第46話 46、敵軍侵入
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数年の月日が流れた。
中ノ島のマリシナ国の外見は少しだけ変わった。
7つの入江村では畑地はなくなり水田になった。
娘達が住む家屋は少しだけ増えた。
米が十分に採れるようになったからだった。
入江町の周囲も水田になったが家屋の数はほとんど増えなかった。
マリシナ廻船はおおいに儲かっていた。
雨の日も風の日も毎日正確な時刻で運行される屋根付きの筏船は庶民の信頼できる交通手段になっていた。
寄港地の陸桟橋には筏船の到着に合わせ近くの店の売り子が立ち、弁当や菓子を売るようになった。
マリア陸送の人力車も利用客は絶えなかった。
最初の人力車は荷車を切り取ったような乗り心地のあまり良くない物だったが、街中を人力車が走るようになると各国の大工(だいく)や指物師(さしものし)はそれぞれに工夫した人力車を造るようになった。
座席には座布団が敷かれ、座席は板バネや螺旋バネで支えられるようになり、リムとスポークは細く硬くなり、牛革がタイヤがわりに貼られ、日傘は道中合羽の生地や柿渋が塗られた傘紙でできた雨が吹き込まない折り畳み式のフード構造に変わっていった。
マリア陸送は良い人力車ならそれを高値で購入した。
マリア陸送の購入量は多かったので各国の大工は人力車の改良に力を入れることができた。
駕籠屋から人力車屋に替わる所もでてきた。
渡世人、ヤクザの状況は少し変わった。
マリアは「環六」という名のヤクザ連合を組織した。
揉(も)め事があれば一致協力して対処するという建前ではあったが、実際にはマリアがマリシナ国の軍隊を使って力で解決する組織だった。
揉め事の当該一家は何も動かず、マリシナ軍隊が隠密裏(おんみつり)に殴り込みをかけて力で解決する。
当該国の官憲は自国の法治範囲外の外国軍隊の行動なので簡単には動けない。
しかも一般庶民の問題ではなくヤクザ間の問題なのでなおさら動かない。
警察はヤクザが死んでも積極的には動かない。
白雲国と薩埵国と福竜国にあったマリア一家は環六に加入した。
大石国の狛犬一家も環六に加入した。
石倉国では小岩井一家が、五月雨国では雨燕一家が加入した。
環六組織の構成一家は上納金を環六に貢(みつ)がなくてはならない。
言ってみれば民間レベルの傭兵保険のようなものだった。
保険料を払っていればいざと言う時には傭兵国マリシナの軍隊が出動するという保険だ。
もちろん全てのヤクザ一家が入ったら保険は成立しない。
環六の名の通り、環六に加入できるヤクザ一家は一国に一つだ。
環六の総長だけが加入できる一家を決めることができた。
環六の総長はマリアだった。
ヤクザは馬鹿では務(つと)まらない。
五月雨国の雨燕一家の雨燕重吉親分は城下町の他のヤクザ一家に上納金を払って雨燕一家の傘下に入るよう理路整然と呼びかけた。
雨燕一家の傘下に入れば間接的に環六の組織に入ることになり、揉め事が起これば強力なマリシナ傭兵軍団の力を頼むことができるようになると説いた。
雨燕一家としては下部組織からの上納金が入れば環六への上納金も軽減できることになる。
マリアはそんな動きを笑って受け入れた。
親の下に子一家、子一家の下に孫一家ができる。
組織に階層ができることは支配するには便利なことだ。
(マリアは環六の親分達には丸輪形の環の字に草書の六の字が入った金バッジを与えたとか。・・・草書の風の字ではない。・・・蛇足著者)
湖の周囲の6国の状況も微妙に変わった。
マリア達が湖の周りの国に姿を現すようになった頃、湖の周囲を囲む山々の向こうでは戦国時代の状況にあった。
各地で軍事力を持つ者が自国の領土を宣言し、領土を広げようと互いに争っていたのだ。
湖の周りの国々も群雄割拠状態ではあったのだが、それぞれの国はせいぜい十数㎞の広さしかなく、群雄割拠と言うには少し小さな「雄」だった。
そんな状況で突如傭兵集団が現れ、強力な軍事力であっという間に鍋田国を滅ぼしてしまった。
そのまま鍋田国を支配したのならそれはそれで普通の軍事勢力の行動であったのだが、その集団は鍋田を支配せずに大部分を石倉国に与え、鍋田の一角に小さなマリシナ国を創ったのだった。
マリシナ国は各国と交流を深め、湖を周回するマリシナ廻船を始めた。
各国の城下町には人力車を走らせた。
一国を簡単に滅ぼすことができる力を持つ者が各国を結びつけようとしていたのだ。
湖周辺の6カ国は毒気(どくけ)を抜かれ、隣国を征服しようとは思わなくなった。
小さな地域ではあったが湖周辺の国々は周囲を征服しようとする戦国時代ではなくなっていた。
それがどんな時代なのかはまだ住人は分らなかったが・・・。
湖周囲の国とは違い、山の貴方(あなた)の空の下では幸せならぬ戦国時代が進行していた。
金貨の生産地でもあった信貴国は戦国時代を勝ち残り周辺諸国を従えるようになった。
そして数年後、信貴国は湖周囲の弱小国全てを征服するため大軍を設(しつら)え、山の隘路(あいろ)を越えて福竜国に侵入して来た。
外の世界から湖に通じる道は山の峠越えの道だけで、福竜国に通じていた。
軍勢の規模は2万人。
大部分の兵は信貴国に征服された国々の兵士だった。
そのため侵攻軍の兵がどれだけ消耗しようと信貴国としては大したことではなかった。
征服した国々の金と軍事力が衰えればそれはそれで良かったし、湖周囲の国が征服されたらそれはそれで良かった。
侵攻軍は大軍とはいえ峠越えの隘路のため十分な兵站(へいたん)は困難で、兵糧は現地調達を基本とした。
食料の現地調達軍事集団は野盗と変わらない。
軍勢は周辺の町や村を襲いながらゆっくり、長い戦列で福竜の城下町に進んで来た。
福竜国の福竜月影殿様は敵軍の侵入を直ちに知った。
時は戦国時代、いつ何時、敵が攻めてくるかもしれなかったので山の峠には見張りを置いてあったからだ。
福竜国の軍隊の兵士数はかき集めても2000人。
武器は弓矢と槍から成っていた。
敵の兵力はまだ分からなかった。
峠を越える兵士は絶えることがなかったからだった。
大軍であることは明らかだった。
福竜月影殿様はマリシナ廻船の待合室に家臣を派遣し至急マリアと面会したいとの旨(むね)を伝えた。
マリアは中之島にいたが連絡を受けて急遽(きゅうきょ)福竜に戻り、夜間、マリシナ廻船の待合室で面会すると娘兵士を城に派遣して伝えさせた。
福竜の殿様としてはマリアが登城して拝謁(はいえつ)か謁見(えっけん)する形を望んだのだろうが、マリアは会見場を夜の待合室にした。
国主対国主の会合と考えたからだった。
福竜月影殿様はマリシナ廻船の待合室でマリアと会った。
敵が攻め込んできているのだ。
形式の否応(いやおう)はなかった。
マリアは挨拶なしですぐ切り出した。
「どうされました。」
「軍隊が侵入してきた。マリシナ国の傭兵を雇いたい。」
「敵はどれくらいの規模ですか。」
「それがまだ分からないのだ。峠を越えているのだが山の隘路を進んでいるため長くて規模が分からない。」
「どこの国の兵なのですか。」
「それも分からないのだ。旗指物(はたさしもの)も同じではない。」
「・・・相手国が分からないと言うことはマリシナ国が得られる相手国領地も分からないと言うことですね。」
「・・・そうなる。」
「それでは契約が成立しません。」
「そこを何とかならないか。」
「いったい、どうなることをお望みですか。」
「侵入してきた軍隊を撃退してほしい。」
「そうでしょうね。・・・して、その報酬は何ですか。」
「・・・金(かね)ではどうじゃ。」
「・・・敵兵士一人の命に対して如何程の金員を見積もるおつもりですか。」
「そんな風に見積もるとは知らなかったな。兵士一人の命の相場は如何程(いかほど)じゃな。」
「私も兵士の命の値段を見積もったことはございません。ですがヤクザの命は見積もったことがございます。大石国の大勝一家の親分さんは子分の命を100両(1000万円)で買いました。ご自身の命の値段を100両としたからです。20人の子分の命を2000両で買いました。」
「ふうむ。・・・我が軍の兵士は2000人だ。我が国の兵士の命を救うためには敵の兵士を殺さなければならないわけだ。自国兵士の命を100両とすれば20万両(200億円)か。少し苦しいが出せない金額ではないな。なんせ国が滅びるかどうかだ。」
「・・・福竜国の兵士の行動を我らは指揮することができません。制限することもできません。福竜国が独自に戦う場合もあります。そんな状況下では福竜の兵士の命を助けることはできません。・・・私はあくまでも、敵兵士一人の命に対しての金員をお聞きしているのでございます。一人殺せばいくらということです。」
「ふうむ。戦うために武器を持って集団を作っている兵士の命の値段か。・・・ヤクザの値段と同じでどうじゃ。集団兵士の戦闘力はヤクザの戦闘力より大きいだろうが、ヤクザより忠誠心はない。半分も殺されれば逃走することになる。とてつもない金額だが、そなた達が敗れ、福竜も征服されたら金を払うこともないわけだ。」
「敵兵一人が100両(1000万円)ですか。・・・いいでしょう。お受けしましょう。」
「良かった。・・・二つ条件がある。一つは金の支払いは後払いにしてほしい。もう一つは途中で止めないことだ。全軍が敗走してくれればそれはそれでいい。だが福竜国に残っていたなら全滅してほしい。」
「了解。尤(もっと)もな条件です。それではそのような条件を記した契約書を作ってください。出撃当日、お城に受け取りに参ります。」
「了解した。他の国に特使を送って他の国からの援助を頼むことにしよう。大軍が押し寄せてきて福竜が征服されたら他の国なんてあっという間に征服されてしまう。敵兵の何人か分を負担してくれればこちらも助かる。」
「それもいいですね。」
マリアの同意が得られると、福竜月影殿様は薩埵、白雲、大石、石倉、五月雨に国に急使を派遣した。
急使がたずさえる密書は檄文(げきぶん)で、敵が攻め来てマリシナ国に傭兵を頼んだという事実を述べ、湖岸の国は一致団結して外敵を排除すべきだとの主張で結んでいた。
5人の急使は愛馬と共にマリシナ廻船に乗り込み、各国の船着場で下船し、直ちにその国の城に向かった。
陸路を行くことは考えられなかった。
隣国ならまだしも、他国を越して早馬を通すことには様々な障害が予想される。
朝、マリシナ廻船に乗ればどの国でも午前中に着いてしまう。
それに、マリシナ廻船を利用すれば急使が確実にその地で下船したことが分かる。
その地で急使に異変があればその国の責任になる。
<< マリシナ廻船時刻表 >>
(反時計回り)
福竜(6:30業務開始、7:00発)ー薩埵(8:00着、8:30発)ー白雲(9:30着、10:00発)ー大石(11:00着、11:30発)ー石倉(13:30着、14:00発)ー 五月雨(16:00着、16:30発)ー福竜(17:30着、18:00業務終了)
(時計回り)
福竜(6:30業務開始、7:00発)ー五月雨(8:00着、8:30発)ー石倉(10:30着、11:00発)ー大石(13:00着、13:30発)ー白雲(14:30着、15:00発)ー薩埵(16:00着、16:30発)ー福竜(17:30着、18:00業務終了)
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