第三章 第128話 執行部

 オズワルコスに「確保」の合図を出したかがみ龍之介りゅうのすけは、もう今後のことに思考が移っていた。

 言わば、戦後処理である。


 とりあえず抵抗勢力は全員、先ほどの黒瀬くろせ真白ましろたちと同じように、レアリウスに送られることになるだろう。

 そこで何がおこなわれるのか――詳しく知らないのは本当の事である。


 唯一ゆいいつ引っ掛かっている、この場にいない二人――上野原うえのはられい御門みかど芽衣めいについては、現状ではひとまず捨て置くしかない。

 たかが小娘二人、とあなどるつもりはない。

 未知の組織か何かが関わっていることは、明白だからである。

 オズワルコスには事情を伝えてあり、調査の結果、詳細が判明すれば報告するよう話はついているのだ。


 天方あまかた聖斗せいとについても、同様である。

 素人目しろうとめにも、あの状態から助かるものとは到底思えない。

 ここは日本のように医療が高度に発達しているところではないのだ。

 仮に命を拾ったとしても、大きな障害にはなり得ないだろう。


 自らの教え子を、直接手をくだしたわけではなく、かつ偶発的な出来事だったとしても、結果的に死に至らしめた――その事実が龍之介の精神の水面みなもに、わずかばかりの波紋すらしょうじさせなかった、というわけではない。


(……今さらだな)


 しかし、彼は障害――あらゆる意味で――の排除という点において、年齢で対応を変えるという考えはもともとなかった。

 仕事においても、プライベートにおいても。

 そして――――あの・・神代かみしろ清二せいじの息子である朝陽あさひについても、本田ほんだすみれとの息子……優吾ゆうごについても。


 久我くが英美里えみりは……あれはもうダメだと判断せざるを得ない。

 良心の呵責かしゃくから告発するに至ったようだが、執行部のほかの者たちと違って、彼女はなかばハメる形で仲間に引き入れたのだ。

 いずれこうなるだろうことは、龍之介も魁人かいとも想定済みだった。


 魁人と言えば、そろそろ回復しているだろうと彼は考えていた。

 目がめていれば、校長室で待機している者たち・・・・・・・・・と共に行動するだろうし、覚めていなければそれはそれで、別に問題ない。


 チームで物事を進めるにあたって大切なのは、必ずしもいちいち細かく行動を決めておくことではない。

 目的とする結果と方針をはっきりさせておくことなのだ。

 状況に応じて、魁人は最善の選択ができる男だと龍之介は評価している。


 ただ一点いってん、彼の山吹やまぶき葉澄はずみに対する異常な執着だけは、思いもよらない事態を招きかねない懸念材料ではあるが……その執着があるからこそ、魁人の協力が得られているのも事実である。

 そこから目をそむけるべきではない。


 久我純一じゅんいちは現状、執行部側でただ一人、ザハド方面との意思疎通ができる貴重な人材である。

 オズワルコスもある程度日本語をかいするが、あくまで彼はレアリウスの人間。

 すべての利害が一致しているわけではないのだ。

 ゆえに、純一とはこれまで通りの関係を続けることが望ましいと言えるが――ここに来てリスクが増大している。


 元々彼は、ザハドの食堂で店員として働いている、何とかと言う娘への執着と、八乙女やおとめ涼介りょうすけに対する複雑な感情から、協力することになった人物だ。

 食堂で働く娘については「目処めどが立った」ようであるし、彼の娘である瑠奈るなが八乙女涼介に自らついていったことで、涼介に対する敵愾心てきがいしんがより増していると考えれば、裏切る心配は少ないと言える。


 しかし、先ほどらいの英美里の様子を見て、妻にほだされていないとは言い切れない状態だ。

 確かめなければならないだろう。


 ――そして、ある意味問題なのは……秋月あきづき真帆まほである。


 秋月真帆は、確かに龍之介のかつての教え子であった。

 小学五年生の彼女を担任した時、彼女の父親が職場で起きた不幸な事故のため、帰らぬ人となるという事件があった。

 当時、既に十年以上教職にいていた龍之介だが、受け持った子どもの保護者が亡くなるということは初めてだったので、記憶に残っていた。


 龍之介は親身になって、真帆のケアに努めた。

 別に何か後ろ暗いものがあってのことではなく、純粋に仕事として。

 その甲斐あって、非常に落ち込んでいた彼女も立ち直ることが出来たのだ。

 元々龍之介は、真帆も含めた教え子たちからはしたわれていたが、事件以降、以前にも増して真帆は龍之介になついていった。

 その心情は龍之介にもよく理解できたので、差しさわりのない程度であれば彼女の好きにさせていた。


 それから十年以上ち、真帆は龍之介が勤務する今岡小学校へ、新規採用者として赴任してきた。

 これもただ単純に、偶然の産物である。

 龍之介は最初、どこかで聞いたことがある名前程度の認識だったが、職員室でおこなわれた着任の挨拶の時、新採の女性の、自分を真っ直ぐに見つめる瞳を見た瞬間、鮮明に思い出したのだ。

 彼女がかつての教え子であるということを。

 実際に直後の挨拶で、真帆は何ら躊躇ためらうことなく、龍之介が自分の恩師であることに言及していた。


 彼女が聡明そうめいだったのは、かつての関係はそれはそれとして、職場ではきちんとわきまえた態度を取っていたことである。

 教師としてのアドバイスを龍之介に頼ったりせず、自身の指導教諭である花園はなぞの沙織さおりから真剣に受けていたし、仕事にも熱心に取り組んでいた。

 歓迎会や運動会など行事の打ち上げがあっても、酔いに任せてべたべたするような真似もせず、かと言って不自然に距離をとるわけでもなく、笑顔を浮かべながら懐かしい思い出話に花を咲かせたりするのである。


 立派な若者に育った――――龍之介を含め、周囲の評価はとても良好だった。


 そしてそれは、この異国の地アリウスに転移してからも変わら……なかったのだろうか。

 少なくとも、朝霧あさぎり彰吾しょうごがザハドで、アウレリィナ・アルヴェール・ヴァルクスから何かしらの情報を得たことを龍之介がつかむまでは、変わっていないように思えた。


 しかし龍之介には、彰吾が何を知ったのか分からずにいたあいだ、自分でもおかしいほど心がもやもやとし、無性に苛々いらいらしていた時期があった。

 その感情を努めておもてに出さないようにしていたつもりだったが、いつだったか突然、真帆に言われたのだ。


 ――私はどんな時でも、鏡先生の味方です……と。


 今でも彼女の心のうちの本当のところは、龍之介には分からない。

 推測することは出来るが、それを元に行動するつもりもなかった。


 ただひとつ確かなのは、真帆は、魁人や純一のように自分と利害で繋がっているわけではなく、龍之介のしたことを知った上で、何の見返りも求めることなく、納得ずくで従っているということである。


 職員室が転移した原因の一端いったんが自分にあるという事実を、龍之介は執行部のメンバーにも伝えていない。

 しかし真帆だけは、仮にそれを知ったとしても何も変わるまい――と、龍之介はなかば確信めいたものすら持っている。

 いずれにしても、自分より二回りも年下である真帆のことだけは、これからどう扱っていくべきなのか、今ひとつ確固たるものを持てないでいる龍之介なのだ。


(……ん?)


 今後のことを考えながら、つい思考に沈んでしまっていたが、大して時間は経っていないはずである。

 時間にして、ほんの数秒と言ったところだろう。


 何とも取り留めのない回想をしてしまったが、




 ――――――カチャリ。




 校長室へつながるドアのノブが小さく音を立てて回った。




 そして、扉が音もなくひらき始めると、中から濃灰色のうかいしょくのフードをかぶった何者かが姿を現した――――――

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