのもやむなし。すぐに次の拠点を、あいつから離れる方に向かわないと。


「荷物は全部インベントリに入ってるし、すぐに出よう」


「う、うん」


ケツを火で炙られた兎のように逃げ出す。夜逃げってこんな感じなんだな、そんなバカみたいな感想が仄暗い空に浮かんだ。






「ちょっと……誠一郎、君ッ」


道中に屠ったゴブリンの数が二百体を超えたあたりで、あの衝動がやってくる。俺はソレに逆らわなくなった。安全とは言い切れない街の影で求めるままの快楽にふける。


この行為で肝心なのはレベルアップだ。ほんの少しづつだが強化を重ねることで着実に探索スピードが増えている。


「んっ」


発見らしい発見と言えばこの世界にはゲームで言うような『壁』がある。拠点を囲んでいた結界みたいなエフェクトが行く手を阻む。この世界には限りがあるらしい。


視界いっぱいに地平線まで遠のいていく壁は恐らく四方に貼られている。そのエリア内で結晶を探すほかないのだが……。果たして。


ここまで数が少ない、時間が経っていると直ぐに帰れる結晶は残ってないのではないか、と。あの恐ろしい悪魔やそれと同等の相手と戦わなければいけなくなる時が来るかもしれない。


そして何でもかんでもヤッていればレベルアップするわけではないようだ。どこかのゲームと同じように一定量の経験値を保有した状態でやらなければならないようだ。


猿みたいな性欲が尽きないのはいいのか悪いのか。放っておいたら一日中腰を振ってそうな感じ。気を持ち直して衣服を直した。ちょっと返事が鈍い朱莉がもの言いたげにこちらを見ている。


「……せめて、拠点に帰ってからにしよ?」


「ごめん」


他に言葉を持たない俺は平謝りをするしかなかった。若干、じとついた視線に背中に汗が伝って頭が挙げられない時間が続く。数拍を置いて降ってきた、ため息。許された……?


「行こう?ほら」


差し出された手を握って、路地裏を飛び出した。


不可視、透明な結界伝いに移動する。三次元機動力に優がある俺が高所へ上り、辺りの結晶を確認するが、やはりあの光は見えない。青色もめったに見れるものじゃないし、灰色はそもそも光ってる状態で置かれていない。触れた一瞬だけ光るのだ。


建物内にあればと思ったが、拠点を作った時と同様に侵入がまず出来ない。ベランダや渡り廊下など扉でふさがれていないところまでは入れるのだが、施設内への道は閉ざされたままだった。


探索できるエリアは依然として屋外だけである。こんなに広い世界なのにそれが勿体なかった。


住宅街から打って変わって駅周辺。商店街やぽつんと伸びたハイタワービルが印象的なターミナルというべき道路の構造をしていた。


駅というランドマークに変化を期待したのだが今のところそれらしいものは見受けられない。ちょっとゴブリンの種類が変わったくらいかな?


ゴブリンソルジャー。その中でも装備が結構良くて、若干強い奴らだ。油断していると他のソルジャーとの連携に人たちを浴びせられたのは一度や二度の事ではない。


巡回兵の類か?三体以上になると俺も朱莉も手が回らなくなってしまうので見極めをしてから仕掛けている。今は建物の上、商社ビルの屋上から道路を見下ろしていた。


「ここのゴブリン装備が良いよね」


「レッサーなんてまるで見ないもんなぁ」


殆どがソルジャー、ホブ。この並びは少しだけ見覚えがあった。


「最初の拠点に使った青い結晶を運んでたのもこんな感じの奴らだったよな」


「そういえば、そうだね」


ジェネラル……ヒーローという名の将軍、その部下を見るにゴブリンの支配者階級というものは分かりやすく図鑑に表れている。体格、装備、戦闘技能の順に上へ上へ昇っていく仕組みだ。


ソレに当てはめて言えば今道路を歩いている奴らなんかはかなり上に位置していると言える。


「あっ」


「まずいっ」


柵のある段差から目を覗かせていた二人の視界に金属の全身鎧が映る。離れているが場合によってはすぐにバレることを特に、俺は知っていた。


朱莉の肩を抱いて塀の陰に頭を隠す。ゴブリンナイト。異常に勘が鋭かったあいつが悪魔憑きとかいう特殊な個体であっただけなのだが、どうにも必要以上に怯えてしまっている。ちらりと様子を窺うとこちらに気付かずに道路を進む一団の影。ホっと胸をなでおろした。


「騎士がいるってことは将軍も……?」


「可能性は高い」


支配者階級の直轄地というやつか。悪魔なんて異分子が出てヒーローは出陣を余儀なくされた……とか?適当な推論に首を傾げつつ、下を観察する。巡回という言葉が正しく、ソルジャーたちが周期的に道路を通過していっていた。


「襲えそうなのいないね」


「うーん。あれとかどう?」


ソルジャー三体、ホブ一体ほどの小隊。ここら辺に来てからは珍しく数が少ない。


「なんか、怖いね」


「やめとこうか」


チキった。慎重になった。罠の単語が脳裏を過る間はやめておこう。旗を持ったそいつらを見てそう思った。



のそりと。街の陰から列が続いた。旗を持っている。今度は騎士が数騎、兵隊が列をなして後を追っている。次に馬車が通った。鉄のわだち。ギリギリと音を立ててコンクリートを踏み均している。


「えっと────」


「あれは?」


華美な装飾品。仰々しい鎧で着飾ったナイトたちに囲まれて身を固めた馬車は、真っすぐとハイウェイに向かっている。丁度、悪魔の手下が放つ紫のオーラとは逆方向に進んでいた。


その後ろにはものすごい数のゴブリン。そのすべてに上等な装備が着せられている。荷車にはわんさかと荷物が積まれていて引いている馬、鹿?が荒い息を吐いていた。


手綱を引いているゴブリンが見かねて後ろから荷車を押している。恐らく出発したばかりなのに先の思いやられる出だしだな。


「逃げるのかな……悪魔から」


なるほど悪魔から逃げる。それは正しいように見えた。一見して詰め込んだ荷物の列は夜逃げそのものだ。騎士を従えてることからあの将軍と同等のものだと思うが何故逃げるんだか。というかモンスターはこの街の結界を通れるのだろうか。


「────!」


オーラが吹き荒れた。丁度馬車の背中側、列の遥か後ろに登った紫が紫電を放って消滅する。悪魔の手下と思われるオーラも一様に消え失せていた。戦場での戦闘が終わった?


何が起きた。オーラの昇っていた場所を見ても今はもう暗雲が立ち込めているだけ。すっかり見慣れた紫の雲も前のようにただの深い夜になっていた。





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