第56話 わたしの胸騒ぎは収まらなかった

 レベッカわたしは、ダンジョン探索を終えて一度帰宅する。


 季節はすでに夏本番になり、ダンジョンの壁が発する熱も高くなった。そうなるとダンジョン都市を歩くだけでも汗を掻く。ましてや密閉感のすごいダンジョン内ともなると汗だくだ。


 だからわたしはシャワーを浴びた後、涼しいワンピースに着替えてから再び家を出た。


 今日は、夜にレニの家にお邪魔することになっている。


 ジップを抜きにして。


 ジップを呼ばずにレニと会うなんて初めてよね。レニもわたしにだいぶ慣れてくれたようで、とくに気負った様子もなくオッケーしてくれた。半年前からしたら大した進歩だけど──もっともレニは、わたしのことを未だにママだと思っている節があるのよねぇ。


 そんなことを考えながら、夜のダンジョン都市を歩いて行く。夜は気温が下がるので、吹き抜ける涼しい風にわたしは心地よさを感じながらレニの家に到着した。


「それでレベッカ、ジップを抜きに会いたいって、なんで?」


 レニの部屋に通されると、開口一番にレニが質問してきた。わたしと二人で会うことに抵抗はなくなったけど、なぜジップを抜きにするのかは疑問だったのだろう。


 だからわたしは神妙な面持ちで答えた。


「最近、ジップが思い詰めている気がしてね……」


 わたしがそう切り出すと、レニは首を傾げる。


「思い詰めるって……なんで?」


 う〜ん……やっぱりこのコは、その辺のことをあまり理解していないらしい。わたしとジップ以外、いまだ他人と接点がないから、なおさらジップの変化に気づきにくいのかもしれないけれど。


 だからわたしは順を追って説明する。


「原因は、多頭雷龍討伐の件よ。あれ以降、ジップはずっと悩んでいたんだと思う。そこに来て、最近の噂話で、余計に悩み始めたのかもね」


「えっと……よく分からないんだけど……多頭雷龍はジップが倒したんだから、もう解決済みなんじゃないの?」


「そう──その討伐が問題なのよ」


「どゆこと?」


 やっぱりレニには遠回しに説明してもダメなようだ。


 本当は固有魔法に触れないほうがいいのだけれど、パーティメンバーでお互いが知っていることだし、単刀直入に言っても大丈夫かな。


 レニが、ジップの不利益になることを言いふらすはずもないし。


 そうしてわたしは、ジップの心境をレニに説明していく。


 それを聞くにつれ、レニの目が大きく見開いていった。


「つまり……ジップが魔人に目を付けられているかもだから都市を出るってこと!?」


「そうね……もちろんギルマスは、現状はそんな判断を匂わせてもいないけれど、どこかで噂が爆発したら、ギルマスだってどう出るか分からないわ……」


「ジップは、この都市の救世主なんだよ!?」


「だとしてもよ……ギルマスは、都市の安全を最優先に考えなくちゃいけないのだし。例えそれが、感情的にはつらい決断だったとしても」


「そんな!?」


 驚きのあまり絶句するレニに、わたしは話を続けた。


「それでわたしが懸念しているのは……ジップが、自主的に都市を出て行こうとするんじゃないかってことなの」


「一人で都市を出ていくなんて死んじゃうよ!」


「もちろんそうだけど……それでもジップは、みんなのために出て行くんじゃないかって……」


「そんなことさせない!」


 そう言うや否や、レニは勢い良く部屋を飛び出す。


「あ、ちょっとレニ!?」


 ジップが自主的に都市を出て行きそうか否か、そして出て行きそうならどうやって止めたらいいかを相談するため、わたしはここに来たんだけど……レニは、もはやわたしなんて目に入っていないようだった。


 慌ててレニを追いかけると、隣の家──つまりジップの家に飛び込んでいく後ろ姿が目に入る。


 わたしもそのあとに続くと、ちょっと驚いた感じのジップの両親がリビングにいた。


「あっ……す、すみません、突然……」


 わたしが頭を下げると、両親はとくに気分を害した様子もなく、レニがジップの部屋に行ったことを教えてくれる。


 だからわたしも二階にあがると、ジップの部屋からレニの声が聞こえてきた。


「ジップ! 街を出ていくなんて嘘だよね!?」


 ジップの驚く声も聞こえてくる。


「な、なんだよ突然……街を出ていくってどういう意味だ……?」


 そんなやりとりをしている部屋の出入口にわたしが立ったところで、ジップがこちらに気づいた。


「え、レベッカ? いったいお前までどうしたっていうんだよ……?」


「それがその……ちょっとレニとお話してたんだけど……」


 わたしが気まずそうにしていると、レニがジップの腕に掴みかかる。


「レベッカが! ジップが都市を自主的に出て行くっていうから! だからわたしは……!」


「え?」


 レニのその言葉に、ジップが驚いた顔をこちらに向けてくる。その表情は──思いも寄らないことを言われた感じではなくて、なぜそのことを知っているのかを驚いているようだった。


 やっぱり……ジップは、自主的に都市を出て行くことを考えていたのだろう。


 そんなジップに、レニが言い募る。


「ねぇジップ! この都市を出て行くだなんて言わないよね!?」


 レニのその勢いに少し押されながらもジップが答える。


「あ、当たり前だろ……都市から出ていったら、オレだって生きていけないんだからな」


「本当だね!?」


「……本当だよ」


「もしジップが都市を出ていったら、わたしは追いかけるからね!?」


「は……!? お、お前、そんなことをしたら……」


「本当に追いかけるからね! だからわたしを置いて行かないで!」


「お前のレベルじゃ、追いかけても追いつけないだろ」


「でも追いかけるもん! ジップが見つかるまで追いかけるもん!」


「バカ……! お前のレベルじゃ死ぬぞ……!?」


「死んだっていいもん! ジップがいなくなるならそのほうがいいもん!」


 二人のそんな会話を聞いて──


 ──わたしは、なんとなく察した。


 ジップは本気で、この都市を出て行く算段を付けていることを。


 都市を出て行く気がまるでないなら「追いかけても追いつけない」とか「お前のレベルじゃ死ぬ」とか、そんな台詞は出てこない。


 都市を出て行くことを前提で考えているから、そんなことを無意識に言うんだ。


 ジップのそんな態度に、わたしも焦燥感に駆られる。


 だからわたしもジップに近づいて──その手を取って握りしめた。


「ジップ、わたしも追いかけるからね?」


「お、おい……レベッカまで……」


「でもわたしとレニじゃ、確かにジップに追いつけるはずもないし、ダンジョンで死んでしまうでしょうね」


「だから、そんな無謀なことは──」


「でも追いかけるわ、絶対に」


「………………」


 わたしの決意が届いたのか、ジップが押し黙る。


 これでは、ジップをさらに悩ませるだけでしょうけど、仲間が死地に向かうことが分かっているのに、それを止めないなんてどうかしてる……!


「ねぇジップ、わたしたちにも、相談してよ……」


 わたしのその言葉に、ジップは何も反応しない。


「ジップからみたら、わたしたちは頼りないかもしれないけれど──」


 視線を逸らしたままのジップに、わたしは言葉を続けた。


「──でもわたしたちは、パーティメンバーじゃない。少なくともわたしは、苦楽も生死も、みんなで共有するのがパーティだと思っているわ」


 わたしのその言葉は、もはや祈りに近かった。


「だから一人で抱え込まないで、相談してほしいの……」


 果たしてジップにわたしの、いえ、わたしとレニの祈りは届くのだろうか?


 やがてジップは、視線をわたしたちに向けると苦笑を返してきた。


「悪かったよ。お前達に何も相談しないまま決めようとして」


 そうしてジップは、観念したかのように言葉を続ける。


「確かにオレは、都市を出て行く可能性も考えていた。だけど都市を出たら死んでしまうのはオレだって同じだ。だからそうならない方法を今は考えている」


「そう……よかった」


 ジップの言葉に、わたしは吐息をついてから言った。


「なら、その方法をわたしたちで考えましょう? レニもそれでいいわよね」


 大きな瞳に涙をいっぱいに溜めていたレニは、その涙を拭きながら頷いた。


「うん……わたしも一緒に考える」


 そうしてレニはジップを見た。


「だから絶対に、都市を出て行くなんて言わないで……」


 そんなレニの頭を撫でながら、ジップが頷く。


「ああ、分かったよ。もう二度と、そんなことは言わないさ」


 そうして苦笑するジップを見て──


 ──どうしてか、わたしの胸騒ぎは収まらなかった。

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