第20話 新たな辺獄へ
凛子の車が見えなくなると、暗知は口を開いた。
「どうやら真剣にここはまずいようだ。移転を段取りしておいて、正解だったよ」
「ああ、凛子には助けられたかもしれんな」
三輪は電子タバコを手に取った。
「凛子さんが言う、怪しい二人組はいたの?」
凛子は車で待機している間、黒スーツ姿の男女2人組が事務所ビルの周りをうろついているのを発見し、暗知と三輪に知らせたのであった。
「俺は見てないが‥‥あれを見てみろ」
三輪が指さした先を暗知は辿ると、ビルの基礎付近に白いチョークで小さく印が書かれていた。
「これは◎か‥‥ドーナツにも見えるかな」
暗知は印を確認すると携帯で写真を撮った。
「おそらく『例の組織』の者だろう。『お近づきの印』と言わんばかりだな」
電子タバコの煙を吐くと、暗知に乗車を促した。
「ミハエルの自供はとれた?」
暗知は車の後部座席に乗り込み、シートベルトを手に取った。
三輪はパトランプを取り外すと、運転席に乗り込んだ。
「奴は黙秘を続けている。藤城エミリの一件での供述を得たのも、身の安全を保証するという交換条件だったからな。口を割らないのは、組織の報復を恐れているんだろう」
「骨が折れるね‥‥」
「まぁ、しばらく養ってやるさ。ブタ箱でな」
黒塗りのセダンは滑るように発進した。
‥‥‥
‥‥
その頃、凛子とテリーは入り組んだ住宅街を車で走行していた。
「何だか迷路みたいな道ですね」
テリーが窓から見える家々を見つめていた。
「そうね、それくらいが丁度いいのよ」
凛子はバックミラー越しにテリーを見た。
白い車は住宅街で徐々に速度を落とし、停車した。
「着いたわ、ここよ」
凛子はサングラスをワイシャツの襟に引っ掛けると、シートベルトを外した。
「え‥‥ここですか?」
テリーの目に入ったのは、灰色の外壁に蔦が絡まった平屋の建造物だった。
「こう見えても内装は整ってるわ」
凛子は後部座席のドアをわざわざ開けにきてくれた。
テリーは車から降りると周りを見渡した。
物件の周辺には5階建て以上のアパートやマンションが立ち並んでいた。
「日当たり、良さそうですね‥‥」
テリーは苦笑いした。
「ちょっと待ってね、暗知君にメールしておくわ」
凛子が携帯電話でメールを打っていると、(ーーー痛っ!!)テリーは後頭部に痛みを感じた。
振り返ると男の子が立っていた。足元には手の親指サイズほどの石ころが転がっている。
「何しにきたんだ!!」
小学校低学年くらいの男の子だった。
「この石、投げたの君か!?」
テリーは後頭部をさすりながら、石ころを拾った。
「マサト!なんて事するの!!」
凛子は異変に気づくと、少年目掛けて走り出した。しかし、少年は猿のようにすばしっこく、隣接する建物の間に逃げ込んでいった。
凛子はヒールを脱いでいた。
ペタペタと可笑しな音をたてて、テリーに歩み寄ると頭を下げた。
「ごめんなさい、私の息子なの。物件の隣が私たちが住んでいるマンションで‥‥後で叱っておくわ‥‥」
「ずいぶんとヤンチャな息子さんですね‥‥もう痛くないので、大丈夫です」
テリーは内心では凛子を少し警戒していたが、母親の顔を見た途端、親近感が湧いた。
「本当にごめんなさい‥‥気を取り直して、物件を見てみましょう!」
凛子は切り替えが早かった。
物件は蔦が絡まっている割には傷んでいる様子は無く、蔦が『人避け』の役割をしているように感じた。
凛子は玄関入り口を通り過ぎ、裏庭にテリーを案内した。
裏庭に廻ると外壁に『五角形』の模様が装飾がされている箇所があった。拳一個分程の大きさだった。
「出入り口は全部で三箇所ある家よ」
凛子はそう言うと装飾の中心に鍵を入れ、時計周りに回した。
「カチャ」
近くで鍵の開く音がすると、凛子は装飾に手を引っ掛けて持ち上げた。
「ガラララーーー!」
シャッターが上がると、目の前に地下へと繋がる階段が現れた。
「普通の家じゃ、なさそうですね‥‥」
テリーは生唾を飲んだ。
二人は階段を降ると、小上がりで靴を脱いだ。
「ちょっと掃除が必要みたいね、地下階は80平米の2LDK‥‥よ、ぇくしっ!」
凛子はくしゃみをした。
「一階はどうなってるんですか?」
テリーはハンカチを鼻に当てながら凛子に質問した。
「上がってみましょう」
凛子はそう言うと、リビングの天井を附属の棒でこじ開けると簡易的な階段をセッティングした。
「一階は1LDKの100平米、以前は集会所としても使われていたわ。状態は良いはずよ」
凛子は少し鼻をすすると一階のリビングスペースに上がった。テリーも後に続いた。
「こう見ると広いですね‥‥」
一階の広間は上質なフローリングが広がっていた。テリーはすり足で床の感触を確かめると、東堂館の床を思い出した。
「コンコンッ」
一階の正面玄関で音がした。
凛子はテリーに地下へ降りるよう、ジェスチャーで合図を送った。
凛子の剣幕に圧倒され、テリーは逃げるように地下へ降りた。
「おーい、凛子!三輪と暗知だー!」
三輪の声だった。
凛子は覗き窓を確認すると、玄関ドアの鍵を開けた。
「相変わらず徹底してるな。インターホン押したんだが、電気は通っていないのか?」
三輪と暗知が入ってきた。
「電気の開通はこれからよ、着いたんなら電話しなさいよ」
凛子は溜息をついた。
「理恵ちゃーん、新しい拠点はどうだーい?」
暗知が一階を見回しながら、テリーを呼んだ。
「もうこの物件に決まっていたんですね?なんだか秘密基地みたいで楽しいです」
テリーは地下階段から顔を出した。
「気に入ったみたいね」
凛子は満足気にテリーに微笑みかけると、暗知に書類を手渡した。
「理恵ちゃん、これから凛子さんの事務所で契約手続きをしてくる。家の荷物整理しといてね」
暗知はサラッと言うと、また凛子と話し始めた。
「え??‥‥まさかボク、ここに住むんですか?」
テリーは暗知に駆け寄った。
「不満かい?学校から遠くもないし、鍛錬もできる。おまけにバイト先が自宅。オールOKじゃないか!」
暗知は両手を広げた。
「心の準備があります!それに、そんな簡単に荷物整理は‥‥」
テリーは無駄な物が置かれていない自宅を思い出し、言い止まった。
「理恵、荷物運びは俺が手伝おう。今日の夜間のうちには引っ越しを完了させる。業者は手配済みだ」
三輪は腕時計を見た。
「三輪さんまで‥‥いくら荷物が少ないからって」
テリーは三輪の方を振り返った。
「清掃業者はあと3時間後に来るわ。それと電気が通れば空調システムは蘇るし、地下階は今日中にクリーニング完了よ」
凛子がテリーの肩に手を置いた。
「‥‥ボクに権利は無いんですか‥」
テリーはボソッと呟くと、大人三人が黙り込んだ。
暗知は片膝をつき、テリーの両手を握った。
「すまない、これが私たちの役目なんだ」
「‥‥暗知!」
三輪が静かに声を荒げた。
「ボクに隠し事があるんですね?」
テリーは暗知の目をジッと見つめた。
暗知は黙って頷いた。窓から差し込む夕陽が眼鏡に反射し、テリーは暗知の表情を読めなかった。
「わかりました。従います。ただ、気になった事は根掘り葉掘り聞かせてもらいます」
テリーは暗知の手をゆっくり振り解いた。
「『eimy』の事件以来、生活拠点を変えなくてはいけなくなった‥‥。理由はわかりませんが、あの事件に関係する事があったのだと思います。ボクに黙って解決しようとしていましたし‥‥‥」
テリーは三輪を見た。
三輪は目をつぶっている。
「新たな事務所、兼自宅も内見と称して事前に決まっていた。このスピード感は異常です。まるで何かに追われているみたいです」
テリーは凛子を見た。凛子は腕を組み、目を合わせなかった。
「いずれにせよ、ボクは何かから御三方に守られていると推測します。ただ、真相を教えて頂けない以上、ボクなりに調べさせて頂きますのでご承知おきの程よろしくお願いします」
テリーは深々と頭を下げた。
「血は争えないね‥‥」
暗知は立ち上がると三輪、凛子に視線を送った。二人とも小さく頷いた。
「では、荷物の整理からですかね‥‥『アメフラシ』はデリケートなので、プチプチを多めに用意して欲しいです」
テリーは愛用ベッドの大きさを三輪に説明した。
「わかった。エアキャップを多めに用意しよう」
三輪は頷いた。
暗知は凛子と契約書の手続きに、三輪とテリーは荷物をまとめる為、物件を後にした。
暗知の事務所は移転先を決定した。
テリーの自宅でもある為、事務所に仕事関係の客人を迎え入れることは禁止することにした。
テリーは三輪と3時間で荷物を運び終えると、次に凛子主導のもと、清掃業者の対応をした。
思ったより時間がかかったが、深夜2時には寝床につくことが出来た。
テリーは疲れを通り越して、興奮状態の身体を静めるため、お気に入りの本を開き横になった。
無事に電気も通り、換気・除湿設備が稼働していた。快適かつ静かな地下の部屋は、容易くテリーを深い眠りにつかせた。
その夜、テリーは久しぶりに両親の夢を見た。
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