第44話 想起-4


 ルーメン創成のきっかけとなった魔物との戦いのあと、長く続いた平和の歴史に、人々は何時しか神子や女神への祈りや感謝を忘れていた。それは女神たちに倒されたはずの魔王の復活へと繋がり、ルーメンを脅かすことになった。

 人々は子供たちを護るために森を砦としてサルトスへ集めると、神子と女神たちを中心にルーメン各地で戦いを繰り広げた。最初は劣勢だった人の軍だったが、先頭に立ち戦う神子たちに、再度、人々は祈りを捧げることの意味を知ることになった。祈りは力となり人の軍は徐々に盛り返し、残るは魔王の本軍となった時、終結した魔物たちはサンクティオの王都へ攻め入る。

 後のない魔物たちの攻撃に王都は焼かれ苦戦を強いられたが、最後、深紅の神子の剣が魔王の身体を貫き、その戦いは決した。神子の剣で貫かれた魔王の身体は死滅したが、その魂の部分は魔王の核となり残ってしまった。

 神子と女神の力を使い浄化を試みるが、どうしても全てを消し去る事は出来ない。だが、そのままにはしておけず、停滞の力を持つ冬の女神ティアナがその身を賭して、残った魔王の核を封じ込めることになった。ティアナは女神の力を封じ込めた冬石を人々に残し、その存在をもって魔王の核を包み込んだ。そして、サルトスの森を檻として共に封じられ、サルトスの神子は森の管理者となった。


「サルトスの神子は絶えず森を、魔王の檻を維持しなくてはいけないんだ」


「だから、サルトスだけは神子が存在し続ける……それが本当の理由」


 瞳を伏せ、事実を自分の中に落とし込んでいくようなリテラートの呟き。未だ覚醒していない自分へのもどかしさは感じるが、それが真実だと告げられても、何処か納得している。


「正確には、サルトスの森は魔王の檻へ続く扉だ。外側の鍵となるのは琥珀を持つ神子。内側の鍵はティアナ。その檻を作ったのは、夏の女神ソニア。ティアナの妹。俺が引き継いだ記憶は二人についてだ」


 その身を賭して魔王の核を封じ込めると決めたティアナは、女神が居なくなるゲンティアナの地をソニアに任せると告げた。鍵の一つとなるティアナは、魔物が核を探し至る可能性を少しでも減らすため、自らの存在をも人々からの記憶から消してしまう。そんなティアナの強い意志に、始めは反対していたソニアも彼女の愛した土地を護る事でその想いも引き継ぐしかなかった。

 サルトスにあったソニアの神殿はもう一人の女神の存在を隠すためには不要になる。しかし、自らが暮らし、人々の祈りを聞き続けたその場所をただ失くしてしまうのがどうしても出来なかったソニアは、神殿を檻へと作り替えた。人々の祈りの余韻はティアナの慰めになるだろうか、助けになるだろうか……そんな事を思いながら。

 やがて冬石を作り終えたティアナはその存在を鍵として、檻の中に入った。そして、残った神子と女神たちは、力を合わせてその檻ごと、時の狭間へと封じ込めた。


「森の奥にあったあの場所はソニアの神殿があった場所。その森へ続く手前の庭園の花は、サルトスの民が彼女の為に植えた花だ。ティアナもあの花が好きだった。ゲンティアナの雪原を染める夕陽のようだと……そう言っていた。考えてみれば可笑しいよな。夏の女神に愛された花なのに、ゲンティアナの地にソニアの花は咲かないから」


 そう語ったソリオの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。姉を閉じ込める為の檻を作りながら、涙で歪む視界の中で自らを叱咤していたソニアの心が今でもソリオを震わせる。


「俺が引き継いだ瑠璃の神子の記憶は、それがすべて終わった後のことだ」


 そして、二人の話を聞き終えたカーティオが続けた。


 ティアナの存在が、人々の心と伝承からもなくなってしまった世界は、それでも普通に回り続けていた。人々は魔物の爪痕を消し去る勢いでたくましく生き、ティアナが居なくなったこと以外は何も変わらない。

 残った季節の女神たちは話し合いの末、神子と同じく人々の中に溶け込むことを決めた。それぞれが女神の力を別で作った器に移し、人と近い存在となると、婿を取り、子を生して血を連ねた。それ以来、神子たちが担うのは、人の中に宿る命の灯から時折生まれる女神の加護を持った子らを導くこと。

 しかし、人の子と変わらない存在の神子に全てを把握するのは無理がある。そこで瑠璃の神子が、ルーメンにいる精霊たちは排除しないとする代わりに自分たちへ手を貸して欲しいと願った。幾度かの交渉の結果、彼らは了承し、それから現在に至るまで精霊たちはルーメンで自由に存在し、時折人々の助けとなっている。


「今でも隠した女神の存在を人々が深く追求しないのは、精霊たちが忘却させるからだ。だから、神子と女神の加護を受ける者とそれらを助ける者以外は冬の女神がいたことを知らないし、疑問を抱いても疑問を抱いたことすら、すぐに忘れてしまう」


「つまり、精霊たちが何も言わないのは、冬石の代わりが存在していないという証明だってことか? 」


 じっと三人の語る神子と女神の記憶を聞いていたリデルは、納得したようにカーティオへ問いかけた。しかし、それを受けたカーティオの方が納得のいかない顔をしていた。


「そうなる。それでも……俺自身は、ティアナの加護を受ける存在が居て欲しいって思ってる。そうじゃないと、ただ冬石は失われ、冬は魔物におびえて暮らす未来が待ってる。それでは何のためにティアナがその身を賭したのか……」


 それは、何時も状況を冷静に判断し、時に切り捨てることも出来るカーティオにしては珍しい物言いだった。


「そうは言っても、現状ではその可能性は低いんだろう? 」


「可能性があるとしたら、魔物たちが探している『カギ』だよ。扉でもあり、鍵でもあるティエラはここにいる。だけど、鍵は一つじゃない」


「カーティオがティアナにこだわる理由はなんだ? 」


 それまで静かに皆の話を聞き、リデルとカーティオのやり取りを見ていたリテラートが真っ直ぐにカーティオを捉えた。

 人との交わりをしないまま時の狭間に封じられたティアナは、いまだにそこに居るはずだ。それはティエラの話からも確かな事で、それにカーティオ自身が代わりの存在が居ないと言っていた。だが、今は自分の発言をどうにかして覆そうとしているように見える。


「俺が神子の記憶を持っていない事で見落としている事があるのなら教えてくれないと分からない」


「クラヴィスの持っていた黒い水晶から、強い魔物の気配を感じたんだ。彼らの話を聞く限り、クラヴィスに入り込んだ魔物は意志を持たない下級のものだったはずなのに」


「確かにあの時、俺も感じていた。まるで魔王かそれに近い……玉を通していても伝わってくるくらいに。でも、確かにティアナの存在はちゃんと核の傍にあるんだ」


 玉を通しても……それが分かるのは神子の力だろうか。だが、それが分からないリテラートには、それがどれほど危険な事なのかが判断が出来なかった。材料は手に余るほど揃っているのに、それを見分けるための能力が決定的に欠けている。それがどれだけもどかしいか。


「ねぇ、カーティオ、クラヴィスは膨大な魔力を持ってるって言ってたよね。もしかして……」


 リデルは、自分の中に一つの答えが見えた気がしたが、それ以上を口にすることは憚れた。クラヴィスの魔力を吸収した魔物が変異したかも知れないなんてことがあるだろうか。だが、そう思えば思うほど、それが現実のような気がしてくる。膨大な魔力を得た魔物が一体どれだけの力を持つのかは分からない。今のクラヴィスが魔物に操られていないなんて、言い切れないではないか……と。


「停滞の力を持つのはティアナだけなんだ。もし、もしもクラヴィスが魔物に飲まれそうになっているのだとしたら、停滞の力なら食い止められるかもしれない。だから……」


 クラヴィスのことも、ティアナに代わりうる存在のことも、今はまだ推測の域を出ない。しかし、それを確かめている時間はない。


「ソリオ、『宝探し』は後三日だったな」


「えぇ、通常はそのあと十日前後で春の女神の加護が戻り始めます。しかし、今回は不確定要素が多いので安全確認が必要となるかもしれません。その間、外部から受け入れた人たちは、待機していただく予定です」


 ソリオに頷いて応えると、リテラートは瞳を閉じてソファに深く座り直す。


「あと少しの間を耐えればこの冬はやり過ごせるな」


 待ち望んでいた春はすぐそこまで来ている。ルーメン全土が春の女神の加護下に入れば、魔物たちの動きも鈍くなるはずだ。そうすれば、冬石の問題も、きっとクラヴィスのことも次の冬が来るまでの猶予が出来る。そうなれば、ゆっくりと、その間に策を講じれば良い。


「では、まず、皆の意見をきこう。撃って出るか、このままここで三人の帰りを待つか。ちなみに俺の答えは決まっている」


 リテラートは表情を変えないまま、四人へ問う。四人は互いに顔を見合せニヤリと笑う。


「決まってるのに言わないのズルくない?  ねぇ、ティエラ」


「リデルがそんなこと言ったら、俺、怒るから」


「俺がそんなこと言うわけないし、大丈夫。ソリオ、側近の主教育が悪いんじゃない? 」


「なんで俺のせいなんだよ。だいたい、リテラートが俺の言うことなんか聞かないってカーティオも知ってるだろ」


「と、いうわけで、リテラートの考えを聞こうか。多分、皆一緒だと思うけど」


 四人の瞳がリテラートを捉えると、そこには仕方ないなと嬉しそうに笑う彼の姿があった。



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