第30話「情報量多すぎ問題」

 指で触れて真っ黒だったボディは、汚れが落ちるかのように真白になった。

 暴走状態が解除された、角付きガーディアン。

 き物が落ちた事を喜び盆踊りをする。


『いやー、助かりました。バグに汚染されるなんて面目マイケル』


「……シエル、ガーディアンって全部こんな良くわからんノリなのか?」


「昨日は倒した後だったし、角なしさん達は無言で消えたから、ちゃんと喋るガーディアンさんを見るのはボクも初めてなんだ」


「昔の芸人みたいな感じね」


 ノリノリのガーディアンの姿に、リッカとユウは揃って苦笑する。

 二人を背にボクは、彼が口にした『バグ』について尋ねてみた。


「君達はどうして汚染されたの?」


『スミマセン、それに関しては私も分かりません。都市を守るため、モンスターとの戦闘になって以降の記憶がないのです』


「つまりモンスターと戦ったことで、感染したって事か?」


『それしか考えられないデース』


 リッカの推測にガーディアンは頷いた。

 ドワーフ店主から貰った資料によるとガーディアン達は、この都市の防衛システムとして配置されていたらしい。


 本来脅威を排除するシステムが、悪質なバグに感染してしまい全て暴走。

 モンスターと一緒に、都市を壊滅させた事が考えられる。


 都市を守る存在が反転して滅びる。

 昔からよく使い古されたシナリオだ。


「もう一つだけ聞きたいんだけど、どうしてボクが触れると君たちのバグが解除されるの?」


『それは──』


 答えようとした瞬間。

 彼が守る背後の扉が左右にスライドして開いた。


 開いた先に立っていたのは、床に着くほどに緑の髪を伸ばした耳長のエルフ美少女。

 服装は上にシャツ一枚で下はパンツ一枚と、スタイルは美しいのにだらしない恰好。


 見た目十代前半くらいのエルフ少女は呆然としている。

 思わず此方も見惚れていると、彼女は宝石みたいな金色の瞳に輝きを宿し。


「ひ、ひひひ人だ、人だ人だ! 3年ぶりに会った生きてるヒトだーッ!」


「にゃー!?」


 急にハイテンションになって抱きついてきた。

 危うく後ろにひっくり返りそうになるのを、とっさにパートナーのメタちゃんが変形して支えた。


 少女は頬を寄せて甘える猫のように、夢中になって何度もすりすりしてくる。

 ただ彼女の口から出たワードは、現状で最も無視することができないものだった。


「3年って事は、まさか貴女はドワーフ店主さんのお友達ですか」


「ドワーフ店主って、まさか道具屋にいるドワーフの事?」


「はい、ボクは彼女から譲ってもらったアイテムでここまで来たんです」


「ふーん、そうなんだ。……懐かしいな、アイツまだ小さい道具屋で頑張ってるんだ」


 親しみと呆れが半々くらいの感情を込め、少女はボクから離れると天井を見上げる。

 思いをせる相手は、間違いなく友人であるドワーフの姿だろう。


「久しぶりに会いたいなぁ」


 その一言だけで、こうしてこの地に来たかいがあったと頬が緩む。

 正直九割近くは生存発見は諦めていた。


 せめて遺品の一つは持ち帰りたいと思っていたのだが、まさか3年間もこんな場所で生きていたとは。

 しかも見たところ、彼女のレベルは15程度。


 上の階はともかく、強力な重火器を有するガーディアンが守るこの部屋に、一体どうやって入ったのか。

 色々と気になったボクは、感慨にふけるエルフ少女に尋ねた。


「入り口にはガーディアンが立っていたんですけど、一体どうやってこの部屋に……」


「──ふふん、それは物を投げながら視線誘導して、更に錬金術で作ったステルスマシマシで突破したんだよ。

 ただアイテム消費し過ぎて、入ったのは良いんだけど今度は出られなくなってね。

 もしも水と食料が自動供給される部屋じゃなかったら、私はここで確実に飢え死にしてたよ!」


 アハハハハ、と自身の無謀としか言いようのない挑戦を語りながら笑う少女。

 つまり彼女は後先をなにも考えず、突っ込むタイプというわけだ。

 これには隣で様子見をしていたリッカ達も、ヤバい人だと呆れて閉口してしまう。


 落ち着きを取り戻した少女は部屋の中に戻り、壁についているパネルを操作。

 透明なガラスが上にスライドして開くと、そこにはドリンクと棒状のスナックが出現する。


 手にしたドリンクを一気飲みして、リサイクルボックスに放り投げる。

 さらにカロリーメイトっぽいモノを咀嚼そしゃくしながら、ベッドに腰を下ろした。


「もぐもぐ……ごっくん。私の名前はアメリア、種族は見ての通りエルフで職業は〈錬金術師〉だよ」


「ボクは〈ガンブレイダー〉のシエルで、こっちはパートナーのメタちゃんです」


「メタ~!」


「ガンブレ……え?」


 ボクの腰に下げている武器を見た彼女は、何か言いたそうな顔をして止めた。

 次にリッカとユウも自己紹介を済ませる。

 全員の挨拶が済んだ後、アメリアは先程からずっと何度も見ていた場所を指差す。


「ごほん、ところであのガーディアン、なんで敵対行動もしないで踊ってるの?」


「ボクが手で触れるとガーディアンが真白になって、敵対しなくなるんですよ」


「は? 今なんて……」


「真っ白いガーディアンは、敵対行動をしてこなくなる?」


「違うその前に言ったこと!」


「この手で触れると敵対性がなくなる……」


「き、キミだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 アメリアはベッドから勢いよく立ち上がり、ボクの手を引いて起動しているパソコンに向かう。

 椅子に座った彼女は、キーボードを叩いて画面に一つの情報を表示した。


【第一層汚染状況】90パーセント


【危険予測】汚染が100パーセントに達した場合、モンスターの進化及びガーディアンの派遣制限が解除される恐れがあり。


【対処法】修正スキルの所有者が、汚染された特殊形態のボスを討伐する事。


【特殊形態】ボスフロアの汚染された台座を修正する事で変異する。


「特殊形態にする方法だって?」


「あぶねぇ、これ知らなかったらオレ達そのまま倒してたぞ……」


「ここに来てよかったわね……」


 思い掛けない情報に、ボクは額に汗を浮かべる。

 もしもこれを見ないで行ってたら、リッカが言う通りそのままボスを倒していた。


 そしてクリア条件を満たせなくて、そのまま時間オーバーになっていたかも知れない。

 固まるボク達を見て、アメリアは何か察した顔をする。


「どうやら別ルートで、ボスを倒さないといけない情報を得ていたみたいだね。なにか驚いているけど、この情報はお役に立てたかな?」


「はい、アメリアさん。ありがとうございます、まさかこんな情報があるとは……」


「ところで汚染が90パーセントになってるけど、そんなバグが発生しているようには思えないんだが?」


 モニターを見たリッカが真顔で指摘する。

 アメリアは応じてキーボードを操作。

 地上の映像をいくつかピックアップし、画面に映し出した。


 それは真っ黒な影みたいなのに、建物や街灯などのオブジェクトに徐々に広がっていく光景だった。

 映像を見せた後、彼女はボク達を見てつぶらな瞳を鋭く細めた。


「3年前から少しずつだけど黒い侵食は広がっている。アレに触れた君達の同業者が継続ダメージで死んでいたから、完全に広がると安全エリア外で活動するのが凄く困難になるかも」


「へー、アレってバグだったんだ」


「シエルは見た事あるの?」


「見た事あるし何度か触ったりしたよ。その度に黒いのが消えてたんだけど意図しないで修正してたっぽい」


「またいつもの好奇心が発動したのね……」


 呆れた顔をするユウに、ボクは得意げな顔をしてサムズアップする。

 そんなやり取りをしていると、いつの間にか側に来ていたガーディアンが目の前でひざまずいた。


「が、ガーディアンさん?」


 急な行動に全員が目を丸くする中、彼は真剣な雰囲気でこう告げる。




『ジャヌアリーから言伝があります。シエル様は異常を修正する能力──〈〉を有しています』



 

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