第七章 第26話 サブリナの憂い

 時は一日だけ巻き戻り――


 学校を追放された八乙女やおとめ涼介りょうすけ久我くが瑠奈るなは、山風さんぷう亭の一室にいた。


 荷物は最低限と言えども、路銀ろぎんはそれなりにあった。


 何度かザハドを訪れたそのたびに、リューグラムから支給された現地通貨がたくさん残っていたのだ。


 山風亭の朝食は大銅貨バル・コビリス三枚で食べられる。

 日本円にして、およそ三百円だ。

 エレディールでは三百ハーネルと言う。


 その大銅貨五百枚分の価値がある金貨オリスを、八乙女は何十枚も持っている。


 贅沢ぜいたくさえしなければ当面の生活に困ることはない。


    ◇


「さて……これからどうしたものかな」


 俺は山風亭に、とりあえず一晩の宿を求めた。

 と言うより、他の宿を知らない。


 ここなら宿の主人たちと面識めんしきはあるし、泊まりれたと言っても過言かごんでない程度には何泊も世話になっている。


 ただし面識はあると言っても、たかだか数ヶ月の付き合いに過ぎないから、あんまりこっちの事情に巻き込まないようにとは思っていた。


 それなのに、ペルたちはこころよく俺たちを迎えてくれた。


 部屋のランクとかはよく分からないけど、最上階――と言っても四階――の二人部屋だ。


 天窓てんまどの向こうには、もう星がまたたき始めている。


 ま、ちゃんと宿代は払ってるし。

 当たり前だけどさ。


 で、だ。


 今は俺はベッドに腰かけている。

 隣りには、少女が二人。


 ――そう、二人。


 左側に瑠奈るな

 右側に、リィナ。


 仕事がら、子どもが身近みぢかにいることには慣れっこではあるけど、何か変な感じだ。

 もちろん、おかしな気など毛筋けすじほども起きない。


 ただ、こうして宿に落ち着いて気持ちに少し余裕が出来ると、自分が置かれている境遇きょうぐうに改めて妙な感慨かんがいおぼえるわけだ。


 ……追放ついほうだぜ?


 一般社会で生きていて「追放」されることなんて、普通あるか?

 馘首クビとか免職めんしょくとかなら分かるけどさ、追放って……。


 しかもその原因が冤罪えんざいでなんてさ。


「りょーすけ」


 それでも、自分でも不思議なほどに悲壮ひそう感はない。

 理由はよく分からないんだよな……。


 一つだけはっきりしてるのが、罪の重さを全く感じていないからってことだ。

 何しろ俺はやっていないんだから、気にむ必要が全くないのだ。


 校長先生をいたむ気持ちは、当然ある。

 あんな死に方をしていい人じゃなかった。


 そして、手をくだした奴らに対しての怒りも、ある。

 当たり前だろう。


 俺をハメた奴らだ。

 復讐ふくしゅう心だって、心の奥底でめらめら燃えているさ。


「りょーすけ!」


 で、問題なのは何故なぜ校長先生が死ななきゃならなくて、どうして俺にその罪が着せられたのかってことだ。


 その答えは、きっとこいつ・・・の中にある。


 ――俺は自分のスマホをにぎりしめた。


 校長先生からたくされたスマホを持ってくることは出来なかったが、先に該当がいとうデータを俺のスマホに転送しておいたのだ。


 これから俺はこのデータを確認し――


「りょーすけ!!」


 バチン!


「いてっ!!」


 背中を思いっきりひっぱたかれた。


 見ると、リィナがほっぺたをぷうと膨らませて俺をにらんでいる。


 瑠奈は、はぁ……と溜息ためいきいている。


「すまんすまん。ちょっと考えごとをだな」


「りょーすけ、はなしを、ちゃんと、する!」


「分かったって……それにしても、リィナも大分だいぶ日本語が上達じょうたつしたな」


「じょうたつ……なに?」


上手うまくなったってことだよ」


「もう!」


 もう! だって。


 感動詞かんどうしを自然に使えるのって、相当にレベルが高いだろ。


 もしかしたらこの子は言語方面に大きな才能があるのかも知れないな。


 吸収力と応用力が半端はんぱじゃない。


 恐らく、精神感応テレパシー併用へいようしながら会話してることも大きいと思う。


 つまり、口で話すと同時に、同じ文言もんごん魔素線ギオリアラを介して送っているんだ。


 精神感応だけだと話す力がみがかれないから、少なくともリィナやシーラたちと話す時にはこうするようにしている。


「りょーすけ、これから、こうどう、かんがえなければいけない……でしょ!」


 でしょ! と来た。


 多分これ、山吹さんとか芽衣あたりの真似まねからなんだろう。

 使いどころがにくいくらい正確だ。

 大したもんだよ。


「分かってるさ、心配してくれてるんだよな。ありがとう、リィナ」

「そうよ。わたし、しんぱいしてる!」


 おまけに変な外連味けれんみもなく、真っぐな性根しょうねだ。

 きっと将来、いい女になるだろうな。


「でもな……これからのことって言っても、特に決まってないんだよ」


「きまって、ない」


「そう。一応、しなければいけないことは決まってるんだ」


「それは、なに?」


「もちろん、元の世界に戻るための方法をさがすことさ」


「そう……」


 何となくしずんだ彼女の気持ちが伝わってくる。

 あまり帰って欲しくない、らしい。


「でも、その方法をどうやってさがすかが分からないんだ。何から始めたらいいのか分からないから、行動が決められない」


「せんせー」


 瑠奈が俺の服のすそを引っって言った。


「おなかいた」

「ヴォッド!?」


 リィナが目を丸くしている。


「るぅな、ことばはなす、はなしている!」

「ああ」


 瑠奈がリィナを見てにっこり笑った。

 リィナが珍しくおろおろしている。


 場面緘黙かんもく症の彼女が俺の前で初めて言葉をはっしたのは、今日の午前中。


 学校を先に旅立った俺を、呼び止めた時だった。


 おおとうとうしゃべってくれたかと感動したのもつか、森の中を歩いている時も基本的にだんまり。


 今みたいに腹が減ったとか、トイレに行きたいとか、結局は生理現象が起きた時くらいしか口をひらかないのだ。


 まあ……それでも今までに比べれば雲泥うんでいの差なので、嬉しいのに変わりはない。


「最近、ちょっと話せるようになったんだ」

「それは、よい、よかった」

「ご飯」


 瑠奈が言うように、もしかしたらそろそろ夕飯時ゆうめしどきか?

 左手のスマホを見ると、午後六時まであと五分ほど。

 例のデータを確かめるのは、メシのあとにゆっくりするかな。


「リィナ、瑠奈もこう言ってるし、そろそろ夕ご飯を食べようと思う」


「ヤァ、分かった」


「それじゃ、したりよう」


 瑠奈がこくりとうなずいた。

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