第三章 邂逅

第三章 第01話 サブリナ・サリエール

 カーン……カーン……カーン……カーン…………


 四時鐘よじしょう(十二時のかね)が鳴るのが聞こえる。

 お昼ごはんミラウリスの時間だ。


お母さーんマァマー、お腹空いたー」

 すきっ腹を押さえながら、私は厨房キナスに飛び込んだ。


「何です、はしたない。お客さまクリエの前で」

「お客さんなんて今いないじゃない。いつものことだし」

食事ミルのお客さまが来るでしょ?」


 ここは、このバジャ「ザハド」に何軒かある宿屋ファガードのうちの一つ、「山風亭プル・ファグナピュロス」。


 私はそこの一人娘のサブリナ。

 十一歳イシス・イェービー女子アルフェム

 みんなはリィナって呼んでる。


 濃い目の金色オリィで少し波打ってるハールを、後ろで適当にたばねてる。

 おしゃれはしたいけど……動きにくいのは嫌だから。

 アルノーヤルウァは、お母さん譲りの藍緑色トルヴェール


 いつも午前中プリムスーラ学舎スコラート(がくしゃ)にかよってるんだけど、今日ロスはカウ・アウリスの五日目(中旬ちゅうじゅんの五日目=十五日)でお休みディニヤーズ


 だからこうしてサーヴから店番をしてるってわけ。


 店番と言っても、普通は午前中からお客さんが来ることはあまりない。

 朝ごはんミルサーヴを食べて出発する人はいるけどね。


 ここザハドは、山間やまあいひらけたところにある町で、特に岩塩が有名……らしい。

 

 だから観光客クリエトールはちょくちょく来るし、商人エムルカも割と多い。


 町の大きさは――どうなんだろ。

 他のところに行ったことがないから、私にはよく分からない。


こんにちはサリエーテ~」

「あ、いらっしゃいませサヴァート


 あー、お客さんが来ちゃった。

 先にお昼ごはん食べたかったんだけど、しょうがないか。


 ――大抵の宿屋と同じように、うちも食堂ピルミルをやっている。


 っていうか、そっちの方がよっぽど流行はやってるんだよね。

 宿屋のお客さんもそこそこ来てくれるけどさ。


 そう言えば、こないだから長期滞在ヴェンクェドラしてる女の人フェムたちがいたっけ……。


「おう、こんちはーサリエーテ!」

いらっしゃいませサヴァート!」


 次から次へとお客さんが入ってくる。


 私の仕事は、注文アッセを取って給仕スタライをすること。

 厨房の中ではお父さんダァダお母さんマァマ調理クキュール盛り付けポルテを頑張っている。


「リィナちゃん、注文アッセいい?」

はーいヤァ

「リィナ、ヒツジアルディアック煮込みハニーナ上がったから、持ってって!」

はいヤァはーいヤァ

「リィナちゃん、エールピアットお代わりイシムーア!」

「はいはいはい」

「リィナちゃん!」

「はいはい、お待ちくださいアスピータルテーム!」

「リィナちゃんこっち!」

「はーい、今行きまーす!」


 ――――――――

 ――――

 ――


「――はあ、疲れた……」


 さっき、五時鐘ごじしょう(十四時)が鳴ってたから、二時間ウスノメンったのか……。


 私は今、しおれたほうれん草エピナルみたいにトラメサしている。

 あれだけいたお客さんたちもすっかりけて、今はすみの方でもそもそとパンパーオ頬張ほおばっているおじいちゃんノァメルードと――


「大丈夫? リィナ」


 ――私のちょうど向かいで、頬杖ほおづえついてこっちを見ている親友アプリア・メレのドルシラ。

 その二人ウスヴィルだけだ。


 ドルシラ・ギール――シーラとは、学舎で知り合った。


 学舎に通う子どもの年はいろいろだけど、あの子は私と同じ十一歳。


 赤みがかったクルーミィ茶色マッリィの、うらやましくなるくらい真っ直ぐに伸びた髪を、パラスにかからない高さで短くしている。

 前髪は真ん中ネトロより少しイウス側から斜めアミトルに分けていて、私が言うのもなんだけどとても同い年には見えないくらい大人ダーロスっぽい。

 瞳は私と同じシュルーミィ系だけど、この子はヴィエラじゃなくてパヴィリオがかった色をしている。


「もうダメ……寝たい」

「ま、いつものことよね」

「ひどいよ、シーラ……」


 私が学舎スコラートに行っている間は、近所のお姉さんアデルードレがお店の手伝いキルフに来てくれてるんだけど、こんな大変な思いしてるのよね……それでもあの人はお給金プラーカが出るだけいいのかな。


「お疲れとは思うけど、早くご飯それ、食べちゃったら? せっかくあつあつなのに、冷めちゃうよ」

「むう……」


 確かにこの子シーラの言う通りではあるので、のろのろと目の前の煮込みハニーナに手を付ける。


「もぐもぐ……で、あんたシーラはどうしたの? 学舎スコラートがない日はシルヴェスに行ってるんじゃなかった?」

「うん、そうなんだけどね、今日は何だかお客がついたらしくてさ」

「お客?」

「そ。ほら、ちょっと前にこの町ザハドにやってきた女の人フェム。ここに泊まってるんでしょ?」

「ああ……あの人たちね」


 私は数日前からうちに逗留とうりゅうしている二人の人物のことを思い出した。


 受付はお母さんがしたから詳しいことはよく知らないけど、一人はうちに手伝いに来てるセリカねえと同じくらいの年に見える。二十代前半かな。


 もう一人は多分、御者コチェロ(ぎょしゃ)。

 この人も似たような感じじゃないかな、年。


 あとは全然分からない。

 夜になって戻ってきた時ぐらいしか顔を合わせないんだもん。


「それでその人たちが、何の用で?」

「そりゃあうちのパパダァダのお客って言ったら、西の森シルヴェス・ルウェス案内グヴィダードしかないじゃない」

「そうだけど、だから何の用事でってこと」

「さあ。あたしは何も聞かされてないから」


 ドルシラのイル猟師ロヴィク(りょうし)をやってる。

 猟場りょうばはあちこちあるらしいけれど、おもに西の森で狩ることが多いんだそうだ。


 ただ、そこ西の森領主様ゼーレとか代官様セラウィス許可ルミッサして頂かないと立ち入り禁止なのよね。


 シーラたちみたいな猟師ロヴィクだったり、アーボを作ったり、材木リグニス野草ディグラをとったりするような……言わば森で働く人たちシルヴェスタにしか立ち入りが許されないって聞いてるんだけど……。


「そうね。でも普通に連れ立って出かけていったから、許可はりてると思うよ」

「なるほど。じゃあそれはいいとして、あんたは何でうちに?」

「お昼ごはんを食べにだよ。あと、遊ぼ?」

「いいけど」

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