第47話 47、山裾での戦い
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マリアは早速隠れ村の1大隊、13中隊、1300人の娘兵士を眠りから醒(さ)ませ、27艘(そう)の筏船で福竜の陸桟橋の近くに上陸させた。
1中隊は100人で長槍隊、短槍隊、弓隊、擲弾隊、白兵隊の5小隊から成っていた。
全ての兵士が等身大の丈夫な盾を持っていることが特徴的だった。
全体の色は黒だった。
兵士は黒漆を塗った三度笠に黒色の道中合羽(どうちゅうかっぱ)を着ていた。
黒の三度笠は内側が鉄板で補強され、縁には肩まで届く目の細かい網が縫い付けられており、通常は前面がハネあげられて三度笠に止められていた。
黒色の道中合羽は内側に長く硬い肩当てが着いており、あたかも両肘を伸ばしたポンチョを着ているようだった。
それは高い襟(えり)があり、裾(すそ)は膝下まであった。
もちろん網は防刃繊維だったし、雨は通さなかった。
道中合羽の内側には多くのポケットや吊り紐が着けられ、十字弓、矢筒、鉛玉、火薬玉、水筒、糧食などが付けられていた。
黒の道中合羽は雨具であり、鎧であり、背嚢であり、武器庫でもあり、夜露をしのぐ天幕でもあった。
娘達は股引(ももひき)、脚絆(きゃはん)、足袋(たび)、袖付き筒服(つつふく)、手甲(てっこう)、幅広帯、長脇差の股旅姿をしていたが、全てが黒色だった。
娘達が履く大きめの下駄(げた)には裏に鉄板が張られ、足の甲を守るように鉄のカバーが付けられていた。
軍団は細い道では2列縦隊で行進し、城下町に入ると4列縦隊で行進した。
4列5段の20人が1単位となって長さ5mの小隊を形成し、5単位100人が長さ30mの中隊を形成した。
1個大隊、13中隊での長さは400mほどになった。
行列の後ろには3台の米俵を満載した荷車が着いて行った。
福竜の城下町には主な辻には数名の兵士が槍を立てて警戒していた。
臨戦態勢だった。
敵がいる山の峠に至る道は船着場からの道を城下町を突っ切って直進するのだったが、マリシナの黒い軍団は船着場から城下町に入り、左に曲がって進み、400m長さを保ったまま福竜城の大手門前で止まった。
契約書を受け取るためだった。
黒い軍団は大手門の前で止まったのだが、マリアは軍団内に留まって城からの応答を待った。
福竜月影はマリアが城内に入って契約書を交わすことを期待していたが、マリアが軍団内から出て来なかったのでやむなく大手門から兵を連れて出てきた。
福竜月影は合戦用の直垂(ひたたれ)を着、貫(つらぬき、乗馬用靴)を履き、頭には鉢巻を巻いていた。
親衛隊長の龍興興毅が付き添っていた。
殿様が出てくるとマリアは軍団から出て橋の前で待った。
「マリア殿、良く来てくれた。話をしてから二日も経っていない。一日で合戦の準備ができたのかな。」
「マリシナ国は傭兵の国でございます。常に臨戦状態です。」
「そうか。契約書を作った。確認してくれ。」
福竜月影はそう言って紫の帛紗から契約書を取り出しマリアに渡した。
マリアは「拝見します。」と言って契約書を受け取り、契約内容を確認して言った。
「宜しゅうございます。契約成立です。それではこれから敵を殺しに参ります。つきましては福竜国から見届け人を出していただけますか。死体数の確認はその方にしていただきたいと思います。」
「うむ。それはこちらの望むところだ。そなたも知っておろう、親衛隊長の龍興興毅が小隊を連れて見届ける。」
「宜しゅうございます。それでは早速出発いたします。急がなければならないような気が致します。」
「そうだな。頼む。」
マリアは直ちに兵を反転させ、来た道を戻り、左折して敵がいる山道に向かった。
軍が大若松一家の前を通った時、家の前には大若松佐助親分と人斬り雷蔵と他の子分が通り過ぎる軍団を見ていた。
アリアは親分に手を振って挨拶したが、客分の平手造酒の姿はなかった。
平手造酒は大若松一家を出たのかもしれなかった。
マリアの軍が山に近づくと、果たして大軍が山裾に広がっていた。
全軍が峠を越え終えて軍を整えている様子だった。
「なかなか大軍だな。2万かな。どう思いますか、龍興(たつおき)殿。」
マリアは傍(かたわら)の龍興興毅に言った。
「拙者にも2万くらいだと見えます。凄い数だ。あんなのに攻められたらこの辺りのどこの国も勝てない。」
「我が軍の15倍。・・・まあ、15人殺せばいいわけだが、自分の武器を使っていたら足りなくなる。・・・相手の武器で戦うか。・・・囲むのは無理だな。」
敵軍はマリシナ国の軍勢を見て戦闘態勢を急速に整えていった。
敵軍は軍を3つに分けた。
小道を含む中央に1群、その左右に少し離れて1軍ずつだった。
それぞれの軍の旗指物は異なっていたので3つの国の軍勢であることが分かった。
中央の軍勢はおよそ8000人。
左右の軍勢は6000人くらいだった。
ため息の出る敵の人数だった。
大軍である敵は奇襲の必要もなく横一線に並んでいた。
陣立の基本は先頭が弓隊でその直後に長槍隊が控え、その後ろに突撃用の短槍隊が機会をうかがい、その後ろに戦線を突破するための騎馬隊が待機する。
騎馬隊は敵の弓矢が届かない場所に待機し、先頭の弓隊は矢を射た後は下がって長槍隊が前面に出る。
中央の敵の戦線は一軍が100mの幅で展開し、弓隊は横200人、厚み10人の2000人が斉射を待っていた。
長槍隊も横200人で厚みが5人の1000人が槍襖(やりぶすま)を作っていた。
短槍隊も盾と短槍を持ち、横200人、厚み20人で4000人で人垣を作っている。
騎馬隊は300騎で短槍の護衛兵士と共に1000人が3列で控えていた。
そんな分厚い戦線が荒地に展開していた。
輜重の荷車は部隊の後ろ、山際に集積していた。
マリアは中隊長を集めて作戦を示した。
マリアの作戦は一点突破だった。
通常の平原だったら一点突破作戦は上策ではなかった。
突破できたとしても援軍はなく周囲から押し包まれてしまう。
マリアの作戦は2中隊200人が山の峠に達することだった。
峠の山道は細く、大軍を進めることができないので娘兵士200人だけで峠を封鎖できる。
後は輜重の食糧を襲撃して相手を兵糧攻めにすればよかった。
何よりも山の小道では娘達が空を飛んでも誰にも見られないから都合が良かった。
夜になれば空からのゲリラ攻撃もできるようになる。
時は昼だった。
マリシナ軍の攻撃は擲弾兵の爆裂弾攻撃から始まった。
山道に続く街道に100m離れて対峙していたマリシナ軍の1小隊20人が突如突撃し、80mの距離から爆裂弾を正面の敵に20個投げてから盾と十字弓を構えて高速で突撃した。
娘達の投げた爆裂弾は80m先の敵の中で爆発した。
80mは弓の有効射程距離だった。
後続の2小隊40人も続いて街道を突撃し、60mと50mの距離から爆裂弾20個ずつを投げて突撃した。
その後、2小隊が突撃した時には街道に立っている敵兵はいなくなっていた。
馬も倒れていた。
その2小隊は街道の両側に居る敵兵に向かって爆裂弾を投げながら街道沿いを突撃した。
恐ろしいほどの速さだった。
1中隊5小隊100人が敵戦線を突破し終わると、続く1中隊100人の娘兵士は盾だけを構え、倒れた敵兵士だけの街道を密集隊形で突撃した。
娘兵士達は道に転がっている敵兵の長槍や短槍を拾い奪いながら敵戦線を突破した。
娘達はそのまま山道を駆け登り、戦場から見えなくなった。
この攻撃で一人の娘兵士も怪我はなかった。
「ふうむ、敵陣に空いた幅が20mで20人か。・・・厚みは40人くらいだったから多めに見積もればだいたい800人近くが死んだことになるかな。これで8万両。」
マリアは一人呟(つぶや)いた。
マリアの横で見ていた龍興興毅が驚いたように言った。
「凄まじい速さの突撃でした。あの爆発する球は何なのですか。」
「あれは爆裂弾です。密集した敵には効果的な武器です。」
「凄まじい威力です。敵の戦線に雨粒のように丸く穴が開きました。」
「近くでは使えない武器です。普通の弓矢と同じに使います。兵士が持つ十字弓は遠距離では威力がありませんから。」
「確かに。弓矢の距離から投げていましたな。」
マリアは1中隊100人を中央に残し、残りの10中隊1000人を中隊毎に横に散開させた。
1中隊は敵戦線を突破できる力を持っている。
敵軍は前進しようとした矢先の娘兵士達の中央突破に衝撃を受けたようだった。
とりわけ爆発音を出して兵士を薙ぎ倒した爆裂弾の威力に驚いたようだった。
そんな兵器は初めてだったからだ。
暫くすると、中軍は戦線の隙間を閉じるように幅を縮め、陣容を変え始めた。
戦線を突破したほどの力を持つ強力な200人は戦線の後ろにおり、いつ後方から攻めてくるのか分からなかった。
そして後方から攻められたら、大切な兵糧を積んだ輜重隊が最初に攻撃され、次に騎馬隊と軍の中枢が攻撃される。
敵軍は方円や森を後ろにした半円の陣立をしなければならなくなり、進撃することができなくなった。
それはマリアの望んでいた形だった。
後(あと)は夜が来るのを待てば良かった。
時は過ぎ、夕方になり、敵の兵士は食事を取らなければならなかった。
兵士の食べる握り飯は1食4個で、米の量は1合となる。
18000人の兵士では18000合。
1表は400合だから、45表の米を炊かなければならない。
兵站兵にとっては一大作業なのだ。
6表を積む荷車8台ほどの米が毎食でなくなる。
さらに重要なのは水だった。
川があれば問題にはならないが、軍が布陣する荒地には川がなかった。
峠に至る道には湧き水もあったが、その水は福竜の土地に入ると地中に染み込んで消えてしまう。
峠の道にはマリシナ軍が居るので湧き水は使えなかった。
米を炊くには貴重な汲み置きの水を使わなければならなかった。
もちろん、マリシナ兵と同じように敵兵士は各自が保存食を携行していた。
炊いた米を水洗いして粘り気を流し、天日で乾かした干飯(ほしい)だった。
干飯はそのままでは非常に硬く、水が必須だった。
(著者独白:昔、母が釜を洗った時の残飯をザルに取って天日で乾かしていた。少量ずつだったが干飯がたまると油で炒めて塩と砂糖をまぶした。実に美味しかった。母は一粒も流しに流さなかった。今は贅沢になってアルファ化米を買うかな。)
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