銀樹
「出来ない子」
思えば、私は小さい頃から「出来ない子」でした。
幼稚園に通っていた私には、お友達がひとりも出来ませんでした。それはそうでしょう、だって私はいつも教室の隅でぼうっと宙を見つめているだけだったんです。
誰かと話す事なんてもっての外。かけっこもお絵描きもおままごともままなりませんでした。
扱いづらかったのでしょう、先生からも疎まれていました。
小学校に上がり、他園からの人も増えた中で、私はみんなとどう接して良いか分からず、いつまで経っても無口で、やはり敬遠されるようになりました。気付いた時には、やんちゃな男の子の集団に目を付けられ、彼らの『玩具』になっていました。
ランドセルは原型を留めず、机や教科書には落書きの嵐。小学校でも先生に疎まれていたので、彼らの『遊び』は卒業まで続きました。
中学校に上がり、更に人が増えた所で私は一念発起。クラスメイト自ら話しかけ、明るい自分に生まれ変わろうと決意しました。
一度も切った覚えが無かったボサボサな長髪は、自分のハサミでボブに変え、なけなしの貯金をかき集めて文房具を小綺麗なものに変えました。
けれど、私は元々人と関わった事なんて殆どありません。だって、『玩具』として『遊び』に使われた事はあっても、誰かと対等にお喋りする機会など、一度も無かったんです。いくらでも言い訳は出来ますが、ええ、そうです。同じ小学校だった方々に目を付けられてしまいました。やはり慣れぬ事はしないものですね。
勉強は出来ない、運動は出来ない、人とろくに関われない。入学して数日経たぬうちに私は学校の爪弾き者になり、憧れていた部活に入る事もありませんでした。
そして、今。
私は、高校を中退するかしないかの瀬戸際に立っています。
中学校入学の時と全く同じ過ちを犯した私は、やはり学校に馴染む事が出来ず、すっかり学校に行く事が出来なくなっています。
あの時。お母さんが、私に目の覚めるような提案をして下さった、あの時。
それを実行していれば良かったのでしょうか。
でも、安心して下さい。
私はやっとそれを実行するという決心が付きました。
それもこれも、優しく正しいお母さんのお陰ですね。
本当に感謝しています。
そう、お母さん。貴方はいつでも正しいのです。
女手一つで、出来損ないの私をここまで育てて下さいました。
貴方がくれる魔法の言葉が、いつでも私という害悪の不要性を教えて下さいました。
貴方こそが私の光、正義なんですよ、お母さん。
『お前は「出来ない子」なのよ、⬛︎⬛︎。』
『お前は「出来ない子」らしく、他人の足を引っ張りながら薄汚く生きていけば良いのよ。』
『友達が出来ない?あらあら、やっぱり貴方は「出来ない子」なのね。情けない。』
『またそんな風に教科書を汚して。クラスメイトにやられた?違うでしょ。お前が「出来ない子」だから、クラスの皆さんが有難くも罰して下さったんでしょう?相応しい制裁よ。』
『今は八月よ。そんな長袖、着るんじゃないわ。……あら、その醜い傷は……クラスの皆さんが……嗚呼、そう。丁度良いわ、私もそろそろ「出来ない子」であるお前には飽き飽きしていたのよ。来なさい、私からも制裁を与えてあげる。』
『高校に進学したい?……「出来ない子」ごときが偉そうにねだるんじゃないわよ!』
『ねえ、私が今までアンタみたいな
『アンタみたいな不良品を作らせた
『アイツは、この私を、気高く優しく正しい私を、我楽多のように捨てて行った‼︎』
『絶対に許さない……私は、貴様みたいな我楽多とは違うのよッ‼︎』
『でも、アイツはもう死んでいた。』
『去年の冬に、酔っ払って河川敷で溺れ死んでいたらしいわ……クックク……クフフ……。』
『ざまあみろおおおおッ‼︎』
『私を捨てた天罰が下ったのよ!』
『でも……でもねぇ、この手で復讐を果たす事が出来なかった……。』
『貴様をその為に育ててやってきたのにね!!!!!!!!!!』
『許せない……勝手に捨てて、勝手に死んで……アイツばっかり、アイツのせいで……。』
『私のこの16年は何だったっていうの⁉︎』
『フ……フフフ……どうよ、私のこのザマ。面白い?愉快?滑稽千番?』
『でも一番滑稽なのはね、⬛︎⬛︎、貴様よっっ!!!!!!!!!!』
『自分の親に都合良く利用されているのにも気付かず、のうのうと生きていけると信じて。』
『その上何の才も無いんだから、これ以上面白い事は無いわ‼︎』
『貴様に生きる価値なんて無い!消えろ!消えろ!死に晒せっ‼︎』
『ククッ、アハ、アハハ、アハハハハハハッ‼︎』
『「出来ない子」は「出来ない子」らしく、ひと思いに消える事も出来ずに永劫苦しんで逝くが良いわ!』
思い出すと、本当に至極の言葉の数々ですね。有難い事極まりない。
なんだかんだ言って、私を進学させてくれたお母さん。何故進学させてくれたのか、その真意は私には理解出来る日は来ないでしょう。
だって今から私は、貴方の言うように、この世から消えるのですから。
貴方こそ私の正義なのです。
貴方が私の教科書をシュレッダーにかけて下さった時も、ボブにした髪を全部刈り上げて下さった時も、制服を排水溝に流して下さった時も。
貴方はいつだって正しかった。
貴方に滑稽だと笑われようとも、貴方が私の光だという事実は変わりません。
だからこそ、私は貴方の言うように、永劫苦しんで逝く事にしました。
だって、愛するお母さんの為なら、私はなんだって出来る。笑い者にだってなれるのです。
貴方の事が心の底から好きなのです。
ねぇ、お母さん。
私は確かに、「出来ない子」でした。
ええ、そうです。
けれど、貴方はひとつだけ間違った。
「出来ない子」は、いつまでも「出来ない子」では無いのです。
だって、ほら、今から貴方の言うように死ぬのです。
これで私も少しは「出来る子」になったでしょう?
え、そんな些末な事は関係無い、ですって?残念。
最期にひとつだけ我儘を言わせて下さい。
……お前の存在そのものが我儘だ、ですって?確かにそうですね。
でも、最期くらい、16年共に過ごしたよしみで、聞いて下さいな。
貴方はいつだって正しかった。
でも、ひとつだけ間違ってしまった。
正しくない貴方は、私の愛する貴方では無いのです。
貴方も、「出来ない子」になってしまったんですよ。
「出来ない子」に生きる価値は無いのでしょう?
ならば、一緒に永遠の苦しみを味わいましょうよ。
それこそ、私が貴方に求める「正しさ」なのです。
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