第11話 食事会(2)
大神官が主催する食事会は大聖堂の中にある一室で行われた。公式の場では位の低いものから入室する。そのため、今回は最下位であるアジタートが入室し、本来なら第四位であるアリアンナ、次にシェリルとなるが、ここは母娘の関係であることから、シェリルは母をエスコートし共に入室した。ヴルカン公爵家の連なる者は、まずは騎士の称号を取るために尽力する。特にシェリルは聖女の騎士になる可能性があったため、多くの教育を強いられてきた。そのひとつに貴人のエスコートがある。シェリルからすれば、女性のエスコートは息を吸うようにできることのひとつだ。
そんなシェリルとアリアンナが入室をすると、アジタートは当然のように声をかけた。
「お久しぶりね、アリナンナ。そして初めて会ったわね、シェリル」
ふたりはアジタートの言葉が聞こえないように無視を決め込む。
「――?なに?」
アジタートの怪訝な声も無視をする。
そもそも下位の者から話かけるのがルール違反だ。だがその前に主催者であり、この食事会の中で最高位である大神官が来るまでは無言を貫くのがルールだ。
それすらも知らないのか……そう思うと一緒にいるこの時間さえ苦痛だ、とシェリルは思った。
だが全てはアーマンディの騎士になるため、孤独な目をした彼を救うためだと思い、ぐっと我慢する。
その時、暗い空気を察したかのように恭しく扉が開き、大神官が入ってきた。シェリルとアリアンナは大神官へ向かって深くお辞儀をする。
それを見て大神官は長いローブを引きずりながら奥へ歩み、丸いテーブルの上座に立つ。大神官が止まったのを合図にシェリルは大神官の右側の椅子の前に、シェリルのエスコートでアリアンナはその横へ。そしてアジタートはアリナンナの横の席の前についた。
「本日はご苦労様でした――大神官。わたくしも肩の荷が降りましたわ」
またもやアジタートが発言をする。その視線はシェリルとアリアンナを見下すように注がれている。まるで先ほど無視したことをなじるように。自身の権威が変わらないかのように。
だが、その自信は大神官によってくじかれる。なぜなら大神官は語りかけたアジタートを無視してシェリルとアリアンナの方を向いたからだ。
「今日は食事会への参加ありがとう。シェリルとアリアンナは本日の聖女就任の儀はどうでしたか?シェリルはアーマンディ様のお手伝いもしたようで私も助かっております」
大神官からの質問には答えなければいけない。この際にはまずは現在のところ上位であるシェリルからの発言となる。
「はい、大神官様、本日は招待頂きありがとうございます。アーマンディ様はとても美しくこの国の聖女として立つに相応しい方だと思いました。私のようなものがあの方のお役に立てることができ、恐悦至極にございます」
シェリルは右手を胸に置き、軽くお辞儀をする。すると大神官の手が軽く動く。これで発言の自由が許可されることになる。そして次はアリアンナとなる。アリナンナは軽く膝を折り、そして花の
「本日はお食事のご招待ありがとうございます。聖女就任の儀ではアーマンディ様のお力が感じられ、スピカ公国民のひとりとしてわたくしも感激しております」
アリアンナにも発言の自由は許可された。残ったアジタートは理解できないような顔で大神官を見ている。ひとりだけ状況が分かっていない事は一目瞭然だ。
「だい――」
アジタートの言葉を、手で遮ることによって止めた大神官は、先ほどまで穏やかだった視線を鋭い視線に変え、発言の主を睨みつけた。
「アジタート、あなたはもう聖女ではない。自由に発言することはできない。そんな知識も持たずよくもアーマンディ様の指導をできたものだ。アーマンディ様の後見人としては相応しくない」
「な――!」
「発言は許可していない!いい加減に理解することだ!」
いつも穏やかなイメージであった大神官のアジタートへの強い叱責に、驚く母娘は互いの顔をついつい見合わせる。
このように激しい一面がおありだったとは……こうなるとアーマンディ様の夜会への出席に協力してくださるかも知れない……アリアンナは内心ほくそ笑んだ。
「お気持ちは分かりますが、アジタートは聖女の任を降りたばかりですもの。慣れていないのかも知れませんわ」
アリアンナがフフっと笑うと、呼応するようにシェリルも呆れた笑いを漏らす。
「母上のいう事ももっともですが……、それにしてもシルヴェストル公爵家の教育のほどが知れますね。この程度の教育しか施されていないとは……実に羨ましい」
「シェリルの評判はこの中央都市まで届いています。聖女の騎士になるに相応しい研鑽を重ねられたようですね」
「はい、これでアーマンディ様の聖女の騎士になれれば本望です」
大神官はシェリルには穏やかな表情を見せる。そしてこの会話こそが、大神官がシェリルを聖女の騎士として後押ししているという証拠になる。
そうなると更にこちらに追い風が吹くものだ……そう思ったアリアンナはアジタートに視線を移す。
顔を真っ赤にして怒る姿は子供のようだ。15歳の頃から女帝のようにスピカ公国の第一位として君臨してきた女は、思った以上に浅はかだ。こう言った人間は追い詰めると何を仕出かすか分からない。それこそ短慮でアーマンディを殺すことだってあり得る話だ。だからこそ短期決戦でことを収めなければいけない。
アリアンナが大神官に視線をそっと送ると、大神官は心得たように軽く顎を引いたのちに、アジタートにため息まじりで顔を向けた。
「発言を許可する。ただし、その行いは反省するように」
「――っ、申し分けございません」
両手を前に重ね、深く深くお辞儀をし謝罪をするアジタートに反省している様子は見られない。聖女の儀が終わるまでは誰よりも上位にいたのだから、当然といえば当然かも知れない。だが、正統な聖女教育を受けていれば、こうなることはなかったのも事実だ。
アジタートは前任の聖女のジェシカ様から教育を受けていないものね……だからといって気の毒とも思えないけれど……アリナンナは冷たい視線をアジタートに送る。
前々任者のジェシカはアジタートと同じシルヴェストル公爵の一族ではあったが、かなり外れた分家の者だった。だがジェシカは魔力も強く、アーマンディと同じように聖女の儀でスピカ神のお力を授かった稀有な聖女であった。更に分家筋ではあったがヴルカン公爵位の騎士も側に置くことができた期待の星だった。だが、シルヴェストル公爵家本家にアジタートが産まれ、聖女の資格もあったことから、在位わずか5年で聖女の座を譲り、引退を余儀なくされた。
あの時のスピカ公国民が嘆きと怒りは凄まじかった……そう物思いに耽るは大神官だ。自分はまだ大神官に就任する前の若造だった。当時の大神官はシルヴェストル公爵家に多額の賄賂をもらい、半ば強硬に聖女の交代を行った。更に当時は公国王もシルヴェストル公爵家の者だった。だから誰にも止めることができなかった。あの結果が現在のスピカ公国の衰退ぶりではないかと思うこともある。そして、あの時止められなかった悔しさをバネにここまできたのだ。アーマンディ様がスピカ神のお力を下ろせるほどの方と分かった今こそ、自分の権力を使うときだ。その決心を胸に、改めてシェリルを見る。
元々、自由を尊ぶ気質はあれど騎士としての教育はおろか、小公爵の代理が務まるほどの教育も受けていると聞く。その所作も美しく、受け答えには知性のかけらが垣間見える。何よりも聖女の儀で、スピカ様のお力に慄き、誰しもが動けない中、颯爽と立ち振る舞いアーマンディ様を助けた姿には、祈りの間にいた誰もが魅入られてしまうほどだ。各国の代表も、そしてスピカ公国民全てがシェリルがアーマンディの騎士になることを望んでいる。本人も含めて。
後押しして今こそアジタートの権威を削ぐべきだ、更に決意を込めて大神官は袖の奥で手をぎゅっと握り締める。
「それでは食事にしましょう」
表面上は穏やかに……だがそれぞれの心の内は烈火の如く燃やしながら、アーマンディの今後を決めることになる食事会は始まった。
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