第37話「嵐を穿つ星撃①」

 第一層廃都市ダンジョン最終地点。


 ──〈ゼロエリア〉の最奥。


 穴の底にあったのは広大なボスフロア。

 作りはシンプルで、中央にある円形の機材を除けば床は綺麗な真っ平ら。


 壁には幾何学的な魔術式が紋様のように浮かび、神秘的な様相を呈している。

 魔術式を見ても、その内容をボクが理解することはできない。


 ただ一つだけ知っているのは、所々にセラフ魔術のシンボルが使われている事。

 アレに召喚的な効力はないはずだが、一体どういう意図で使用されているのか。


 首を傾げながらも、魔術式が作り出す神殿のような光景を観察する。

 ベータテストの時と比べ、これといって変わったところは見当たらない。


 初めてこの地を訪れた時は、この景色に感動して1時間くらい見入っていたものだ。

 あの時と同じ感動に浸りながら、目を輝かせる友人達と当時の話をした。


「記念撮影して意気揚々とボスに挑んで、行動パターンの分からないケンタウロスに最初はボコボコにされたよね」


「一本削ったら、リッカがこれは勝ったなってフラグを立てるからよ」


「ガード崩しの広範囲薙ぎ払いが来るなんて、初見じゃ思いもしなかったぜ……」


 MMOで初見のボスを倒す事は、相手が余程弱くない限り不可能だ。

 何度も挑戦して敵の技を見て覚えて、対策をある程度構築した果てにようやく倒す算段に至る。


 ここのボスを相手に、何度も床をなめさせられたことが脳裏に浮かぶ。

 当時の事をしみじみ語りながら、リッカはブルワークさんと共に先頭に立った。


 四機の角無しガーディアン達。

 彼等は盾と剣を手に二人の側で待機する。

 事前に打ち合わせした通り、前衛の要である彼女達の指揮下に入った。


 その後ろには、メタちゃんとボクとシース姉さん。

 後衛組にはユウとソフィアさん。

 ガトリングで遠距離砲撃ができる角付きガーディアンは、二人の護衛だ。


「よし、陣形を崩さずに前進だ」


 シース姉さんの号令に応じ、ボク達は進行を開始する。

 中央には全ての魔術式を集め、大召喚陣を構築する装置がある。


 プロジェクターみたいな機能が備わっているのか、装置は空中に召喚陣を投射し続けている。

 その召喚陣の中には、創世の根源となった生命の樹が描かれている。


 アレこそが第一都市を滅ぼした元凶。

 現在も術式を解明しようとする物好き達が後を絶たず、米国では研究機関まで立ちあげる程に熱中してるらしい。


 アメリアから得た情報によると、アレが汚染されているとの事だけど……。


 ぱっと見では、どこが汚染されているのか分からない。

 全員で警戒しながら、少しづつ装置に近づいていく。

 一定の距離まで来るとセンサーが反応し、円形の台座が大きく展開した。


「おやおや、いやーな感じがするねぇ」


「ブルワークさん、嬉しそうな顔をしてますね」


「当たり前だろ、強い敵に仲間達と協力して挑戦する事こそがフルダイブVRMMOの醍醐味だいごみなんだからな。リーダーもそう思うだろ?」


「……そうだな。飽くなき挑戦こそ、人の進化に必要不可欠な最も大きな要素の一つだ」


 闘争を求めるような発言をした後、シース姉さんは腰に下げている漆黒の剣を抜いた。

 全員各々の武器を手に身構える。


 展開した機械は一瞬にして真っ黒に染まる。

 投射されている魔法陣すら黒く染めて、光の粒子を大量に放出する。


 空中に散布された黒い粒子は集まり姿を形成。

 最終的には全長6メートル近い、半人半獣の怪物が誕生した。


 上半身は鎧を纏った禍々しい人の姿。

 下半身は首のない、太く強靭な四脚馬。


 迫力満点なその姿は、ただ立っているだけなのに精神的負荷を与えてくる。

 フルダイブ型ゲームのボスは、その大きさから慣れていない者は先ずここで心がへし折れる。


 別のゲームを初めてプレイした時は、ボクも余りの迫力に安全装置が働くほどパニックになったものだ。

 そんな自分も従姉と何度か遊ぶことで、そいった図体のでかいモンスターを見ても平常心でいられるようになった。


 何度か夢に見て、怖くてシース姉さんのベッドで一緒に寝かせてもらってたなぁ。


 懐かしんでいると数多の挑戦者をほうむってきた大槍を右手に、敵は真紅の瞳を眼下にいるボク達に向ける。

 ギリシア神話に登場する種族をモチーフに生み出された怪物。


 一本のHPゲージと共に、その下にはモンスタの名前が表示される。


 第一階層のボス、その名は──〈カラミティ・ケンタウロス〉。


『グオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!』


 肌がビリビリする程の重圧を纏う怪物は、獣に似た咆哮ほうこうを上げた。

 挑戦者を歓迎するように口角を吊り上げて、突進するため四脚に力を込める。


「最初はアタシが行く、その次は任せるぞ!」


「はい、ブルワークさん!」


 敵の突進に対し前に出た彼女は、大盾を構え〈挑発〉と〈シールドガード〉のスキルを発動。

 ボスの敵意は〈挑発〉の効果でブルワークに固定される。

 彼女は手にした大盾にスキルエフェクトを発生させながら、敵が放った大振りの一撃を真正面から受け止めた。


「──ふんぐぅ……せいやぁ!」


 衝撃が後方にまで伝わってくる程の中、ブルワークさんのHPは二割だけ減少する。

 気合で大剣をはじき返したタイミングに合わせて、ボクとシース姉さんは入れ替わるように飛びだした。


 攻撃を弾かれた敵は、数秒間だけペナルティを科せられて動けない。

 自分は攻撃するのではなく、その横をスルーして真っすぐ召喚装置に向かった。


「ふ……ッ!」


 後ろについてきていたシース姉さんは高く跳躍、脇腹に大きな一撃を叩き込んで先行するボクに付いてくる。

 チラッと横目で確認したら、ケンタウロスのHPが大きく三割くらい減少していた。

 硬直から復帰した敵は、真後ろにいる此方にヘイトを向ける。


「それはオレがさせないぜ!」


 敵が攻撃モーションに入る寸前、リッカがすかさず〈挑発〉を発動。

 ターゲットを強制変更させて、自分達に向いていた注意を一身に引き付けてくれる。


 その間にボクは〈ソニックダッシュ〉で走り、一気に召喚装置に到着した。

 真っ黒に染まった装置は、まるで壊れたデータの様にノイズを発生させていた。


 正直な感想を口にするなら、これは触れるとヤバいような気がする。

 背後でリッカ達が奮闘するのを見守りながら、シース姉さんが不安そうな顔を見せた。


「……これに触れて大丈夫なのか?」


「でもそれが条件みたいだから、ちょっとだけ怖いけどやるしかないよね」


「メタ~」


「メタちゃんはこの世界の住人なんだから、念のためにシース姉さんの肩にいて」


 万が一バグに触れて彼に何かあったら、自分の心に深い傷ができてしまう。

 肩からメタちゃんを下ろし、シース姉さんに一時預ける。


 大事に両手で受け取った従姉は、サッカーボールサイズの彼を肩に乗せた。

 少しだけ深呼吸を挟んだ後、ボクは意を決して装置に右手で触れる。


 すると純白の輝きが右手から発生し、触れた場所を基点に汚染された装置を修正していく。

 黒い汚染は抵抗するが、白い光は強くあっという間に全体を包み込んだ。


 触れた右手やアバターには、これといって異変は起きていない。

 つまり最初の作戦は成功したのだ。


「どうやら上手くいったようだな」


「メッター!」


 嬉しそうにメタちゃんはシース姉さんの手から離れ、頭の上にぴょーんと飛び乗ってきた。

 ボクは頬を緩め彼を軽くなでながら、仲間達が戦っているケンタウロスに視線を向ける。


『ターゲットロックオン、ファイア』


 角付きガーディアンのガトリングが、無数の弾丸を吐き出しケンタウロスに容赦なく叩き込まれる。

 残っていた二割のHPは、無数の弾丸によってあっという間にゼロとなった。


 最初のHPが全て消失したボスは地面に横たわり、その場に四脚の膝をつく。

 どうやら第一形態は難なく倒せたらしい。


 第二形態の変身が始まる前に、ボクとシース姉さんは急いでみんなと合流する。

 丁度そのタイミングで、ケンタウロスの身体に大気中の膨大な魔力が集まりだす。

 しかしその魔力は汚染されており、何だか人々の怨念を凝縮したような不気味さを感じた。


 第二形態と展開は同じだが、あの時は緑色でこんなグロテスクな魔力ではなかった。

 ということは、これから自分達が相対するのは汚染された特殊仕様の可能性が高い。


 皆が警戒する中〈カラミティ・ケンタウロス〉の瞳に濁った金色の光がともる。

 一本目のゼロになったHPゲージが砕け、ゆっくり立ち上がった。


 全身の鎧はより大きく強靭な物へと変貌。

 周囲に合計五つの竜巻を発生させ、ボク達を見下ろすその姿は、以前と比較にならない程に禍々しい。


 HPゲージが頭上に出現する。

 その上に表示された名は。


 ──〈カラミティ・ストームケンタウロス〉


 嵐の名を冠し獣王は、己が威厳を示さんと雄叫びを上げた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る