第七章 第27話 突発的事態

 そんなわけで、階下かいかの食堂で夕食を食べた。


 リィナはそのまま店の手伝いにり出されたので、俺たちは二人で元の部屋に戻ってきた。


 腹がくちくなって眠気がおそってきたのか、瑠奈るなは隣のベッドですやすやと寝息ねいきを立てている。


 まあ学校をってから、夕方近くまで歩き詰めだったってのもあるだろう。


 現金なやつだな……と、いとけない寝顔を見て、ふと思う。


 ――俺はこの子を両親から引き離してきてしまったんだなあ。


 事情は黒瀬先生から聞いたし、先に出発した俺を追いかけてきたのも瑠奈自身だ。


 無理やりさらったわけじゃないにしても、その状況を受け入れたからにはもう、俺の意思で決めたも同然。


 まさか子連れ状態になるとは思ってなかったから、一人ならどうとでもなるだろ的なお気楽道中が一気いっきに難易度を増した。


 とは言っても、もうぐだぐだ愚痴ぐちる気はない。

 この子を守っていこうと思う。


 で、だ。


 これから俺がすべきこと――日本に帰る方法を見つけること――のために、行動指針を立てる必要があるわけだが、その大事な判断材料がこのスマホだ。


 正確に言えば、スマホにコピーしたデータだ。


 幸い、自分のスマホを持っていくことは認められた。

 だけどもう充電することは出来なくなってしまった。


 正確には、いつも持ってたモバイルバッテリー二つがあるから、その充電分がきたらおしまいってことだ。


 まあ当面の間この世界で生活していくのに、スマホなんてらないとは思う。

 ふん単位で時間を管理することもないしね。


 ただ、何かを調べたくなった時にオフラインで閲覧えつらんできるようにしてあるウィキペディアは役に立つかも知れない。


 自然放電はどうしても防げないからいつかは使えなくなるけど、これからは電源は落としておいて、なるべく長持ちするようにしよう。


 その前に――例のデータを確認しなければ。


 ――校長先生が、ある意味いのちしてまで俺に託したものだ。


 ファイルは二つ。


 作成日時が古いほうから、再生してみようと思う。


    ☆


「マジかよ……」


 ――全てを聞き終えた俺は、またしても頭をかかえこむことになった。


 今なら、あそこまで憔悴しょうすいしてしまった朝霧あさぎり校長の気持ちが痛いほど分かる。


 ファイルの内、古い方はどうやらこの山風さんぷう亭のどこかで録音されたもの。


 校長先生ともう一人の人物が会話・・していた。


 少しだけ音がくぐもっていたけれど、内容はしっかり聞き取ることが出来た。


 新しい方は、恐らく校長先生が保健室で独白どくはくしたものだ。


 ――結論から言うと、手掛かりは――あった。


 何しろ、俺たちがこの世界に転移することになった理由・・・・・・・・・・・・が語られていたからだ。


 しかも、そもそもの原因が――


「せんせー!!」


 突然瑠奈るなね起きて、叫んだ。

 そのまますっ飛んできて、隣りのベッドに座る俺にしがみつく。


「なっ!」


 俺は彼女の勢いでベッドに押し倒され、反動で再び起き上がった。

 起き上がり小法師こぼしのように。


「ど、どうした瑠奈!?」


 瑠奈は何も答えず、俺の腹に顔をこすりつけていやいやをするばかり。

 わけが分からない。


 何かこわい夢でも見たのだろうか。

 それにしてはやけに切迫せっぱく感が――


 ドガシャン!!


 ガラスがくだけ散る音と同時に、天窓から物凄ものすごい勢いで何者かが飛び込んできた。


 咄嗟とっさのことに俺は瑠奈をかかえたまま全く動けず。


「こ、こここ今度は何だァ!?」


 その人物は床をごろごろところがり、壁にぶつかって止まった。

 そのまま、動かない。


 俺は近寄っていいものかどうか判断にあぐねた。

 瑠奈が一層いっそう強く、顔を押し付けてくる。


 すると、その人物は「うう……」と小さくつぶやきながら、ゆらりと立ち上がった。

 い灰色のフードローブを身に着けてて、顔が見えない。


 フードの中の眼が、こっちを見る。


 ――その双眸そうぼうが、剣吞けんのんな光をたたえているように見えた。


 俺は瑠奈を無理やり引きがし、後ろのベッドになかほうり投げた。


 手近てぢかにあった……まくらを手に取って、立ち上がる。


誰だヴィーア!」


 俺の誰何すいかには答えず、その人物は腰から短刀たんとうのようなものを引き抜いた。


 ――マズいぞ……。


 刃物を持った相手に、無手むてで立ち向かえるわけがない。

 格闘家とか言われる人たちですら、まずは逃げろと言うらしい。


 俺みたいにちょっと空手をかじった程度の腕前では、どうにもならないだろう。


 相手が短刀を逆手さかてかまえた。

 ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 やばいな……冷汗ひやあせが止まらない。


「瑠奈」


 俺は背中にいるはずの彼女に話しかけた。


「俺が食い止めているあいだに、お前はここを出て一階まで行くんだ。出来ればペルに助けをあおげ。分かったか」


 瑠奈がすごい勢いで首を横に振るのが伝わってくる。


「聞き分けてくれ。このままじゃ二人ともやられちまうから……なっ!!」


 俺はそう言うやいやや、持っていた枕を相手に思いっきり投げつけた。


 至近しきん距離にも関わらず、その人物は軽く手ではたいてけて見せた。


「今だ! 行けっ!!」


 俺は正面の相手に飛びか――


 ダンッ!!


 目の前の視界を、上から黒い影がおおった。


 ――見ると、別の人物が短刀のやつを押さえつけている。


 不意を突かれたからか、そいつはあっという間に組み伏せられ、手に持っていた短刀を蹴り飛ばされていた。


 そして新たな人物は何と……うつぶせになった相手の両腕を一本ずつじり上げ、躊躇ちゅうちょなく折った!


「ぐわっ!!」


 ゴキリとかボグンとか言う、気味の悪い音がひびいた。


 最初に飛び込んできたほうは、痛みにのたうち回っている。


 後から来た方が、どこからかロープのようなものを取り出し、相手が痛がるのも構わずに手足を拘束こうそくし始めた。


 俺は何が何だか理解できず、棒立ち。

 瑠奈も後ろから俺に抱きついたまま、身動みじろぎすらしない。


 そして……後から来たほうが、最初の短刀野郎――フードが取れてあらわれた顔は、俺と同年代くらいの見知らぬ男のものだった――をしばり終えると、立ち上がって言った。


ユニタオーナだいじょうぶ?」


 それは――女性だった。


 こちらも初めて見る顔だ。

 助けてくれた、と考えていいのだろうか。


 いや、まだ分からんぞ。

 目の前でけものが別の獣に食い殺されたって、食い殺した方が味方とは限らない。


 俺は慎重しんちょうに返事をする。


「ヤ、ヤァはいマロースありがとう


 女性は特に表情をくずすこともなく、小さくうなずくだけだった。

 後ろにいた瑠奈が、そろそろと俺の横に立つ。


パルイムヴィーアタユニあなたはだれですか?ルテームどうかおしえて


リユナス、マリナレスわたしはマリナレス。マルグレーテ・マリナレス」


 すると、彼女は右手を差し出して言った。


テスキウスあなたのみかただ

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