第48話 48、2万の敵 

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 夜になると娘兵士達は小隊ごと別れて夜襲をかけた。

敵陣は篝火(かがりび)を灯(とも)して明るかった。

正面からは石礫(いしつぶて)を投げて警備兵を倒し、警備兵の小槍を奪ってそれを投げて刺し殺していった。

基本的には自分の武器は使わなかった。

そして騒ぎが大きくなると素早く撤退した。

 峠側の2中隊、10小隊、200人の娘兵士達も夜襲をかけた。

こちら側の兵士は最初に空中から攻撃した。

闇夜空から警備兵の後ろに降下し、小槍を投げて倒し、警備兵の槍を奪って空中に上り、兵士の上から槍を投げて殺していった。

 こちらの攻撃には大きな騒ぎは起きなかった。

物音に気づいた兵士もいたが、周囲を見回しても敵がいなかったので安心して再び寝入ってしまったのだ。

娘兵士達は次々と眠っている兵士の首を地面に縫い付けていった。

1000人ほどが殺された頃にようやく騒ぎが起こり、娘兵士達は地上を疾走して撤退した。

空を飛べることは見せてはならなかった。

 朝になると、敵の指揮官は1500人ほどが夜襲で死んだことを知った。

「龍興殿、昨夜深夜に夜襲をかけました。1500人ほど殺したようですからこれで敵の数は2300人に減ったと思われます。」

マリアは起きてきた龍興興毅に言った。

「すまん。眠ってしまって全く気付かなかった。不覚の極み。」

「我が軍の衣装が黒なので夜襲には便利なのです。このまま膠着状態が続けば敵兵力は逓減(ていげん)すると思います。」

 敵は峠道のマリシナ軍を攻撃することにした。

背後から自由に攻撃されたらたまらない。

たとえ相手を殲滅できなかったとしても峠道を封鎖し、後方からの攻撃を止めるだけでも十分だった。

夜襲での被害が比較的少なかった軍団の1大隊、1000人が峠に向かった。

 隘路は大軍の攻撃には不利だ。

山道は狭く、兵士たちは4列縦隊で道幅いっぱいに進むしかなかった。

そのため部隊の規模も小隊単位になってしまう。

行進パレードとは違うのだ。

 先頭が決死の盾を持った先導偵察員でそれに続くのが盾を密に構えた短槍兵、その後は弓隊、その後は長槍、その後は騎兵だった。

短槍兵は4列5段の20人、弓隊も長槍隊も4列5段の20人、騎兵は2列10段の20騎だった。

 たった80人の兵士だが、山道ではそれだけでも長さは50m近くになってしまう。

そんな単位の10単位が続き、総勢1000人の軍勢は700mの長蛇の陣容になって山道を登っていった。

 マリシナ軍の兵士は山道両側の大木の天辺近くの梢(こずえ)に隠れていた。

通常、大木の樹冠近くにまで登るのは難しいのだが、空中を飛ぶことができる娘兵士にとっては容易だった。

木から降りる時も容易だし、木から木に移動することも容易だった。

マリシナ国娘兵士たち200人は敵から見えないように敵が近づくのをじっと待っていた。

毒矢を放つ狙撃兵だった。

 攻撃は前方と後方の両方から始まった。

どこからともなく矢が飛んできて兵士の喉を貫いた。

周囲の兵はそれに気付き盾を構えるのだが次矢は盾を構えた兵士の後ろからだった。

どんなに密に周囲を盾で囲んでも毒矢は横方向か後方から飛んできて確実に兵士の首に当たった。

 狙撃であることはすぐに分かったが敵の姿は見えなかった。

姿が見えれば弓矢を射ることができるのだが闇雲に射っても当たるわけはない。

山道の両側は鬱蒼(うっそう)とした森だ。

踏み入ることもできない。

たとえ苦労して森に入ったとしても絶好の的になる。

軍団の前と後ろの兵士は山道を塞ぐように倒れているので前進も後退もできない。

ひたすら密集し、盾を立てて身を守ることしか方法はなかった。

 弓兵でない娘兵士は10本の矢を矢筒に入れている。

200人の娘兵士は最大で2000人を殺すことができた。

ゆっくり正確に狙い、一人一人を確実に殺す狙撃の場合には最大の殺傷効率に近くなる。

5分間をかけて狙い、1人を殺すと5分間で200人が死ぬことになる。

計算では25分間が全滅させるのに必要な時間だったが、実際に1000人を殺すのには1時間がかかった。

娘達は矢を丁寧に回収し、敵の武具を奪い、死体を道に沿って並べ、軍馬200頭を得た。

 敵軍の総大将は動揺した。

峠道にいるマリシナ軍を攻撃し、殲滅させてから全軍を一気に前進させようと思っていたのだ。

殲滅させないまでもマリシナ軍が峠方向に逃げ、味方が道を抑えるだけでも良かった。

後ろからの攻撃がないからだ。

 ところが、いつまで経っても敵軍と遭遇したという連絡が来なかった。

総大将は斥候の早馬を飛ばして調べさせた。

そして、山道沿道には味方の死体が延々と綺麗に並べられていたとの報告を受けた。

味方軍が全滅したということだった。

そして敵はいつでも後方を攻撃できるということだった。

これでは全軍総攻撃はできない。

一気に敵を殲滅できればいいが、ちょっとでも抵抗を受けたら後ろから敵軍が襲いかかることになる。

 3軍の軍議の席上、敵の総大将と3人の大将は少し寒気を感じた。

わずか1日半で戦いらしいこともなく3300人が殺されてしまった。

敵は2万人もの大軍を全く恐れていない。

それに敵が何者なのかが分からないのも不気味だった。

黒い三度笠を冠り、黒い道中合羽を着ていることは分かっているがどの国の兵かは分からなかった。

 相手兵の死体が1人も見つかっていないのだ。

敵軍が戦線を突破した時にもなかったし、夜討ちをかけられた後にも居なかったし、今日の山道での戦いでも黒い兵士の死体はなかった。

軍隊同士の戦いで敵兵の死体がないことなど聞いたことがない。

総大将は夜襲を覚悟して待機を命じた。

 果たして深夜、マリシナ軍の全面的攻撃が始まった。

生物人間は眠らなければならない。

警備の兵を除けば大部分の兵士は深夜には眠る。

ましてやこの二日間、夜襲とか軍の再編成とか陣立の変更とかがあって休む暇はなかった。

 マリシナ軍は10中隊50小隊1000人が攻撃に参加した。

50小隊は20mの間隔を取り、1000mの幅に及ぶ全面的な攻撃だった。

マリシナ軍は小隊20人を単位として行動した。

密集隊形を取り、盾で周囲を囲み、前方の敵だけを殺しながらひたすら前進した。

 16人が盾と十字弓で小隊を守り、4人の娘兵士は闇夜の空中に浮遊して周囲の敵に攻撃を加えた。

最初の敵は十字弓で殺し、後は死体の短槍を数本奪って上空から投げ下ろして殺した。

敵陣内の照明は篝火(かがりび)と諸所に焚かれた焚き火だったので上空のマリシナ兵はほとんど見えなかった。

その篝火も倒されると後は星あかりの闇となった。

マリシナ兵は盾で囲まれていたので同士討ちもなく、周囲の人間を殺すだけで良かった。

 マリシナ軍は敵の陣営を突破すると同じ道を残存兵を討ちながらゆっくりと戻った。

マリシナ軍が元の位置に戻ると小隊は密集隊列を解いて1列になった。

その頃にはようやく闇夜から薄暗い夜明け前になり、敵陣の様子が見えるようになった。

 敵陣は壊滅的な様相をしていた。

前線の兵士も居なかった。

立っている人間もほとんど居なかった。

指揮官もいるのかどうかも分からなかった。

生き残った兵士も前面の荒れ野に整然と整列している異形の兵士群を見たら生き残る望みを無くしたろう。

朝食の炊飯の煙も登らず無為に時は流れていった。

 夜が明け、朝日が山の端から戦場を照らすようになって敵軍からは白旗を掲げた兵士たちが三々五々と前に歩いて来るようになった。

指揮官を失った兵士たちのようだった。

最初は一つのグループが投降し、それを見た他の兵士も死んだ兵士の下帯を切り取って白旗を作って投降した。

 敵軍はもう纏(まと)まることができなくなっていった。

たとえ指揮官が生きており、部下の兵士を集めようとしたとしても最下層の雑兵は死ぬことを嫌った。

指揮官の下に纏まって撤退するにしても峠への山道は敵軍が塞いで通ることができず、山に逃げ込んでも厳しい逃避行が予想された。

 投降するのは今しかなかった。

投降しないでこの場に留(とど)まれば敵とみなされ皆殺しにされるのだろう。

皆が投降している今しかないのだ。

指揮官も馬の世話をする馬兵も食事を作る炊兵も輜重隊の隊長も白旗を掲げて投降した。

最終的には動ける者は全員が投降した。

 1列に並んだマリシナ軍の娘兵士は投降者に旗を立ててうつ伏せになるよう指示した。

どうして良いのか分からなかったからだった。

マリアはため息をついた。

面倒な状況になったのだ。

殺せば100両、捕虜なら只だ。

捕虜を縛る綱も準備してなかったのだ。

 マリアは中隊長に捕虜を1箇所にまとめてうつ伏せに並べるように指示した。

捕虜達は荒地に10人10列でうつ伏せで待機させられた。

マリアは2中隊に敵陣のチェック(生死確認)を命令した。

生きている兵を確実に殺してゆくのだ。

重傷者は軍にとり重荷でしかない。

死んだふりをしている者もいるかもしれない。

 捕虜を縛るための綱は輜重隊の荷車に大量に見つかった。

マリアは捕虜を後ろ手に縛り、10人単位で首に綱を繋ぎ、立たせて待機させた。

総勢は2838人、マリシナ軍の倍以上だった。

 マリアは龍興興毅に言った。

「龍興殿、戦いは終わったようです。図らずも2838人の捕虜を出してしまいました。こちらとしては283800両の損失でした。死体数の確認をお願いいたします。」

「了解した。いやはや、恐れ入りました。たった2日間で2万人の軍勢を打ち破ってしまいました。投降した兵士の数はこちらの軍勢の倍の数です。敵はこれ以上戦っても殺されるだけだと思ったのでしょうな。いやはや、いやはや、本当に恐れ入りました。」

「捕虜は福竜国が引き取ってもらえませんか。1人100両の価値がある首です。」

「了解しました。引き取れば28万両余りが得するわけですね。」

 マリア軍は死体の金と武具と取り、地面に落ちている槍や弓を回収し、糧食などを積んだ輜重隊の多数の荷車を奪った。

荷車には兵士の俸給のための多量の金とか予備の矢とかも積まれていた。

マリシナ軍は少し裕福になった。

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