第13話 褒章授与
魔界地下第5階層の魔王城、玉座の間にて。
「四天王アリサワよ、貴様の献身と大いなる成果に心より感謝をする」
ゼルティアが、片膝を着く俺の前に厳かに立った。
「英雄、アリサワタケヒコよ。魔王に代わり、私、魔王女ゼルティアがこの剣を貴様に授けよう」
俺は空の玉座の前、魔王様の代わりとして褒章授与を摂り行う魔王女ゼルティアから勲章入りの宝剣を受け取った。
「ありがとうございます」
「こちらのセリフだ、アリサワ。父上の傷の仇を討ってくれて本当にありがとう。それと……」
くいっ、とゼルティアに顎を持ち上げられた。えっ? なに? キス?
「……アリサワ」
「……はっ、はい」
「…………や、やっぱりなんでもない」
ゼルティアはしばらく俺を見つめたかと思うと、顔を真っ赤にして目線を逸らし、そのまま手を放した……なんだったんだ?
その意図は分からぬまま授与式が終わる。これは、聖王国の兵団を俺が退けて3日経ったある日の午前に行われた小規模の式典だった。
「アリサワ」
「ん?」
さてこれからどうしようかなーと思っていた時、四天王のエキドナが話しかけてきた。
「……なに?」
「ふふっ、そう邪険にしないでください。英雄殿?」
エキドナは笑って言うけど、俺としてはこいつに捨てゴマにされたあげく戦力増強の直訴も跳ね除けられたことを忘れてないからな?
「あの時はあなたを時間稼ぎとして使い、その間に他の四天王で準備を整えるのが最善の判断だったのです。それは、あなたも承知の上でしょう?」
「ああ、分かってるよ。だから表面上は黙って心の内で文句を言いまくってるんだ」
「あらあら」
あらあら、ってなぁ。お姉さんっぽい反応しやがって。これでおっとり美人系のルックスをしてるからタチが悪い。相手が美人だと恨もうにも恨み切れないじゃないか!(俺はチョロいのだ!)
「どうしたら私のことを許して、仲良くしてくれるのかしら」
「別に許す許さないって問題でもないだろ、お互いに最善だと思う行動を取った結果なんだから」
「でもね、このまま気まずい関係を続けるのも良くないと思うの。私たちは同じ四天王なわけですし、協調して外敵に挑まなくてはならないケースはきっと出てきます」
「そりゃそうかもだけど……」
「あっ、そうだわ!」
エキドナが閃いたようにポンっと手を打った。
「私が何かひとつアリサワのお願いを聞く、っていうのはどうかしら?」
「えっ?」
「謝罪とご褒美を合わせて、ね? 今回、万全を期すためとはいえあなたを見捨ててしまったことに対する謝罪と、あなたの大活躍に対してのご褒美に、私が叶えられる範囲のあなたのお願いを【なんでも】ひとつ聞きましょう」
「えっ……【なんでも】? いま、【なんでも】って言った?」
「ええ。【なんでも】、です」
……【なんでも】と聞いて、不埒な妄想をしてしまうのは、俺だけだろうか?
いや、待て待て。さすがにそんなお願いごとをするのは良くないよな? 相手はその……同僚だし。
「うふっ、決まったかしら〜?」
……エキドナさん、なんで胸を反らして強調してるんでしょうねぇ? 丸く大きな膨らみがとてつもなく……魅力的なわけですが。
ゴクリ。
「……願いごと、決まったよ」
「聞きましょう。なにかしら?」
「そうだな……」
魅惑的なエキドナの笑み。まったく、四天王として召喚される前は、いったいその笑みでどれだけの男をたぶらかしたんだろうな?
……残念ながら、俺はその手には乗らないんだな、これが。
「──魔力石5000個分の戦力を俺にくれないか?」
「え?」
エキドナはきょとん、とした。
「戦力……がいいの?」
「ああ。戦力がいい」
……正直、男としてはソッチ系のお願いにめちゃくちゃ後ろ髪も引かれてはいるんだけどね。
でも、俺はひとりの男であるとともに四天王のひとりでもあり、そして魔界地下第1階層を受け持つ守護者だ。
この前の戦いで献身的な働きをしてくれたハイ・レイスやドッペルゲンガーたちのためにも、より一層の防衛力強化に取り組むべきだ。
「5000個って……多すぎないかしら?」
「でも【なんでも】って言ったし」
「『私が叶えられる範囲で』とも前置きしましたよ。魔力石5000個分の戦力を渡すのは魔王様を死守する上での防衛戦略的に不可能です」
「……【なんでも】って言ったじゃん?」
「くっ……1000までなら、なんとか」
「ダメだ。5000。だいいち、なにもエキドナの防衛戦力だけから渡すことを考えなくてもいいだろ?」
「他の四天王から戦力を引き抜けということですか? そんな調整、どれだけ大変か……」
「……【なんでも】、叶えてくれるんだろ?」
「うぐっ……」
エキドナから余裕の笑みが消え、苦しげに考え始める。
「他の四天王……ブラッディ・ワルキューレとグライアイが持っている戦力は私より少ないです。私がギリギリ割ける戦力が1000である以上、他の2人から割ける戦力はそれ以下になるでしょう」
「試算すると?」
「……ブラッディ・ワルキューレから500、グライアイから750。合計して2250、といったところでしょうか」
「なるほど……でもまだ5000には到底足りないな」
「こ、これ以上は何と言われようと不可能です!」
ふむ。エキドナは頭の回転は速いみたいだけど、しかしまだまだ頭が固いな。
「俺は何も即座に5000をくれとは言ってないだろ? 継続的に戦力を俺に供給して、結果的に合計が5000になればいい」
「……しかし、資源というのはそう簡単に増えるものではありません。長期的にであれ5000を失うというのは大きな問題。魔力石がどのようにして増えるかはご存じでしょう?」
もちろん、知っている。魔力石は生き物のネガティブな感情や、魔術などが使用されて空気中に散らばった【魔素】が凝縮されて石化する、いわゆる石炭みたいなものである。ただ素材さえあれば人力でも作り出せるらしいが……しかしそれでも一朝一夕で作られるものではない。
「ですから、魔力石5000の穴を埋めるのは防衛戦略的に看過することが……」
「うん。だからさ、継続的に戦力を俺に渡すかたわらで、その防衛戦略は見直すべきだろ?」
やれやれ、なんというか、根本的な考え方を間違えているんだよな。
「エキドナの言う防衛戦略ってさ、未だ俺を時間稼ぎに使う前提での戦略のままだろ? 俺って戦力がカウントされていない。違うか?」
「ち、違いません……」
「俺の戦略的価値を見直す過程で、各階層で必要な戦力は変わっているはずだ。これまでは地下第1階層を時間稼ぎの場として使っていたかもしれないが、これからは違う。実績的にはむしろ俺にもっと兵を預け、第1階層での重点的防衛を図るべきじゃないか?」
「それは、確かに……」
「提案だ、今度防衛戦略の見直しの会議を開こう。そこで新たに練った防衛戦略に基づいて、魔力石の配分を行いたい」
「配分って……」
「各階層に残存する魔力石いったん集める。そして各階層に必要な数だけ分配するってことだ。合理的だろ?」
「……確かに合理的です。でも各階層から反発が予想されます」
「なんとかしてくれ。それができれば魔力石5000個の要求は下げる。さあ、どっちがいい?」
「うっ……」
「俺としてはエキドナの言う【なんでも言うことを聞く】のありがたみをこれ以上下げてはほしくないんだが……」
「……ぼ、防衛戦略の見直し会議が開けるよう、調整をします」
「ありがとう、助かるよ。じゃあ願い事はそれで頼む。あと、スマンが防衛戦略見直しまでの間、最低限の防衛戦力として魔力石300個が直近で必要なんだ。一時的に貸してもらえないか?」
「わかりました……」
肩を落としたエキドナを置いて、俺は玉座の間を後にした。
……よしよし。素晴らしいな。棚からぼた餅ってやつだ。
ぶっちゃけ、俺は元々今日、エキドナに戦力の増強についてお願いしようとしていたのだ。どうしようかな、どうやって話を切り出そうかなと思っていたところに『願い事をなんでも叶えてくれる』なんて渡りに船の提案をされたので運がよかった。
「……ちょっと悪いことしたな。魔力石5000個分の戦力なんて、
でも、あえて吹っ掛けさせてもらった。無理難題を押し付けたあとの本命のお願いは、受けてもらえる可能性が高まるからな。
「本来は魔力石1000個分の戦力でも貰えれば充分なくらいだったんだ。でも、結果的にはこの魔界地下第1階層から第4階層までの防衛戦略会議を主導できるようになったうえ、直近で最低限必要だった魔力石150個以上の戦力も手に入った……上々すぎる成果じゃないか?」
嬉しい気持ちのまま鼻歌なんか歌ってみたりして、俺は魔界地下第1階層へと戻った。その道中の地下第4階層ですでにエキドナから連絡が行っていたのか、魔力石を300個持たされる(重いので馬車に乗せた)。
地下第1階層に帰ると、【レイ】がお辞儀で出迎えてくれる。
「タケヒコ様、おかえりなさいませ」
「ああ、レイ。ただいま」
「タケヒコ様にお客様ですよ」
「ん? 誰だろ……」
……あ、ちなみにレイというのは部下のハイ・レイスのことだ。いつまでも種族名で呼ぶのはちょっと良くないな、と思って名前を付けることにした。ハイ・レイスだからレイ。安直と言うことなかれ。
そしてレイにも俺のことを【主様】ではなく、【タケヒコ】と名前で呼ぶことにしてもらったのだ。有沢岳彦、それが俺のフルネームだからな……忘れることなかれ。
「お客様には例の小屋で待っていただいております」
「……邸宅はやっぱり潰さない方がよかったかな」
執務室も応接室も、邸宅丸ごと爆発で吹き飛ばして跡形もないからね、今。
「まあ、いまさらいっても仕方ないけどさ」
軽いため息を吐きつつ俺は例の掘っ立て小屋のドアを開ける。お客様って誰だろう……
「えっと、どちら様──」
「おお、ようやく戻ってきたか、アリサワ」
掘っ立て小屋の中、仁王立ちをして俺を待ち構えていたのは美しい赤色の長髪をたなびかせた美少女──魔王女ゼルティアその人だった。
「えっ? ゼルティア様、なんでここに……⁉」
「なんだ、心外だな。そんな反応をされるなんて」
「いや、だって勇者も撃退したし、いろいろと公務が溜まってるんじゃ」
「大丈夫だ、夜にやるから」
めちゃくちゃ宿題を後回しにする小学生みたいなこと言い始めた!
「まあ
「え? お願い……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます