第三章 第64話 角型封筒
茜色の窓の外は、部屋の中をも染め上げている。
今は彼女一人。
何かあった時のために、どちらかは保健室になるべく常駐するようにしているのだが、手伝いに出るのは
「大分暗くなってきたわね……」
独り
夕焼けの色と影に染まっていた室内を、
と、同時に保健室のドアがガラリと
そこに立っていた人物を見て、真白は驚いた。
「……
壬生
全身の筋肉が
「黒瀬さん」
「……何でしょうか」
それでも彼女は気丈に、内心の緊張をおくびにも出さずに返事をする。
見た目は
「今日はちょっと頭痛が
「頭痛、ですか」
普通の用事か……。
真白は内心で安堵のため息を
「熱はありますか?」
「いや、ないと思う」
「
すぐに対処してもらえると思っていたのか、魁人が次に発した言葉には明らかに苛立ちがこもっていた。
「そう言うのはない。たまに起きるんだよ、頭痛。自分の薬を持ってたんだが、こないだ飲んだやつで終わってしまったんだ。薬はないのか?」
「先生
「何だって!?」
「壬生さんもご存知なかったんですね」
「何とかならないのか?」
全く、よくも平気で私に頼みごとなど出来るものだ――真白は心中で毒づく。
何なら、もっと頭痛が酷くなるように呪いをかけてやりたい――
「――私の
しかし、意に反して口をついて出たのは真逆の言葉だった。
心の中でやれやれと、自分の甘さこそを呪う真白。
ところが、
「あるんだったら最初から出せばいいんだ。こっちは
と言う魁人の
机の引き出しを
「どうぞ! それを持ってさっさと出て行ってください!」
「ふん」
真白の怒りに毛筋ほども心を動かされた様子を見せず、机上に置かれた薬をひったくるようにして手に取り、魁人は保健室を
静寂が戻った室内で、真白は肺の中の空気を
何てやつ!
わざわざ心を乱すような物言いをする魁人に、腹が立つやら悔しいやら。
真白は頭をふるふると振ると、薬のあったのとは別の引き出しを
表には「遺書」。
達筆だが、どこか苦痛に
その隣には、ガーゼでぐるぐる巻きにした上で、ビニール袋に入れた
真白は、先ほどのように嫌なことがあると、いつもこの文字を眺めていた。
そして、その
封筒を手に取る。
特に封をされているわけでもなく、フラップも折られてはいない。
手触りから、中には恐らく更に小分けした封筒が入っているだろうことを察していたが、まだ確かめたことはなかった。
真白は何となく、封筒を
彼女の想像通り、いくつかの封筒が折り重なった影がぼんやりと浮き上がる。
(きっと、奥さんやお子さんそれぞれに書いたんだろうな……)
彰吾の家族構成は知らないが、何となくそう考えつつ、遺書を
(遺書かあ……)
自分がそんなものを書いている姿など、ついぞ想像したことなどなかった。
もちろん今だって書くつもりは、ない。
それでも……彼女の
(……和馬くん)
もし今、遺書として彼に伝えることがあるとしたら、何だろう。
突然いなくなってしまったことの謝罪?
彼の一人暮らしに対する心配?
もし帰ることが出来なかった時のために……別の、人と――――
そこまで考えて、真白はじんわりと涙が
慌てて
「あっ……」
その時、手に持っていた封筒を落としてしまう。
床に落ちた封筒の口からは、更に小さな茶封筒が顔をのぞかせていた。
いけないいけない――と言いながら、真白は身をかがめて落としてしまったものに手を伸ばした。
はみ出ていた茶封筒の表に書かれていた文字が、目に入る。
――暁へ
(暁……あきら、かしら? 息子さんかな)
興味を
もちろん、中身を読むようなことはせずに。
中に入っていたのは、全部で四通。
(静子へ――しずこさんだろうか。奥さん?)
(くるみへ――こっちは娘さんかな。可愛らしい名前……やっぱり静子さんはきっと奥さんね)
そして最後――――――そこに書かれた文字を見て、真白は息を呑んだ。
――この封筒を見つけられた
「これって……」
文字通り解釈すればこの場合、それは自分
私?
読んでいいのだろうか?
いや、ここまで来て読まずに戻すのはあり得ない。
私が見つけたのだから。
真白はそう考えると、ハサミを取り出して、糊付けされた封の上部を丁寧に切り取った。
中には、一枚の
すぐさま取り出そうとして、彼女はふと考えた。
(読んでいるところを、決して見られてはいけない)
今のところ、朝霧彰吾が遺書を残していたことを真白は誰にも話していない。
協力者であるはずの
遺書ならば当然、届ける先は遺族であるので、他人が知る必要などない――そう考えていた
何が書かれているかは分からない。
内容を誰かに伝えるかどうかの判断は、読んだ
真白は自分の直感を信じた。
彼女は
鍵と四通目の封筒をポケットに入れ、LEDランタンを手にして保健室を出た。
向かう先は、自分の個人スペース。
◇
そして黒瀬真白は、驚愕の事実を知るのだった。
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