はじまりの季節14

「それじゃあ、ぼくは白夜くんをそろそろ迎えに行きますので…」


立ち上がって保健室を出ようと扉を開けた所で、迎えに行くはずだった、白夜とばったり会う。

背後には副担任の朝池あさいけ先生がいる。

担任の先生との事前の電話で、彼女の話しは聞いていたが、朝池とも会うのは初めてだ。

まだまだ教師になって日が浅いのだろう。学生に混じっても違和感がないくらい、とても若い印象を受けた。

ポニーテールにした茶髪の長い髪がそれを一層象徴している。


笑顔を見せる白夜だが、その笑顔に返事するよりも先に顔色の方を気にしてしまう。

たった1時間…だけど慣れない事をして身体への負担は少なくはないはずだ。

気が気ではなかった。


「始業式の途中で咳をしていたので、担任の指示で退席したんですが、一緒に着いて来た椿さんにしがみついて、大丈夫だから帰りたくないって、それはそれは必死で…」


苦笑いをする朝池とつい同じ顔になってしまう。


「あはは……それは、とても元気だね。」


「最終的には椿さんが説得してくれたんですけどね…。」


腰を下ろして白夜と目線を合わせると、白夜は必死に頼み込んで手を合わせるが


「……お願いします。もう1時間だけ……」


当然首を横に振る。


「今日は、帰って、また明日。そういう約束だったよね?約束は守らないと、だよ?」


明らかに落ち込んだ顔をするから、わかっていても心が痛くなる。


「それじゃあ、ヤマさん、すみませんが、私はこれで…失礼します。」


 次の授業もあるだろうに、長く引き止めてしまってはいけなかった。

再び立ち上がり軽くお辞儀をする朝池に、同じように応えた。


「ありがとうございます、朝池先生。担任の枦木はしき先生にも、よろしくお願いします。」


「それじゃあ、柊くん、また明日。」


「はい、朝池先生、また明日!」


明日という言葉に素直に嬉しそうな顔に戻って微笑む白夜になんだかとても安心した。


朝池に白夜と共に手を振って、それから保健室の中へと車椅子を押す。


「帰る準備する間、元気そうだから、ここで少しだけおまけだよ。」


たった数分でも長く学校に居る事が出来るというのが本当に本当に嬉しかったのだろう。


「……やった!ありがとうございます。」


こんなことでも感謝をされるなんて、調子が狂うじゃないか…。


荷物をまとめている間、白夜は簡単に河村に挨拶を済ませ、たわいもない話しを弾ませる。

河村は、耳の能力はあるものの、うたの能力を一切能力を持ったことのない人間だが、白夜と少し接しただけで、その特別で不思議な感覚はすぐに感じ取っているようだった。

弱い能力でさえ万人に効き目があるのだから、強いとなると尚更か?

勝手に身体の中になにかあたたかいものが流れ込んでくるというような感覚…。

今は一緒にいる時間が長くなって、最初の頃より感覚は鈍くなったが、それでも、ふとした時に確かに感じられる不思議な感覚だ。

白夜はベッドの横で本を読む大希に目線を流す。

大希は、すぐにただならぬ気配に気付いたようで、本をパタンと閉じて白夜を睨み付ける。


「………。」


「………。」


無言のまま、それぞれを瞳に捉える。

河村が気付いてすぐに間に入る。

大希には白夜の事を、白夜には大希の事を伝える。白夜は「よろしく」と声をかけたが、返事は簡単にはもらえそうにない。


確実に明日からも顔を合わせることになる。


少しでも仲良くなってもらえたら…


なんて…


ガタンと音を立てて、大希は急に立ち上がり、読んでいた本を床に思いっきりバンっと叩き付けた。


甘い考えだった…。


咄嗟に庇うように前に白夜の出ると、ギロリと鋭く睨まれる。

河村は慌てた様子ではあったが、すぐに本を拾い、大希に駆け寄ってカーテンをピシっと閉めた。


「白夜くん、大丈夫?」


「……はい。」


そんな返事をしていても、胸を押さえているんだから、すぐにそうではないと察する。











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