第42話 想起-2


 箱の中に入れられている水晶の欠片と、その外にも無造作に置かれているものが幾つか。三人が図書館に向かうのを見送った後、ソリオはずっとそれに仕掛けを施す術を掛けていた。仄かに夕陽色に染まった沢山の水晶、箱の外に置かれた一つを手に取ったカーティオは、囁くように言葉を紡いだ。


「primaver」


 春の始まりという意味を持ったその言葉に水晶は輝き、そしてその手の中で小さな花を幾つもつけた一房に変化した。それは、ソリオが加護を受ける夏の女神が愛した花と言われたもので、夏になると最終地点となっている庭園に咲き誇る橙色のソニアの花だった。


「最後の仕掛けに相応しいものが出来たね」


「うん、ソリオから話を聞いた時に俺もそう思った。確かに作るのに俺も手を貸したけど、やっぱりソリオが作るのが正解だったよね」


「でも、予備を作り過ぎだよ。慎重なのは分かるけど」


「考え事しながらやってたら作り過ぎたって言ってた」


「そうなんだ。慎重なのか、おっちょこちょいなのか分かんないよね」


 箱の外のものを数個残して掌で救い上げ、仕掛けを発動させて花束を作ったカーティオが、眠っているソリオの腕にそれを持たせると、するりと花束を撫でた。すると、すぅっとソリオの身体に溶け込む様に花束は消えていく。


「えっ、今、何やったの? 俺もやろうとしたけど出来なかったんだ」


「定着化の術が掛けてあったからそれを解いただけだよ」


「そんな簡単に……」


 呆れを含んだリデルの物言いに首を傾げたのはカーティオの方だった。


「それはこっちの台詞。ティエラとリデル、そしてウェルスも、君たち三人は普段から自分たちでも気付かないうちに魔力を使ってるよ」


 カーティオの話に今度はティエラが首を傾げる。

 ウェルスは確かに歌で癒しをもたらすから納得が出来るが、自分はそうではないし、リデルに至っては魔術のようなものを使っているのを見た事がない。そんなティエラを見て考えるそぶりを見せたカーティオは、ゆっくりとした動作でコーヒーの香りを楽しんだ後、一口啜った。


「全然、そんなつもりなかったけど。そもそも俺、魔術使いじゃないし」


「リデルは……自覚ないのかも。ティエラは呪文を使うだろう? 君たちの魔力は音と相性がいいから普段の言葉にも魔力が乗ってる。……うん、いい機会だから、ちょっとその辺りの話をしようか」


 そう言って、再度、コーヒーを口に運んでのどを潤すと、カップを置いたカーティオがソリオを見やり話し出した。


「ソリオは杖、フォルテはバングルを使ってる。あと……リテラートもそうかな」


「えっ……俺は、魔力なんてないけど」


「リテラートも自覚なし……と。確かにサンクティオは魔力を使える人は少ない。でも、仮にも神子の君が魔力がないなんて考えられる? 君の場合は、使い方が分からないだけだと思うよ。この前、精霊が運んできた剣。あれはリテラートの為に作られたものだから、使い方さえ覚えれば振るう時に魔力を乗せられる」


「知らなかった」


「本来なら君が国に帰った時に、ルウィア様かフラン様に教わるんだろうけど、今は有事だから少しでも君の力になる様にって精霊に託したんじゃないかな」


 それと、あの剣が魔物の手に落ちないように、という理由が予想されることは、カーティオは黙っていた。

 リテラートが模造だと思っているあれは、紛れもない本物だ。国祖王のものと対で作られた神子の為の一振り、そう、本来なら神子の覚醒を待って授けられるはずだったものだ。もしかしたら、あれを手にすることでリテラートが覚醒する可能性を考えていたのかも知れない。


「じゃぁ、カーティオとクラヴィスは? 」


「基本的には、俺は自分の魔力のみで術を使うんだけど、それだけじゃ足りない時や、難しい時は精霊たちに力を借りてる。その場合、契約をすると結びつきが強固になって、より強い力を使えるんだけど、いつ、どの精霊の力が必要になるか分からないから、特定の精霊とは契約を結ばない。クラヴィスは……俺も正直分からない」


 カーティオは、まだ幼かった自分が神子として覚醒した時を思い起こす。

 フォルテが生まれて最初の冬を越した後、自分たちの従兄弟だと連れてこられたのがクラヴィスだった。自分の弟と変わらない歳のクラヴィスを見て、カーティオは二人の兄になったような気がして嬉しかったのを覚えている。

 それから数年が経ち、遊び疲れて寝ていた二人を眺めるのがカーティオの日課となっていた。その日も同じように眠ってしまった二人だったが、クラヴィスだけが先に目覚めて周囲を見渡していた。心細くならないように、ここにいると知らせるためにカーティオがクラヴィスの顔を覗き込んだ時、首から下げていた守護石が滑り出た。クラヴィスはカーティオの顔をみて安心したように微笑んだ後、ぶらぶらと揺れるそれに興味を持ったのか、じっと見つめて手を伸ばしてきた。彼が喜ぶのならと、首から下げたままカーティオが顔を寄せ、クラヴィスの小さな手が守護石に触れたその時、弾かれるような衝撃と共に神子としての記憶を全て理解した。

 ただ、その記憶を辿ってみても、クラヴィスについてはその存在が異質であること以外、分からなかった。


「クラヴィスもまた膨大な魔力を持っているけど、それに身体が耐えられないからと魔力を抑えるための封印石を生まれてすぐに持たされている。だから俺もクラヴィスが魔力を解放したらどうなるのか、想像もつかないんだ。もしかしたら、クラヴィス自身もそうなのかもしれない」


 そこに居た皆が、もしもの時は俺を殺してくれと言ったクラヴィスの顔を思い出していた。そうなる未来があったとしても、きっと、どれだけ止めたとしても彼は行くと言っただろう。己が犠牲になっても、何時も彼が口にするように『皆を護る』ために。


「クラヴィスが俺たちを護るというなら、その彼を俺たちが護ればいいだろう」


「ソリオ、起きてたんだ」


「うん、リテラートの話のあたりから……」


 少しばつの悪そうな顔をしたソリオは、水晶の欠片が入った箱を持ち、片付けてくると言って立ち上がった。

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