第45話 想起-5


 二日後……

 サンクティオの神殿には、フォルテとウェルス、クラヴィス、そしてトルニスとフランの姿があった。さらに、ヴェーチェル、リヴェラと、各国の王たちも玉の向こうにいるとあって、アカデミーの研究所の通信玉の部屋では、リテラートら五人とシルファ以外は退室をしていた。


「事態の説明をしてくれるだろうか」


 どことなく重たい空気が支配する中、カーティオとフォルテの父であり、メディウムの王でもあるリヴェラが口火を切った。


「はい、では私からご説明させていただきます」


 クラヴィスは一歩前に出て頭を下げると、ゲンティアナを後にしてからの自分たちの身に起こった事を話した。途中、魔物に襲われたこと、その後のフォルテが一人で出かけたことを聞いたリヴェラの顔が険しくなったのは言うまでもないが、気付かぬふりをして続けた。


「私の中に入り込んだ魔物は、今、カーティオ様の作られた水晶の檻に入れてあります。これを利用して魔物の拠点を特定し、殲滅するつもりです」


「勝算は? 」


 険しい表情のままのリヴェラの問いに逡巡したクラヴィスは、その表情と同じ険しい視線を受け止めながら答える。


「五分……と言ったところです。ですが、私の封印石がなくなった今、制限なく魔力を使えるというのが利点ではあります。ただ、暴走が無いとは言い切れません。そこで、トルニス様にお願いがございます。いざという時の為に騎士団を私に着けて頂けませんでしょうか」


「分かった。サンクティオの精鋭たちを貴殿に任せよう。必ずルーメンを救ってくれ。その代り……」


「承知しております。私自身がルーメンの脅威となると判断された時は、私を撃って下さい」


「クラヴィス……すまぬ」


 悲痛を浮かべたトルニスの言葉に無言のまま首を振ったクラヴィスの後ろで、フォルテがぐっと拳を握りしめた。


「私たちも共に行きます。クラヴィス一人を危険な目に会わせるわけにはいきません」


「ならぬ! フォルテ、己の立場を弁えよ」


「父様は、王たるものは危険は下の者に任せ、安全な所で見ていろと仰るか。クラヴィスは私が父様の跡を継ぐときに共にある者です。私はクラヴィスにも、民にも誇り高き主で在りたいだけです」


「リヴェラ様、私たちも参ります。アカデミーはティエラとソリオが護ります故」


「リテラート殿まで……」


「父上、どちらにせよ、ここで魔物を抑えられなければルーメンの未来はありませんよ。ならば、未来を担う私たちが立ち向かうのは道理です」


 カーティオの言うことにぐっと言葉を詰まらせたリヴェラと共に、部屋の中へ沈黙が下りた。

 リヴェラとて二人が言う事が尤もであることも分かっていた。しかし、父親として、王として、どちらの立場からも息子たちを失うわけにはいかない。心の中では二人を送り出したい気持ちと、止めたい気持ちがせめぎ合っていた。


「リヴェラ殿、我は子らを信じてみたい。この混乱の中、神子を担ったティエラの気概と、世界を見たいといったウェルスの勇気。息子らのそれを引き出したのは、間違いなくここにおる子らじゃ。我らが思うよりもずっと、子らは強く気高く成長しておるのではないかえ? 」


 沈黙を破ったのはヴェーチェルの言葉だった。慈悲深き森の女王は、笑顔を浮かべたままゆっくりと子らを見渡した。


「少し見ぬ間に、皆、良い顔になっておる」


 釣られるようにリヴェラ、そしてトルニスも子らを見つめた。一様に強いまなざしを彼らに向ける姿は、アカデミーに送り出した頃の少年ではなかった。小さくため息を吐いたリヴェラは、仕方ないと呟いた。しかし、その顔は笑顔であった。


「無茶をせぬこと。それが守れなければ、認められぬ。フォルテ、そしてカーティオ、お前たちがクラヴィスを失いたくないと思うのと同じように、私もお前たちを失いたくはないのだよ。それは分かってくれ」


「父様、必ず無事に帰ります。クラヴィスと共に」


「分かった。吉報を信じて待つとしよう」


「ところで、リテラート、精霊殿に託した剣は持っておるな? 」


「はい、常に携帯しております」


「行くときは必ずそれを持て。それはそなたの為の剣、いざという時には力になるであろう。ソリオにはゲンティアナより女神ソニアの宝杖を届けさせる。アカデミーに集う子らと民を頼む」


「リデルよ、そなたにも女神ミルの弓を届けよう。エイレイの家には既に知らせが行っておるはずじゃ」


「では、フォルテには女神リリーの腕輪を。すぐに手配をする。皆は、それぞれの得物が手元に届くまでは待機だ」


 それまでに各自が態勢を整える期間としてその場は解散となった。トルニスに続いてフォルテとウェルスが部屋を出た後、クラヴィスはフランに呼び止められた。


「クラヴィス? 」


 心配そうに振り返ったウェルスに先に行っていてと告げると、クラヴィスはフランについて皆と反対方向へ歩き出した。


 二人が向かった先は神官長の部屋で、先日預けていた剣を受け取るためだった。


「ヴェーチェル殿がいらしたおかげで、私が後押しするまでもありませんでしたな。確かに、皆、良い顔をしておりました」


 言いながら銀の箱から丁寧に剣を取り出したフランは、それをクラヴィスに差し出した。受け取ったクラヴィスは、くまなく確認すると頷いた。


「フランの魔力は心地良い」


「それは良かった。停滞の力はなくとも、せめてあなたの助けになれば」


「ありがとう。きっと女神の子らは無事に帰すよ」


「……ご武運を」


 もう一度、フランにありがとうと告げるとクラヴィスは神官長の部屋を後にした。しかし、王宮には帰らず、そのまま迷いのない足取りで神殿の奥へと向かう。


 春がもうすぐそこまで来ているというのに、そこは冷たい空気で支配されていた。

 ゆっくりと進んだその先、突き当りには重い石扉が置かれている。クラヴィスがここに来たのは、もうずっと昔、今とは違う姿の時だった。サンクティオの王都が魔物に攻め込まれ、残った民を王宮に向かい入れた後のこと、その時には傍らに陽光の神子がいた。

 小さく小さくため息を吐いたクラヴィスが石扉に手をかけると、重さを感じさせない動きで扉が開く。部屋の中央には祭壇が置かれ、そこにはリテラートが持つ剣と同じ造りの剣が置かれていた。一歩、部屋の中へ足を踏み入れると止まることなく祭壇まで歩み寄り、そのままの勢いで祭壇の剣へ手を伸ばした。クラヴィスが剣の柄を握ると、剣は形を変え、赤い宝玉となって彼の手の内に落ちた。


「深紅、また君を泣かせてしまいそうだね」


 その言葉に呼応するように淡い光を放った宝玉は、その後、クラヴィスの手の中で沈黙した。

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