第46話「無自覚は恐ろしきかな」

 全体の七割が森林に浸食されている第二階層の廃都市。

 このマップには一つだけ地下空間が存在する。


 セカンドエリア内で、一番大きな廃墟ドームの中。

 内部を侵食している森林の入り組んだ迷路を抜けた先には。


「こんなの初見で分かるかバカ野郎」


 と言いたくなるくらい、大木で陰になっている場所に地下の入り口がある。


 構造としては鍾乳洞しょうにゅうどうに近い。

 中央には金属を無限に採掘できる巨大な石の塊があり、これをツルハシで叩くと〈鋼片〉がドロップする。

 これは一人当たり採掘限界数が設けられていて、一日当たり100個しか採れない。


「ふっふっふ、でも実はメタちゃんとガーディアン君に手伝ってもらえば300個入手できるんだよね!」


 使い魔は個別にカウントされるのだ。

 なんて素晴らしい仕様!

 目を輝かせながらボクは、メタちゃんとガーディアン君の三人でひたすらツルハシを振り下ろす。


 最近追加されたプリセットをフル活用。

 採掘中はスカートではなく、動きやすい短パンとタンクトップ姿。

 モンスターが出て来てもショートカット設定で一秒掛からずフル装備にできるから、今は気兼ねなく色んな恰好ができて嬉しい。


 ツルハシを叩きつけながら、邪魔にならないよう後ろに束ねたポニーテールが揺れる。

 周囲の空中をふよふよ浮いているのは、自動追尾に設定している配信カメラ。

 ボクが一つアクションをする度に、表示しているコメント欄に視聴者達の大きな歓声が流れていく。


 ──そう、この度色々な事にチャレンジする為に、ボクは数日前から採掘活動を配信で流しているのだ。


 だから隣にいるガーディアンが使い魔になっている事は、既に第二階層を攻略している最中で全プレイヤーに知れ渡っている。

 一部からはユニークモンスターを二体率いる、チートガンブレイダーと陰口を叩かれているけど。


 実際にチート級の戦力なのだから、そう呼ばれても仕方がない。

 誰しも特別なモノには嫉妬する。

 ボクだって最近は友人達の胸を見て、大きくて良いなぁと思ってこっそりマッサージを始めたのだから。


「ふぅ……かれこれ1時間か。あれ、ちょっとカメラが汚れてるので拭きますね」


 ストレージから出した専用のピンクタオルを手に、カメラを掴んで丁寧に壊れ物を振れる感じで全体を拭き掃除する。

 ピカピカになったら手放し、また少し距離を取った位置に浮かんだ。


「……なんか、みんなハイテンションになってる」


 うおおおおおおおおおおおおお、と謎の雄叫びを上げる視聴者達。

 ニコニコしながらボクは、その光景に内心で首を傾げた。


 拭き掃除しただけなのに、大いに盛り上がるとは。

 フルダイブしている人達は、顔を拭かれるような感じで不快感の方が勝ると思うんだけど。


 うーん、配信業は奥が深すぎて未だに理解しきれていない。


 配信業世界三位のソフィアさんは素質があります、と言ってくれたけど。

 一体どこに素質を見出したんだろう。

 考え事をしているとメタちゃんが、リズムよく跳ねながら胸に飛び込んで来た。

 油断していた為、ビックリしてツルハシを地面に落としてしまう。


「うわっぷ……急にどうしたのメタちゃん?」


「メタ~」


「え、無自覚は恐ろしい? どういう意味?」


 意味深な事を言った後、メタちゃんはひとしきり撫でられて満足したのか飛び降りて採掘を再開する。

 チラッとコメント欄を見るが、視聴者さん達も全員メタちゃんの意見に全面的に同意していた。


「えー、と……取りあえず採掘しようかな」


『なるほど、これが清楚キャラというヤツなのデスネ』


「ガーディアン君、キミは急に何を言い出すんだ……」


『マスターの無垢な部分は貴重、世界遺産申請されるべきデース」


「それ適当に言ってない? 覚えたばかりの言葉を使いたいだけでしょ」


「そのトーリ、ネットは最高デス。外の情報を得られて実に有意義デース』


 使い魔生活エンジョイしてるなぁ、と呆れながらボクは採掘を再開した。







 安全エリアに戻る途中、いくつか黒い汚染を発見したので触れて修正しながらノースエリアに帰還する。

 宿屋に戻る前に、なにか情報が来ていないか一度道具屋に寄る事にした。


「いらっしゃいシエル、セラフペン買いに来たの?」


 先ず出迎えてくれたのは〈錬金術師〉でエルフ少女のアメリアさんだった。

 店の一角に自身の商品を並べる許可を得た彼女は、嬉しそうな顔で歩み寄ってくる。


「えへへ、最近私のお手製デュアルポーションが爆売れなんだよ」


「HPとMPを同時に回復って、すごく助かりますからね。オマケにアメリアさんみたいに可愛いエルフのお手製だったら、相手はいちころですよ」


「そんなに褒めても、この身体を差し出すくらいしかできな───にゅ!?」


 抱き締めてこようとするアメリアさんを、背後から勢いよく振られたハリセンが強打する。

 見た目によらず威力が大きかったのか、アメリアさんは後頭部を押さえて蹲った。


 彼女を容赦なく叩く人物は、この店には一人しかいない。

 強面ドワーフの女性エミリーが、呆れ顔でアメリアの背後に立っていた。


「まったくバカやってる暇があるなら、明日販売するデュアルポーションの限定販売数を二倍に増やすぞ」


「ごめんなさいごめんなさい、何卒なにとぞそれだけはお許しを……!」


 以前販売を開始した時、瞬く間に噂が広がり一時間で300個完売。

 更にそこから作っては売れていくキリのない地獄の日々を思い出したのか、アメリアさんは顔を真っ青にしてうずくまってしまう。


「まぁまぁ、エミリーさん。そんな意地悪いわないであげて下さい。……それよりも村長から教えて貰ったファーストエリアにある隠し施設について、なにか分かりましたか?」


「やっぱりその件か。他の街にいる仲間から色々と情報を集めていたんだが、分かったのは伝承一つあるくらいだったな」


「伝承?」


「いいかよく聞けよ内容は──偉大なる賢者の作りし叡智の間。今は主のあらぬため、義を重んじる民に隠し場を伝ふ」


「うーん、大体内容は分かったけど義を重んじる民って誰だろう」


「村長に聞いてみたが、さっぱり分からないそうだ。仲間達に協力を仰いで調べて貰っているが時間が掛かると思う」


 第二階層には何人かサードエリアの木々の上に住んでいる変わり者がいる。

 もしかしたら、その中に隠し場所を知る人物がいるかも知れない。


「モンスターの出る危険地帯はボクが捜します」


「わかった、そっちは任せるぞ」


 話が進むとクエストが発生する。

 タイトル【義を重んじる民探し】。

 内容はバトルエリアのどこかにいる、賢者の間を知る村人を捜す事。

 村人の願いを叶えることで、隠し部屋を発見する事が可能となる。


「……お、そういえば仲間の伝手でアダマンタイトの欠片を入手したんだが買うか?」


「もちろん、買います!」


「メター!」


 エミリーさんが提示した金額は、25万エルとか定価よりも5万安く即決で購入。

 足元でクレクレダンスをする可愛いメタちゃんにあげると、そこで物陰から此方を見る店主のリリーさんの姿が目に入る。

 一体どうしたのか見ていたら、彼女は最新のダミーヘッドマイクを手に。


「……シエル様、今後の配信にどうですか」


「ごめんなさい。渡されても困りますし、それを使う予定はないです……」


「そんなぁ……」


 毎回配信道具をススメて来る彼女は、今回も玉砕するとその場に膝をついた。

 

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