じつは実話です。その4 一の鳥居と二の鳥居のあいだ

大人になり、海の近くの町に引っ越したばかりの頃、私は一の鳥居と二の鳥居のあいだに住んでいた。

海に面した急坂の途中にある家で、家を出て坂を見下ろすと石造りの大きな鳥居のすぐ向こうに海が広がっていた。

海になじみの薄かった私にとって、近くに海のある生活は新鮮だった。

潮風も、海岸に干されたわかめも、季節ごとの地域の伝統行事も新鮮。

行きかう人々の歩みはのんびりしているし、犬ものんびりしているし、カラスではなくトンビが電柱に止まっている風景も新鮮。

おかげで旅行にでも来たような気分で”近くに海がある暮らし”を満喫していたが、ちょっと困ったこともあった。

自転車がまたたく間に錆びるのとカビが発生しやすいこと、それからほんの少しの怪異である。


ほんの少しの怪異。怪異と呼んでいいのかどうかというほどの些細なことだが・・。

それはリビングのコタツでうたた寝をしたときにのみ発生した。


一人でリビングのコタツで寝ていると、玄関に続くリビングの扉から濃密な空気の塊が入ってくる気配がする。

とてつもなく濃い、ただものではない感じの空気の塊がどんどん近づいてくる。

やがて寝ている私は、一分の隙もない空気の塊にぎゅうぎゅうと押しつぶされて、鼓膜もふさがれ、ゴウゴウと風が渦巻くような音の中で空気の塊が過ぎ去るのを待つ・・。

というのが何度かあった。


おそらく、こたつなんかで中途半端に寝ているからそんな感覚になったのだろうが、

今更ながら、あの只者ではない感じの濃密な空気は、神様だったんじゃないかと思ったりもする。


実を言うと、私は鳥居の中の家に引っ越したにも関わらず、鳥居の先の神社にあいさつに行っていなかった。

『無礼ものめ』と、神様が私をぎゅうぎゅう踏みつぶしに来ていた可能性は十分にある。

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