第19話 恕

広い道路。もともと一本の道が広く作られたこの街の二車線はちょっとした運動場よりも広い空間となっている。確保された横幅にところ狭しと足を並べる両陣営は緑と紫のオーラを放っていた。


王のごとき不遜な態度で玉座を頂く赤眼の騎士と騎上から相手の陣容を見下ろす白髪の将軍。二人の放つオーラが手勢の全体に行き渡ると戦場の緊張感は一気に高まる。どちらとも言えぬ咆哮が響き渡った。


両陣営が空白を埋めるように敵陣へと駆け出す。その勢いを殺さぬまま、緑と、紫が衝突した。





「すげぇ……」


もはや朱莉は言葉が出ない。数千の集団がぶつかり合えばこうもなるかと階下の戦場を見下ろす。吹き抜ける生暖かい風が気持ち不愉快だった。高めの建物、デパート施設と思われるその屋上から観察する。


可視化された勢力図が紫だ緑だと道路の空間を押しやりあって、時折吹き出たように分岐した道になだれ込んでいる。激しい戦闘音、それが聞こえてくるくらいには近い場所だった。


それでも見に来る価値があるとこんな場所にまで来ている。


「騎士の後ろに、結晶があるね」


光を放っていた頃とは打って変わって、深い色を落とした結晶は確かにあの緑だった。どうやら後生大事に抱え込んできたらしい。


「あれじゃとてもじゃないが奪えないな」


凄い数。緑の三倍はありそうな密度の紫の軍勢が悪魔騎士の据わる玉座を中心に陣を敷いている。あの数を突破して結晶に辿り着く未来が見えない。


ものすごく弱いレッサーやアウトローを抱えながらも正規兵っぽい緑の軍勢と渡り合っているのはひとえに数の差と言えた。ビビりな性格も支配の影響か少しも窺えない。そのせいで凄惨な消耗戦が行われているのはひどい話だが。


両軍の大将はその損耗を確認するだけで、陣営の中心から戦場を見下ろしている。前哨戦ということだろうか。


その時、若干劣勢になっていた緑の大将が動いた。ゾワリと大群の海を搔き分けて進む。まさか、大将自ら攻めるのか。


(なんだ、あれ)


喉がカラッと干からびた。無いつばを飲み込んでごくりと燃えるような痛みが走っても、目の前の光景から視線を動かせないでいた。


湧きだした魔力の波動。魔法武器とも違うその範囲攻撃は一薙ぎで前線に空白地帯を生み出した。隙間を埋めるように緑が動き、じわりじわりと前進していく。


「あんなゴブリンもいるんだね……」


「ああ」


生返事しかできない。集団でようやく戦えるゴブリンにも個の強さがあった。あの圧倒的なゴブリンは何と言ったか、確か個体名があったはずだ。ヒーロー。その名にふさわしく、将軍の肩書に似合わない程の前線での活躍が後ろに従えるゴブリンたちにも力を与えていた。よく見れば、紫の奴らと違って正気を保っていそうな面が並んでいる。


断続的に敵を蹴散らすことで、一段。また一段と悪魔へ迫っていく。危険が迫っているというのにあの悪魔騎士は興味が無さそうに頬杖をついている。……まだ何かあるのか?


騎士が増えた。というより将軍に付き従う側近のような騎士がよく見ればいたというだけだが、あの悪魔と同じデザインの鎧、対峙して吠えるように剣を構えると将軍の進む道を切り開く。


所詮はレッサーにアウトローという烏合の衆。上位種が束となればクズ紙を吹き飛ばすようなもの。紫の群れを搔き分けて瞬く間に悪魔へと接近した。その瞬間、紫電が迸る。


魔力攻撃。手に持った剣を媒介にした純粋な魔法。借り物の刻印ではなく、生命に与えられた根幹の言語が静かに響く。悪魔を中心に、再びあの雷光がいななく。


光が落ちた。けたたましい爆音とイオン臭。つんと鼻に響く魔力の残滓が未だ凍りつく戦場に渦巻いていた。


悪魔が立ち上がる。その身に纏った放電流が枝葉のように伸びて、敵味方問わず徒に命を奪っていった。勢力図が入れ替わる。思わず後退した緑に、紫が襲い掛かる。亡者のようなおぞましい嬌声を上げて。


「うわぁ……」


ゾンビ。あれはゾンビだな。魔力の放出に伴って、何かのリミッターを外したのか先ほどまでの雑魚っぷりが消え失せている。身に余る力は身を亡ぼすという言葉の典型通りに、体が崩れていったのを見れば均衡化にまでは持っていけないと分かるが。


使いつぶしているな。悪魔らしいというべきか。


将軍が吠えた。目を離している間に騎士が全滅している。瞬く間に精鋭を葬り去った悪魔は再び魔力を募らせる。魔法陣。緩い回転を駆けながら、紫の幾何学模様が光を放って地面に刻まれる。


あれはなんだ。悪魔の右手に握られた魔力の……紐?何本もの紐が手から伸びて地面の魔法陣に繋がっている。悪魔が右手を引き上げた。


ぬるりと現れたのは馬だった。死霊のように放つ瘴気とメタリックなスカルフェイスを除けば馬と言って差し支えない、そんな従僕だ。


悪魔が馬に騎乗すると手に持った剣が形を変える。馬上槍。突撃槍と酷似したランスがすらりと抜き放たれた。インベントリから武器を抜くときのようなモーション。


目線の高さが将軍と同じくらいになる。


どちらともなく、騎獣が駆けだした。

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